「邦(くに)から遠い」(4) staatsfern(シュターツ・フェアン)(4)

 2024年5月で成立75周年を祝った、ドイツの憲法に当たる「基本法」に基づき、ドイツの州には、州に広範に与えられた所管事項が存在し、これを遂行する所轄権と、州独自の法を制定する権能が与えられている。これらの州の所管事項の内の一つが、公共放送並びに民間放送を含めたメディア関連の事項であり、それ故に、各州に州憲法があるように、各州には独自の放送法が存在するが、一方では、各州の放送法がドイツ国としてバラバラであっては支障があるので、ある程度の統一性を持たせるために、メディアに関連して、各州が他の諸州と結ぶ「Staatsvertragシュターツ・フェアトrラーク」、即ち、「州締結契約書」が存在する。この「州締結契約書」の一つが、ARDについてのものであったり、ZDFについてのものであったりし、これらの放送関連の「州締結契約書」が寄り集まって、2020年以来現行の、ドイツにおける、「メディア関連・州締結契約書」が構成されている。

 西ドイツの、放送関連の従来の「州締結契約書」は、1990年の東西ドイツの再統一を契機として、それ以前のものが大きく改定される必要性が生まれたが、メディアのデジタル化の波に対応する経済的・社会的要請や、また、EUで2018年に公示された、オンラインによるオーディオ・ヴィジュアルのメディア・サービスに関する指針などを受ける形で、2020年に更に新しい「メディア関連・州締結契約書」が各州の議会を通過して施行された。

 尚、施行後も、変わるメディア環境に対応して、各州をコーディネートするために、「諸州の放送コミッション」という組織が、ドイツ西南部の、ライン川沿いにあるRheinland-Pfalz rラインラント=pファルツ州の州都Mainzマインツに常置されている。

 以上の過程で2020年に施行された「メディア関連・州締結契約書」は、その各州での具体的な「定款化」と実効化のプロセスにおいて、2024年までに既に四回の改定を重ねて現在に至っているが、各州における「メディア関連・州締結契約書」の、とりわけ民間放送及びインターネット・メディアの監督業務を遂行しているのが、各州にあるLandesmedienanstaltランデス・メーディエン・アンシュタルト、即ち、「州メディア局」である。Anstaltという言葉は、前回の投稿で示した通りであるが、この組織の、特に民間放送局を許認可する立場にある点を鑑み、「局」と訳した。

 この「州メディア局」には、まず、そのトップには局長がいるが、例えば、1987年に設置された、Nordrhein-Westfalenノrルトrライン=ヴェストファーレン州の州都で、ヨーロッパ大陸にある最大の「日本人町」と言われるDüsseldorfデュッセルドルフ市にある「州メディア局」では、「メディア・コミッション」なるものが置かれている。(同様の組織は、他州では、「メディア協議会」と呼ばれている。)

 ノrルトrライン=ヴェストファーレン州の「メディア・コミッション」は、ZDFの「テレビ視聴協議会」と同様の組織構成原理に従って、41名の構成員がおり、その内の八名は、州議会から選ばれるが、残りは、州内の各階層、各社団法人団体の代表によて構成されている。

 因みに、このような「州メディア局」は、メディア部門における青少年保護、更には、メディア・リテラシーの向上に向けての、様々な活動を組織しており、その資金は、その州で集められた公共放送受信料によって賄われているのである。という訳で、ある極東の、自称「文化国家」と呼んでいる国の、放送事業の許認可権を握る担当大臣が、放送内容の所謂「中立性」を理由に放送事業者に電波停止を求められると議会で発言できるという事態はドイツの連邦議会では考えられないことなのである。そもそも概念上問題のある「中立性」の判断基準がどこに存在するか、それを誰が持っているかという問題を別に置いておくにしてもである。

 それでは、四回に亘って投稿してきたテーマ「staatsfern邦(くに)から遠い」を終えるに当たって、最後にドイツ東部にある州放送局MDRの組織の在り様を見てみることにする。

 MDR(エム・デー・エア)は、Mitteldeutscher Rundfunkの略語である。ミッテル・ドイツチャー・rルントフンクとは、中部ドイツ放送局の意味になる。ドイツの州放送局名は、ドイツ南部にあるバイエルン州のBRのように、その州の名称を採るものと、MDRのようにドイツのどの方角にある放送局かを表すものと二種類あるが、MDRと比較できる放送局名は、北にNDRが、西にWDRが、そして、南西部にSWRがあり、英語からもそれぞれの略語が方角のどの名称から来ているかが直ぐにでも類推できるであろう。

 WDRが一つの州だけの州放送局であるのに対して、SWRは、ドイツ南西部の二州の、そして、NDRは、ドイツ北部の四州の州放送局である。MDRも、ドイツ中東部の三つの州にまたがる放送局として、ドイツ再統一後の1991年に設立された。MDRの名称自体は、実は、伝統がある名称で、既に初期のラジオ放送が始まった1920年代に株式会社として存在していたが、1933年のナチス政権の誕生と伴なって、ナチス政権に一元化される。

 終戦直後にMDRの名称が一時復活したが、冷戦の対立構造がはっきりし、1949年にDDR国家体制が作られるのと軌を一にして、再び国営化される。こうして、MDRは、二度の国営化の歴史と東西ドイツの再統一の歴史を経て、公共放送組織として再出発することになる。この際、ドイツ中東部の三州をまとめてMDRとすることとなり、こうして、MDRは、ドイツ南部のバイエルン州のすぐ北に位置するThüringenテューrリンゲン州(州都はErfurtエアフアト)、このテューrリンゲン州の東に位置するSachsenザクセン州(州都はDresdenドrレースデン)、そして、この両州に接する形でその北に位置するSachsen-Anhaltザクセン=アンハルト州(州都はMagdeburgマクデブrルク)の、三つの州を担当する州放送局となる。(バイエルン州の東とザクセン州の南にチェコが国境を接している。)

 このような三州にまたがる組織的な特異性から、それぞれの州都には、それぞれRundfunkhaus rルントフンク・ハウスが置かれて、ここが、MDRが担当する第三チャンネル、即ち地方チャンネルに割り当てられた各州独自の番組を制作している。

 この組織上の特異性を受けて、ザクセン州最大の都市で商業・文化都市のLeipzigライプツィヒ市に本部を置くMDRの、放送局長(Intendant)の下に、八人の部長が置かれている。まずは、三つのRundfunkhausの長たる三人の部長が、放送局長の監督下にありながらも、各州独自の番組制作に関してはかなりの裁量権を与えられているところが、ZDFの組織と異なるところであろう。ZDFの「会長」の下にいる「ニュース担当編集長」は、州放送局であるMDRにはないのは当然として、それ以外の「番組制作・編成部長」(Leipzigと、ザクセン・アンハルト州にあるHalleの二カ所)と「業務執行部長」の存在はZDFと共通であり、また、法務部長と制作・営業部長の存在は、それが「部長」の部署として特化している点は異なるとしても、同様な部署は、組織階層のレベルが違うにしても、ZDFにも存在しているものである。

 同じく組織上の共通点は、上部組織の構造であり、Intendant、経営協議会、そして、ZDFの「テレビ視聴協議会」とは名称が異なるが、組織原理は同様のRundfunkrat rルントフンク・rラート、即ち、「放送協議会」があることであろう。そして、三つの上部組織部分の相互の「力学」関係もZDFのそれと同様である。つまり、番組編成の指針はあくまでも「放送協議会」の所管事項であるということである。

 六年を任期とするIntendantは、「放送協議会」で選出されるが、これには、「経営協議会」が第一推薦権を保持している。「経営協議会」がこの権利を行使しない場合、或いは、「経営協議会」が推薦した人物が「放送協議会」で選出されなかった場合には、再度、推薦・選出の行程が試みられ、それでも新たなIntendantが、前任者の任期が終わる三ヶ月前までに選出されなかった場合には、複数の候補者を「放送協議会」で立てて、そこで最多票を得た者が選出される、言わば、「決選投票方式」が採られる。

 「経営協議会」の構成員は、任期が、MDRのIntendantと同じく六年で選出されるが、ZDFの「経営協議会」の構成員の任期が五年であり、構成員数が12人であるのと異なり、MDRでは十人である。この十人は、それぞれの州を代表する人物が選出されることになるが、MDRが三州にまたがる放送局であるところから、四人がザクセン州から、テューリンゲン州とザクセン・アンハルト州からそれぞれ三人が選出される。なお、「放送協議会」の構成員が、新しくなるべき「経営協議会」の構成員を推薦する権利を有しており、「経営協議会」の構成員は、「放送協議会」で選ばれなければならないのである。

 ことほど左様に、州放送局のレベルにおいても「放送協議会」こそが中心的な役割を演じる訳であるが、この「放送協議会」の構成原理は、ZDFのそれと同様に、その市民社会の構成を反映させる形で、各階級、各階層、各職能団体、各社会団体から送られてきた代表者で構成するというものなのである。

 それでは、このMDRの、六年の任期で選ばれてくる、「放送協議会」を構成する50人の面々がどういう人々であるかというと、以下の通りである:

 まず、政治関連から言うと、市町村レベルから連邦レベル、更には、EUレベルにおいても政治的決定に関わっていないという前提で、MDRに関わる三州の代表者がそれぞれ一名ずつ、更に、それぞれの州議会の三分の二の多数で選ばれた、三州の州議会の代表者がそれぞれ三名ずつ、また、市町村会議の代表者二名が、任期毎に送られてくる州の組み合わせを変えて、「放送協議会」に送られてくる。

 職能団体からは、被雇用者団体が各州二名ずつを送るのに対して、雇用者側団体は、任期毎に送ってくる州の組み合わせを順繰りに変えて二名を送ることになっている。更に、送られてくる州の順番や組み合わせ、また、任期交代の時期を異ならせる形で、手工業者団体三名、商工会議所代表一名、農業者団体一名が構成員として名を連ねている。

 宗教団体からは、その宗教団体が関連する福祉関連団体の代表者も含めると、プロテスタント系から二名、カトリック派から二名、そして、ユダヤ教関係団体から一名の、合計五名が「放送協議会」に入っている。

 そして、その他の社団法人としては、スポーツ連盟、青少年連盟、文化関連団体、環境保護団体、LGBTIQ連盟、移民団体などから、任期毎に送り出す州を順繰りに変えたりして、それぞれ一名ずつを送ることになっているが、これらの団体が実際に代表者を送るかは、それぞれの団体・連盟の決定に任されており、代表者が送られない場合は、その分は欠員となることになっている。

 以上、見てきたように、ドイツの公共放送は、連邦レベル、州レベルにおいて、表題が問題にする如く、「staatsfern邦(くに)から遠い」ことが実践されている訳であるが、さて、この「防波堤」は守られきれるのか。先年の2023年のことであるが、南西ドイツの小さな州であるSaarlandザーrルラント州では、「州メディア局」の局長の選定に当たり政治色の強い人事が可能になったことを受けて、「staatsfern邦(くに)から遠い」ことを確保するために、ザールラント州放送局の「放送協議会」の人選において、その人選を一切、政治関連組織と関わらない形で構成しようという動きが出て、他の州放送局でもその方向を取るべきであるという議論がなされている。

 今年2024年六月のEU議会に選挙において、右翼ポピュリスト・極右政党のAfD(アー・エフ・デー:「ドイツのための選択肢」党)が、得票率で現政権党のSPD(エス・ペー・デー:ドイツ社会民主党)などを抜いて第二党に躍進したことを受け、ドイツでは民主主義組織を如何にAfDから守るか、とりわけ、州憲法擁護庁を「浸食」する可能性のあるAfDから如何に防衛するかが議論になっており、言論の自由を守る「砦」たる州放送局をAfDの政治的影響力から如何に守るか、現在、愁眉の論点となっている。

 とりわけ、今年の九月にはドイツの東部三州、首都ベルリンを囲むBrandenburgブrランデンブrルク州、そして、MDRが関係するザクセン州とテューリンゲン州で州選挙が行なわれる。今回のEU選挙と同時に行なわれた市町村レベルでの選挙では、上述三州でAfDが第一党となる得票数を得ているところから、今年九月の州選挙では同様の結果が出るのではないかと危ぶまれている。仮に、AfDがザクセン州とテューリンゲン州で政権党になったとすれば、当然、「文化闘争」も戦うAfD側からの、MDRへの影響、圧力がより強まることが予想される。とすれば、表題の「staatsfern邦(くに)から遠い」は、言葉の真正な意味で如何に大事であるか、今回四回に亘った本投稿の、時事的緊急性が読者にも明らかになったことを筆者は切望するところである。

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