識彩感覚
赤、青、黄、緑
いろんな色があります。
あなたが見ている"赤"と、私が見ている"赤"
これが同じかどうかを証明することは出来ないという話を聞きました。
なぜなら、人には個体差があるからです。
同じ量の光を見ても、それを受け止める瞳は同じ瞳では無く、そしてそこから受け取る情報量、伝達される情報量、すべてにおいて個体差があるからです。
しかし人は学習します。
生まれてから少しずつ学び、赤い色を赤いと認識して疑わなくなります。
だから例え違う色に見えていたとしても、人それぞれで赤と認識されるものが赤と呼ばれるものに統一されるのです。
人によって見え方は違う。
常識も同じように考えられたらいいなぁ、と思います。
常識は必ずしも皆同じとは限らない。
常識だとか礼儀だとかマナーだとか善悪だとか
大多数の意見は統一され、時にそれが法律やルールとなる。
しかし法律やルールに縛られ過ぎて、
本来の意図を見失ってしまうこともあります。
ガラ空きの電車内で、優先座席に座る若者。
一見健常者のように見えますが、ひどく疲れた顔をしていました。
その若者に怒鳴りつけるご老人。
ここは優先座席だから若者は座ってはいけない。
そう怒鳴るご老人は、いかにも山登りに行ってきたような服装をしていました。
足腰もとてもしっかりしていらっしゃる様子。
こういう人にはなるまい、と思いました。
法律やルールが正しいのではなく、
その場その場で善悪は変わってくる。
あくまでもその指標にすぎない、と思っています。
その時々で、お互いが気持ちよくいられる。
そんなコミュニケーションを取れたらいいなぁと思います。
あの日、あの時、あの瞬間。
色鮮やかな価値観を、しなやかにコントロールできる人でありたい。
常識に彩りを。
識彩感覚