見出し画像

日本人にとって美術館は期間限定の恋人か?

1.日本人とアート

 先日、アートに関する興味深い記事を読んだ。英国美術専門誌『The Art Newspaper』が発表した、2019年(コロナ前)の美術館入場者ランキング。年間の総入場者数は、ご存知のとおり、フランス・パリのルーヴル美術館が堂々の1位で、なんと960万人。

画像2

 では、展覧会単位で、1日あたりの入場者数トップ10は?

 なんと、2019年世界トップ10に日本の展覧会が3つもランクインしているらしい(「ムンク展 共鳴する魂の叫び」、「クリムト展 ウィーンと日本1900」、「国宝東寺 空海と仏像曼荼羅」)。

 しかも、トップ3を独占したブラジルの展覧会は全て入場無料だったこともあり、有料の美術展覧会で言えば、全体4位の日本が最も高いという。

上位30位でみても日本は11点もの展覧会がランクインしており、お馴染みフランスの4点を上回り最多とのこと。・・・世界の数多ある美術展覧会で、この結果には驚いた。

・・・ここから推察できることは、何か?

 1つは、日本人は、世界一美術展覧会が好きな国民であるということ。海外から希少価値の高い絵画がやってきたと聞けば、長蛇の列を苦にせず、せっかくの機会だから見に行こう!となる。

画像3

 2つめに、日本人は企画展や展覧会には行くが、常設展示への関心が薄いということ。

 期間限定の展覧会が終了すれば、美術館への来場者数は減少。この結果、年間の総入場者数は他国と比較しても、大きく見劣りする。・・・ルーヴル美術館に人々が集う理由は、決して企画展示品目当てではなく、「モナ・リザ」や「ミロのヴィーナス」などの常設展示作品が目的に違いない。

画像4

 以上の2点から導ける結論は、(アート関係者からは怒られるかもしれないが誤解を恐れずに言えば・・・)日本では常設展で世界と勝負できるような美術館がない。現状、集客力の期待できる展示品は、海外の美術館やコレクターからの借り物ばかりで、「アートを観る=特別なイベント」となっており、アートが日本人の日常生活に溶け込んでいない。

 日本国内のアート存在感の薄さは、世界のアート市場からも読み取れる。コロナ前の2019年、世界の美術品市場規模は、推計約6兆7500億円。トップは、米国の44%で、英国と中国がそれに続く

画像3

 一方で、日本は、「その他の国々(Rest of world)」に含まれ、シェア1%にも満たない(ちなみに、2019年における日本国内美術品市場は、およそ2580億円程度)。もちろん単純に市場規模だけで「日本人にとってのアート」を語りつくすことはできないが、将来の展望は明るくない。

2.アートの力を考察する

 あんまり悲観的な話ばかりではつまらないので、「アートの持つ素晴らしい力」についても考察してみた。

 まず私は、美大卒業生でもなければ、絵心溢れる芸術性に満ちた人間でもない。ただ、不動産開発の仕事を通じて、多くのアーティストやアート専門商社の方々と仕事をしてきた経験がある。一物件だけで、アート総費用:数千万円以上、アート合計箇所:100点以上にのぼったことも。アートを生業とするプロフェッショナルの熱量や想いに関して、人一倍理解しているつもりだ。今回、仕事仲間と一緒に考察した結果、「アートの力」とは次の2つの要素に収斂されるのではないか。

 (1)美的価値を伝える

 (2)思想を伝える

画像5

(1)美的価値を伝える

 アートの本質とは、色彩や素材の美しさといった美的価値を表現することではなく、美に価値を見出す価値観の形成にある。アートが無くても日常生活は成り立つ。衣食住とは本質的に関係のない美に価値を見出すこと。その価値観を形成し、各人の心に定義することが、アートの持つ力ではないだろうか。

 例えば、山々の連なりと海辺の波が描写された風景画と出逢ったとき、感じ取るべきは山や海を描く画法ではない(技術的には重要かもしれないが私含む一般素人にはわからない)。

 私なりに言い換えれば、山と海、ゆったりと流れる時間、人々の生活に当たり前のように溶け込んでいる自然に目を向けることで、日々の暮らしに隠された刹那の美しさ、時間とともに消えてゆく儚さ(=これらが真に美的価値があるものとして再定義)の価値を伝えている。もちろん正解はないけれど、このようにアートの本質を解釈してみるのはどうだろうか?

(2)思想を伝える

 アートが心地よくコーディネートされた空間には、その背後にあるアーティストの思想が見えてくる。作品によっては、作品題名やコンセプトという直接的な形で、鑑賞者に対して、デザインの思想を率直に伝えるコミュニケーションツールにもなっている。

3.最後に

 今回の記事では、「日本人にとっての美術館」から始まり、「アートが持っている力」について考察してみた(後半、少し抽象的な表現が増えてしまったけれど)。

 ・・・合議制の組織にいると、論理や合理性が重んじられる。けれど、組織を構成する個人単位で考えたとき、その人の持つ「美的価値」・「美的基準」が、行動の意思決定に大きな影響を与えているのだと思う。仕事の結果も個人の決定が積み重なっていくもの。だからこそ、多様なアートを通じて自分の「美的価値」を磨き、しなやかに、そして豊かにしていくことが大切だと信じている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?