そしてハリウッドは中国色に染まる。(1/3)
トム・クルーズ主演の映画『トップガン マーヴェリック』が日本でも公開され、評判になっています。コロナの影響で完成が延びに延び、ようやく公開という感じです。ですが、今回はこの映画の話ではありません。
2年前、当時製作中の『トップガン マーヴェリック』が、アメリカの対中政策の文脈で取り上げられました。当時の米トランプ政権の大統領補佐官ロバート・オブライエン氏が、その演説で、中国のハリウッドに対する影響力行使を非難した時です。その一つの例として、この映画のトム・クルーズのジャケットから、当初あった日本の国旗や台湾の旗が削られたと指摘しました(ロバート・オブライエン米大統領補佐官スピーチ’20.6.26)。
確かに、前作の『トップガン』では、トム・クルーズのジャケットの背中の目立つところに、星条旗と国連の旗(に似たもの)と日の丸と台湾旗が「田」の字にように並んでいました。いかにもこの四者が「仲間」とでも言わんばかりでした。ところが、『マーヴェリック』では日の丸と台湾旗が他のよくわからない旗に替わっていました。このジャケットの後ろ姿は、アメリカでは初期のポスター(20年公開用)にも目立って採用されたので、気付いた人がいたのだと思いますが、このポスターはその後使われませんでした。
トム・クルーズは、日本のテレビ番組のインタビューに答えて、「あのジャケットは前作以来ずっと大切に持っていたんだ」と述べていました。今回、背中のワッペンを付け替えなければならなくなったことに、忸怩たる思いがあったことが想像できます。
これに限らず、いろいろな映画で、同じように中国の影響力を感じさせる企画や内容の変更が数多く見られています。
今回から3回に分け、そのようなハリウッドに対する中国の影響力について検証し、その背景と影響について考えてみたいと思います。
中国の顔色を伺うハリウッド
芸術の一形態である映画の製作も、経済活動である以上、収入を上げることが重要な命題であることは否定できません。近年の映画製作の状況を見るに、ハリウッドを中心として、拡大する中国市場への「忖度」が垣間見えます。つまり、映画の内容において、中国や中国人を美化するか、少なくとも「悪く描かない」という傾向が見られるのです。
90年代頃までは、ハリウッドでも、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(97年、ジャン・ジャック・アノー監督、ブラッド・ピット主演)や『クンドゥン』(97年、マーチン・スコセッシ監督)のように、中国の検閲官を激怒させるような映画も製作されていました。
『セブン・イヤーズ~』は、ブラッド・ピット演じる実在の登山家と若き日のダライ・ラマの交流を描くものですし、『クンドゥン』もダライ・ラマの半生を描くものでした。
しかしながら、近年では、そのような企画で大手映画会社上層部をクリアするのは難しくなっているようです。
16年の映画『グレートウォール』は、チャン・イーモウ監督を迎え、マット・デイモン主演で製作された米中合作のSF映画です。万里の長城が、60年に一度現れて人類を襲撃する伝説の怪物に備えるためのものだったという設定のもと、デイモン演じる放浪の傭兵が、中国全土から集結した戦士と共に怪物と闘うというストーリーです。意識してか否か、習近平国家主席の描く「人類運命共同体」に貢献する中国という姿が色濃く反映されています。
活躍する中国人、悪者は中国人以外
『グレートウォール』のケースはかなりあからさまな例ですが、それ以外にも、中国が舞台になったり、中国人が活躍する映画が増えていることは確かです。
『トランスフォーマー・ロストエイジ』(14年)や『MEGザ・モンスター』(18年)では、舞台の一部ないし大部分が中国に設定され、中国人女性が活躍します(『MEGザ・モンスター』は、ハリウッド俳優ジェイソン・ステイサム主演ですが、マリアナ海溝近くの海洋研究施設と中国のビーチを舞台に、良心的な中国人博士とその娘が活躍します)。『ゼロ・グラビティ』(13年)や『オデッセイ』(15年)では、中国の宇宙ステーションや中国国家航天局の協力により、主人公が地球に生還します。
これに加えて、設定を中国うけの良いように変更することは、頻繁に起きています。例えば、ゾンビの原因となるウィルスの発生源を中国から別の国に変更したり(13年『ワールドウォーZ』)、米国を侵略する敵国を中国から北朝鮮に変更しています(12年『レッド・ドーン』)。また、原作にあったチベット出身の重要なキャラクターをケルト人という設定に変更した例もあります(16年『ドクター・ストレンジ』)。
12年の『レッド・ドーン』は84年の『若き勇者たち』(原題:Red Dawn)のリメイクですが、『若き勇者たち』でソ連がアメリカを攻めてきたのに対し、今回は中国が攻めてくるという内容になるはずでした。その内容で完成していれば、米ソ冷戦から米中新冷戦への時代の変化を象徴するものとなったと思います。それが北朝鮮に変更されたことで、アメリカが一日で北朝鮮に占領されるという荒唐無稽な内容になってしまいました(撮影後に、画像処理で中国を北朝鮮に変更したと言われています)。
中国資本のハリウッド進出
以上に挙げた例の他、中国の検閲によって(または検閲を受ける前に)、暴力的な場面や女優のヌードの場面、中国に関係する場面(チャイナタウンなど)が削除されるケースは、挙げればきりがありません(12年『メン・イン・ブラック3』、12年『007スカイフォール』などなど)。
しかし、13年の『アイアンマン3』では、より積極的に、当初から中国公開バージョンが別に用意されました。そこでは、中国籍を連想させる悪役の名前が別の名前に変更されたほか、中国の人気女優を起用して中国国内で撮影された場面が追加されました。
これには、映画製作への中国資本の関与も関係していることは確かです。既に述べた『グレートウォール』の例のほか、『アイアンマン3』にも、中国のDMGエンターテイメント社が資本参加しており、それによって製作方針に影響力を与えたと思われます。
このような中国資本のハリウッド進出が盛んに行われるようになっています。そのため、中国の検閲対策に加えて、出資者やスポンサーへの配慮という意味で内容を調整している面もあると見られます。
また、個別の映画製作に参加する場合以外に、映画会社そのものへの出資もあり、当然ながら映画製作に大きな影響力を与えます。具体例としては、中国不動産大手のワンダ・グループ(万達集団)が16年にレジェンダリー・ピクチャーズを買収したほか、同社によるソニーピクチャーズへの出資、アリババによるアンブリン・パートナーズへの出資、テンセントによる新興STXエンターテインメントへの出資などが行われています。
(つづく)