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世界は多極化し、勝者のいない世界になる


世界が大きく動いていると感じる。この数十年ほど、国際社会では米国の一極支配が揺るぎないかに見えていた。しかしここへきて、その安定構造が大きく変化し、多極化の流れが一段と加速してきたのではないか。

私が株や債券などへの投資を行いながら世界情勢をチェックしている中で、特に目立ってきたのが新興国・途上国群の結束力の増大である。その代表格がBRICS――ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ――であり、近年はさらに拡大する動きが鮮明化している。いわゆる「BRICSプラス」と呼ばれる多国籍連合への発展は、経済だけでなく地政学的にも大きな影響を及ぼすだろう。米国の相対的な衰退が語られる中で、両者の相互作用がグローバル・サウスの立ち位置を変えようとしている。

今から、私「TTT」が考える世界多極化の行方を、BRICSの拡張、ドル基軸への挑戦、そして米国の債務問題や地政学リスクといった複合要因に絡めて綴ってみたい。かつての「自国第一主義」や従来の西側中心の秩序が今どこでつまずき、新興国同士の連携がなぜ強まりつつあるのか。そのあたりをより深掘りしていく。

【BRICSの拡大と「BRICSプラス」の衝撃】

2023年8月、南アフリカで開催されたBRICS首脳会議は注目を集めた。アルゼンチン、エジプト、サウジアラビアなどを新たに招待し、加盟への道を示したことが大きなニュースとなったからだ。アルゼンチンは政変を受け、すぐには動きを見せていないが、インドネシアやタイ、マレーシアなど他の候補も含めて、参加に前向きな国は実際に相当数あると伝えられる。

実際、2023年以降だけでも20を超える国々が加盟を正式に申請し、「BRICSプラス」に組み込まれる余地を探っているという。「国連安保理やIMF、世界銀行は欧米中心で自分たちの声を代弁していない」と感じる新興国が、BRICSの枠組みに着目している形だ。もしこれが大規模に進行すれば、人口面でも経済力でも、BRICS圏は西側先進国に対して拮抗する存在感を発揮しうる。

購買力平価ベースで見れば、すでにBRICSは世界経済の4割近くを占めている。中国の生産力と金融力、インドのIT大国としての役割、ロシアのエネルギー資源、ブラジルや南アフリカの豊かな農産物や鉱物資源など、その多様性が大きな強みになっている。さらにサウジアラビアの莫大な石油収入や、インドネシアの巨大人口と天然資源が加わる可能性を考えると、もう一つの巨大極が誕生すると言っても過言ではない。

もちろん、BRICS内部にはいろいろなリスク要因もある。たとえば中国とインドの国境紛争や、加盟国同士の外交方針の違い、さらに対米関係の取り扱いなど、意見が一致しないテーマは多々存在する。しかし、既存の西側主導の秩序に「異議申し立て」をしようという流れは根強く、拡大路線自体が急激にとどまる気配はない。欧米の制裁や国際金融ネットワークの偏りを嫌う新興国の思惑が、BRICS側への支持を後押ししているのだ。

【人民元決済拡大と「脱ドル化」の潮流】

BRICSを象徴する動きのひとつが、ドル依存低減――いわゆる「脱ドル化」である。ロシアへの金融制裁が見せつけたように、ドル決済に依存する国は米国の政策一つで国際金融網から締め出されかねない。こうしたリスク回避のために、各国が人民元や自国通貨での取引を拡大しようとしている。

実際、中国の人民元はBRICS諸国間の貿易や投資の決済において徐々に存在感を高めている。ロシアはもちろん、中国とブラジルの通貨スワップ協定による人民元建て貿易など、「ドルを使わなくてもビジネスができる」体制を地道に整備中だ。中国国内の越境決済でも人民元のシェアがドルを上回る月が出たとの報道は、世界に小さくないインパクトを与えた。

さらに、BRICS設立の新開発銀行(NDB)は融資の20%程度を人民元建てで行い、域内での通貨多角化を促す。あわせて「BRICS Pay」や「緊急準備アレンジメント(CRA)」といったインフラ構築も進み、将来的にはドルの覇権に対抗しうる結束力を育てているように見える。ただし、現段階で世界貿易の多くがドル建てである事実は依然として重い。銀行システムやSWIFTを巡る基盤整備の壁も高く、EUのユーロのような共通通貨は、BRICS諸国の政治・経済体制を考えると実現が遠い可能性が高い。

しかし、部分的な「脱ドル化」であれば、着実に進められる余地がある。ロシア制裁で米国の金融網がいかに強力かを突きつけられた新興国は、自国通貨同士のスワップ協定やデジタル人民元の導入など、リスク低減策を積み重ねているのだ。その積み重ねが長期的にどこまでドル支配を揺るがすか、ここ数年が重要な分岐点になりそうだ。

【グローバル・サウスの代表としてのBRICS】

欧米主導のIMFや世界銀行、G7などで、長年途上国の声が軽んじられてきたという不満は根強い。国連事務総長が指摘したように、ブレトンウッズ体制立ち上げ時にアフリカや多くの新興国は全く参加できなかった。こうした背景から、「自らの利益と価値観を擁護する主体」としてBRICSが注目を集めている。

実際、購買力平価ベースでBRICSが世界経済の4割前後を担い、さらに石油や穀物、レアメタルなど重要資源の一大供給源としても拡大しつつあるとなれば、国際社会で無視できないカウンターパワーとなる。インドネシアやサウジアラビアといった資金力や資源を抱える国々が参入を表明する理由のひとつは、新開発銀行からの融資機会だけでなく、途上国同士が結集することで欧米との交渉力を高めたいという狙いがあるからだ。

ブラジルや南アフリカは、西側とも友好関係を維持する中で、BRICSの旗を活用している。これは一種のバランス戦略でもあり、二股外交と呼べるかもしれない。だが、それによって確実に新興国側の交渉力は上がっている。資金調達ルートや資源協力の選択肢が増せば、IMFや世界銀行の一方的な条件に縛られる必要は薄まる。途上国の立ち位置が変わりつつある象徴例だろう。

【米国の衰え、複合要因としての経済政策・地政学・債務問題】

第二次世界大戦後の国際秩序を主導してきた米国だが、近年その影響力が「相対的」に落ちていることは間違いない。もともと巨大な軍事力やドル基軸という強みは健在だが、イラクやアフガンの長期介入に対する成果の乏しさや、対中戦略の一貫性のなさが目立ってきた。さらに国内政治の分断、巨額債務問題もあり、かつてのような絶対的な求心力を維持しにくくなっている。

2008年の金融危機後にドルをばらまく形で世界経済を下支えした反動として、このところ急激な利上げに転じたことが新興国に衝撃を与えた。多くの国がドル建て債務を抱えており、FRBの金融引き締めは資金流出や通貨不安を招く。そうなれば、各国は自衛の手段として、ドルに過度に頼らない貿易・投資体制を模索するわけだ。

また、米政府の債務は33兆ドル規模に達し、国債格付けが引き下げられるなど「本当に大丈夫なのか」という疑念が広がりつつある。債務上限引き上げをめぐる議会の対立がたびたび混乱を招き、政府機関閉鎖の危機やデフォルト懸念が生じるのも、国際金融市場での米国の信認を傷つける一因だ。もちろん、今すぐドルが基軸通貨の地位を手放すとは考えにくいが、こうした不安要素の積み重ねが、BRICS諸国の「脱ドル化」の後押しとなっている部分は否定できない。

【BRICSの国際金融システムへの挑戦:NDBと通貨構想】

BRICSがもう一つ注力しているのが、自前の金融ネットワークの確立である。2015年に誕生した新開発銀行(NDB)は資本金1000億ドルを掲げ、すでに90件を超える融資プロジェクトを承認してきたという。従来の世界銀行よりも柔軟に、途上国のインフラ投資やエネルギー開発などをサポートする姿勢が特徴だ。

現時点では世界銀行やIMFと同等の影響力を備えているわけではなく、NDBの年間融資額はまだ小規模にとどまるともされる。運用面や環境・社会配慮基準の透明性など、課題が少なくないという指摘もある。しかし、新たにサウジアラビアなど資金力のある産油国が参加すれば、NDBの融資余力は一気に拡大し、BRICSとしての金融自立が加速する可能性は高い。

共通通貨の構想も一部で議論されるが、政治体制も経済水準も異なる国々が単一通貨を発行するのは容易ではない。EUがユーロ導入までに費やした長期のプロセスを見ても、BRICS版の共通通貨がすぐに現実化するとは考えにくい。ただ、ローカル通貨建て決済やデジタル通貨の活用、独自の国際決済プラットフォームの整備など、ドル依存を少しでも緩和するための試行錯誤は今後も続くだろう。

【資源・エネルギー市場をめぐる競争:BRICS vs 米国】

BRICSに資源大国が多く含まれている以上、エネルギー・資源市場はBRICSと米国との覇権争いが特に激しくなる分野である。ロシアやサウジアラビア、UAE、イランなど産油国が名を連ね、中国やインドといった巨大消費国も内部に存在するため、「需要と供給をあわせ持つ」巨大なブロックが成立しつつある。

これが石油取引の多くをドル決済で行わせてきた米国に与えるインパクトは大きい。もしBRICS側がペトロ人民元のような決済圏を広げていけば、米国の金融制裁の力や、ドルを軸にした国際エネルギー市場での主導権が揺らぐかもしれない。さらに穀物やレアメタルなどの戦略物資においても、BRICS圏が協調すれば欧米の市場支配を崩す可能性がある。

もちろん、米国もシェール革命によるエネルギー自立を進め、同盟国やパートナー国を通じた資源確保に力を入れている。しかし、南南協力のネットワークが拡充されるほど、制裁回避や新たなサプライチェーン形成の余地が広がる。米国が以前のように一国の首根っこを押さえてしまう力は薄れつつあるのだろう。こうした地殻変動は、国際政治と経済の両面で大きな再編を引き起こす下地になりうる。

【結論:多極化がもたらす新時代】

BRICSの拡張と米国の相対的な衰退は、世界秩序が一極構造から多極的な構造へとダイナミックに変わりつつあることを物語っている。私が投資や社会分析を通じて得た実感としても、BRICSを無視することはもはや不可能だ。

だからと言って、すぐに世界がBRICS陣営とG7陣営にスパッと割れるわけではない。ほとんどの国は両方のメリットを探り、自国にとって有利な条件を引き出そうとするだろう。それが多極化時代の特徴であり、柔軟な外交や経済戦略を可能にする土壌でもある。一方で、BRICS内部も一枚岩ではないし、G7だって結束の度合いが完全というわけではない。

肝要なのは、これまで欧米が中心的に築いてきた国連やIMF、世界銀行などの枠組みを、新興国が改革しようと動き出している事実である。気候変動や安全保障、食料不足といった全球的課題に対して、一国支配型のリーダーシップが効きにくくなった時代だからこそ、BRICSという新しい柱がどう連携や調整を行うかが注目される。もし米国をはじめ先進国が南側の不満にきちんと応えられなければ、世界はさらに分断が深まるリスクを抱えている。

私としては、BRICSの出現は「新興国が本格的に自らの運命を決定できる段階に来た」ことの証左だと思っている。巨大人口、豊富な天然資源、そして旺盛な消費と生産のエネルギーを内包するこれらの国々が台頭してきたのは、歴史の必然かもしれない。だからこそ、ドルと軍事力で覇権を築いてきた米国が、いまこそどう戦略を再調整し、国際協調の枠組みを取り戻そうとするのかが鍵となる。

多極化された世界では、利害の対立や摩擦も増えるだろうが、新たなビジネスチャンスや投資の芽も同時に生まれると私は考えている。これまでになかった視点やテクノロジーの融合でイノベーションが加速する場面もあるだろう。問題は、それを平和的で安定的な形で実現できるか否かだ。

私自身、半世紀ほど生きてきて、これほどまでに世界の力関係が変化する局面は初めて見る気がする。歴史を振り返るだけではなく、この変革の最前線に身を置き、投資家としても一人の市民としてもどう関わるか、常に考え続けたいと思う。いま起こっている多極化のうねりは、過去にはなかった新たなドラマを人類史にもたらすかもしれない。その潮流を、私たちはどんな視点で捉え、どう活かせるのか。

結論として、BRICS台頭と米国の相対的衰退による世界の多極化は、まだ緒に就いたばかりだ。しかし、そのスピードや広がりは当初の想像を超えるものとなっている。今後もBRICS諸国が各分野でどれだけ結束を強めるか、あるいは内部分裂するかによって、国際秩序は左右されるだろう。一極支配の終焉と複数の極の競争。その先にあるのは、より公平で多様な国際関係か、あるいは混沌としたパワーゲームか。それは、私たちがどう行動し、どう選択するかにもかかっているのだ。

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