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岐路に立つAdobe:競合ソフト台頭の中、「脱Adobe」は防げるか?
Adobeはクリエイティブ産業において、長年トップを走り続けてきた存在だが、近年はサブスクリプションモデルへの不満や強力な競合製品の登場に揺らぎが見え始めている。新たな価格戦略やAI技術への投資で巻き返しを図るのか、それともユーザーが別の道を選ぶのか。今まさに大きな転換期を迎えているといっていい。
こんにちは。TTTである。
今回はクリエイティブ業界を牽引してきたAdobeの軌跡と現在の動き、その全体像を概観したい。
第1章 Adobeの歩みと成長の歴史
Adobeの始まりは1980年代前半、ジョン・ワーノックとチャールズ・ゲスキが創業したことにさかのぼる。当初は印刷業界の革命を目指し、PostScriptという高性能ページ記述言語を武器にAppleや印刷会社と連携しながら急成長していった。PostScriptは、当時としては画期的な高速かつ高精度の印刷技術を可能にし、印刷現場の効率を大幅に引き上げた。
さらに、のちにPDFを発明し、世界標準の電子文書フォーマットとして確立した点も大きい。この技術により紙とデジタルの垣根が一気に低くなり、出版・印刷から官公庁の文書管理に至るまで、幅広い分野へデジタル化を浸透させた。PDFは閲覧環境を統一し、紙媒体と同じレイアウトを保ったまま電子化できるため、業務効率化にも多大な貢献を果たしている。こうした活動がDTP(DeskTop Publishing)の普及を後押しし、世界の出版・印刷産業の在り方を根底から変えた。
やがてAdobeは、グラフィックソフトの王者であるPhotoshopやIllustratorを傘下に収めることで、企業価値をさらに高める。PhotoshopはKnoll兄弟の開発したソフトをAdobeが買収し、一躍世界規模のマーケットで圧倒的シェアを築くに至った。Illustratorはベクターグラフィックの標準を確立し、DTPやウェブデザインの基礎ツールとして君臨している。加えて、InDesignなどページレイアウトソフトの分野でも競合を寄せ付けない地位を獲得し、企業から個人まで幅広くAdobe製品が使われる時代が到来した。まさにAdobeは、DTP黎明期から現在に至るまで、デジタルクリエイティブ業界の要所要所で成功を収めてきた企業と言える。
第2章 生成AI戦略が示す未来
近年、Adobeが特に力を入れているのが生成AI(Generative AI)だ。2023年に公開されたAdobe Fireflyは、PhotoshopやIllustratorなど主要ソフトに深く組み込まれ、画像生成やテキストエフェクトなどを瞬時に実行できる。実際、「ジェネレーティブ塗りつぶし(Generative Fill)」はリリース直後から急速に普及し、多くのクリエイターが驚きをもって受け止めている。
Fireflyは“責任あるAI”を理念に掲げ、Adobe Stockのライセンス素材やパブリックドメインデータのみで学習させている。こうした仕組みは、著作権侵害リスクを最小限に抑えるだけでなく、生成コンテンツにContent Credentialsを自動埋め込みすることで透明性を確保している。従来の画像生成AIが著作権を巡って激しい議論を呼んだことを踏まえると、Adobeのアプローチは非常に慎重かつ戦略的だと言える。
2023年だけで累計30億回以上の画像生成が行われたという事実は、多くのクリエイターがAIを実践的に活用し始めている証拠でもある。Fireflyが描く未来は、AIによる効率化と人間の創造性の融合だ。ルーチンワークの大部分をAIが肩代わりし、クリエイターはより発想力や企画力に集中できる。その先駆けとしてAdobeのFireflyは、これからのクリエイティブのスタンダードを塗り替えていくだろう。
さらに、Fireflyが対応する機能は今後も拡充される見込みで、Illustratorのオブジェクト自動生成やAdobe Expressでのテンプレート自動提案など、多様な分野への応用が期待されている。AdobeはこのAI技術を強みに、クリエイターのみならずビジネスユーザーにもメリットを感じさせるサービスを展開しようとしている。例えば、ブランドガイドラインを考慮した自動デザイン生成や、SNS広告のバリエーション自動作成など、企業のマーケティング活動を支援する方向性も示唆されており、Fireflyは創造の領域をさらに広げる原動力となりうる。
第3章 サブスクリプションモデルの功罪
2013年にソフト買い切り型からCreative Cloudという月額課金モデルへ移行したAdobeは、安定的な収益を得るとともにソフトの継続的アップデートを可能にした。実際、この10年で年間純利益が10倍以上に伸びている事実は、その成功を物語っている。企業や教育機関など、ある程度まとまった数のライセンスを必要とするユーザーにとって、常に最新ソフトが使えるサブスクは魅力的と映った。
しかし、それだけにとどまらないのがサブスクモデルの実態だ。常に最新バージョンを使える利点がある一方、高額な月額料金や値上げに伴う負担増に不満を抱くユーザーも多い。特に2024年3月の値上げは、AI機能の導入を理由とするものの、「AIが必要ない層まで負担を押し付けるのか」との声もある。
さらに、機能追加のたびに発生しがちなバグや不具合への懸念も根強い。ユーザーからは「月額料金が高いのだから安定性を優先してほしい」という意見が絶えない。Adobeほど巨大なソフト群になると、常に細部のブラッシュアップが課題となる。この点をどうケアしていくかは、サブスク継続率に直結する問題だ。
一方で、サブスクモデルはユーザーを常にAdobeのエコシステムにつなぎ留める効果もある。クラウド連携やモバイルアプリとの同期が進むことで、ユーザーが他社製品に乗り換える際のハードルも上がっている。Adobeはこのエコシステム戦略をさらに強化し、PhotoshopやIllustratorだけでなく、Premiere ProやAfter Effectsといった映像分野、さらにはAdobe XD(現在は開発停止方向)などUI/UXデザイン分野までを包括するサービスを展開している。
第4章 買収戦略の転機と新たな提携模索
Adobeは自社の弱点を補うために積極的な企業買収を重ねてきた。ビデオ編集のFrame.ioや3Dデザイン強化のためのSubstanceシリーズなど、成功事例も少なくない。こうした買収によって、クリエイターが最初のアイデア段階から最終成果物の公開まで、ワンストップで完結できるプラットフォームを構築しようとしてきた。
しかし約200億ドルもの大型ディールとなったFigmaの買収計画が2023年末に頓挫したことで、Adobeは大きな痛手を負った。UI/UXデザインの分野でFigmaが独走する一方、自社製品であるAdobe XDは開発停止に追い込まれる形となり、その領域での巻き返しが難しくなった。買収による市場掌握が得意だったAdobeにとって、ここは大きな岐路である。
大型買収に頼るのが難しくなった今、Adobeは他社との提携強化やオーガニックな開発で巻き返しを図るしかない。たとえばUIデザイン分野での協業や、既存製品へのUI/UX機能の統合など、複数の選択肢を検討しているとも言われる。これは企業としての転換点であり、買収だけに頼らない柔軟な戦略が求められるフェーズに入ったと言えるだろう。
第5章 高まる「脱Adobe」の動向と競合ソフトの台頭
サブスク値上げと機能過多、さらにバグや不具合への不満から、一部のクリエイターが「脱Adobe」を真剣に検討し始めている。特に個人ユーザーや小規模チームほど、コスト負担の問題は深刻だ。これはSNSやブログなどで頻繁に話題となっており、「月額料金を払うほどの作業をしていない」「クラッシュ率が高く作業効率が落ちている」といった声が飛び交っている。
そこに登場してきたのが、AffinityシリーズやCanvaなどの競合ソフトウェア群である。Affinityは買い切り型でPhotoshop・Illustratorに匹敵する機能を持ち、プロユーザーにも評価されている。さらに、CanvaがAffinity開発元を買収したことで、ビジネス層からプロ層まで幅広い顧客を囲い込む体制が整い始めた。このニュースは多くのクリエイターに衝撃を与え、「Adobe一強時代の終わり」を示唆する動きとまで言われている。
映像分野ではDaVinci Resolveが無料版の充実と買い切り版の安価さを武器にユーザーを獲得し、Premiere Proから移行する動きが目立つ。ハリウッド映画やテレビ番組でも、カラーグレーディングの分野でDaVinci Resolveが強く浸透している。紙媒体DTPや大企業のワークフローではなおAdobeが主要ツールとして鎮座するが、ウェブや映像などデジタル完結の分野は確実にシェアが分散し始めていると言える。
さらに、日本国内でのイラスト制作などではCLIP STUDIO PAINTがプロ・アマ問わず広く使用されており、Photoshopだけが絶対的地位を保つ時代は過去のものとなりつつある。このように「Adobe以外でも十分に仕事ができる」という認識が広がったことが、脱Adobeの動きを後押ししている。
第6章 今後のAdobeとクリエイティブ市場の展望
クリエイティブソフト市場の変化は激しく、競合の成長やユーザーの「脱Adobe」動向を踏まえれば、Adobeが価格戦略や機能提供のあり方を見直さない限り、その地位は揺らぎ得る。
まず取り組むべきは価格戦略の柔軟化だ。学生向けプランやフォトプランといった施策はあるものの、AI機能を使わない層まで同様の負担を強いるのか、あるいは従量課金型の導入も検討するのか。そうした施策がライトユーザーをつなぎ止めるうえで重要になるだろう。特に個人クリエイターが気軽に使えるプランを打ち出さなければ、高額サブスクを嫌って他社へ移行する流れは止められない。しかし、今のところAdobeにそのような兆候はなく、あくまで「自社製品を決して安売りしない」という方向を貫いているように見える。
加えて、AI技術との融合を進める際には、ユーザーが本当に求める“使いやすさ”を追求する必要がある。もしFireflyがクリエイターの発想を飛躍的にサポートする機能を提供できれば、Adobeの存在感は再び高まる。逆に、AIが形だけの機能に終わるならば、他社のAIソリューションにユーザーが流れていってしまうだろう。企業向けには著作権リスクをケアしたデータセットを提供し、個人向けには操作性のシンプルさを重視するなど、多角的なアプローチが求められる。
第7章 投資家から見たAdobeの評価と今後の展望
まずは株価を見てみよう。Adobe(ADBE)は、過去数年間で株価の大きな変動を経験している。
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2021年には年間リターンが13%と堅調だったが、2022年には業績見通しの下方修正やロシアのウクライナ侵攻による一部地域での販売中止の報道などを受けて、マイナス41%と大幅な下落を記録した。
しかし、2023年には市場全体の上昇ムードと同社の業績回復を受けて77%の上昇と急回復を遂げている。2024年12月に発表された第4四半期決算では、収益と利益の両方で市場予想を上回る結果となったが、2025年度の業績予測が市場の期待に届かず、株価は1週間で15%下落している。
2025年2月21日時点では、アドビの株価は444.32ドルとなっている。これは、52週高値の587.75ドル(2024年9月12日)から約24%下落し、52週安値の403.75ドル(2025年1月13日)からは約10%上昇した水準だ。
定性的な観点で見ると、Adobeは依然として企業ユースや専門領域で強固なシェアを有し、ブランド力も揺るぎにくいのは確かだ。紙媒体の需要が続く限りInDesignやAcrobatは使われ、プロ向け映像制作でもAdobeツールを標準とする事例は未だ根強い。こうしたプロフェッショナルユースの底堅い需要は同社の業績の下支えとなり、安定したキャッシュフローを支えるだろう。
一方で、個人クリエイターや小規模チーム向けのプラン再設計、そしてAI機能のユーザービリティ向上が今後の株価と成長性を左右する鍵になる。過去のような買収戦略の成功で一気に勢力を拡大するシナリオは難しくなってきた以上、既存のライトユーザーとの関係深化とAI技術の本質的な活用が重要となってくる。
Adobeはこれまでの歴史の中で、市場の波をうまく捉えながらポジションを強化してきた実績がある。今後も、Fireflyをはじめとする生成AIへの先行投資が結実すれば、再び成長軌道に乗る可能性は十分ある。しかし、ユーザーの声を軽視すれば、ここ数年でトレンドとなっている“脱Adobe”がさらに進行し、市場シェアを競合に奪われるリスクも存在する。
Adobeに投資するのであれば、こうしたクリエイティブユーザー達のツール選考の動向をよくチェックした上で、情報技術セクター全体の動きとともに潮目を読むことが重要となるだろう。
第8章 まとめ
Adobeは創業以来40年以上にわたり、印刷・出版からデジタルコンテンツ制作まで、一貫してクリエイティブの世界をけん引してきた。その底力は確かに大きい。しかしサブスク高額化や競合製品の台頭、規制強化による買収戦略の曲がり角など、試練の局面が訪れているのも紛れもない事実だ。
私の視点では、Adobeには大手ゆえの強大なリソースによるAI投資を通じて、ユーザーが予期しなかったような生産性の向上を提供するだけの資質があると思っている。実際、FireflyをはじめとするAI技術の推進はクリエイティブの新時代を切り開く大きな一歩だろう。DTP革命やPDFの標準化で世界を変えたAdobeだからこそ、AI時代にも革命的な役割を担う下地がある。
一方で、ユーザーは今やAdobeに縛られる必要がなく、用途に応じてより低コストなツールを自由に選べるという事実が存在する。競合との機能競争から価値競争へシフトする中、Adobeがライトユーザーに対して有効な施策を打ち出せないなら、やがてはシェアの低下を招き業績にも響いていくことだろう。
このAI時代には、新たな技術やサービスが次々と登場する。今後、価格政策や機能改善、AIへの取り組みによってユーザーからの信頼を再び高めるか、それとも脱Adobeの波を止められずに大きなシェアを失うか。まさに転換期とも言えるこの局面で、Adobeがどのような一手を打つのかは、世界中のクリエイターや投資家が注目するテーマの一つである。
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