三重の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年3月29日 06:55

三重には、地理的あるいは気候的に、そして歴史的に見て、生物にとって多様な生育環境が揃っており、それらが地域特有の生物多様性を特徴づけています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まるでしょう。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、三重県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。

三重県の生物多様性を特徴づける環境条件

三重県は本州の中央で、太平洋に面した紀伊半島の東部に位置しています。また、中央構造線が三重県の志摩半島の北を東西に走っており、三重県の北部と南部の地形や地質の違いをもたらしています。

さらに、三重県の北部は伊勢湾、県南部の（尾鷲湾を含む）は、黒潮の流れる熊野灘（太平洋）に面しています。

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三重県の北部の内陸には鈴鹿山脈、その南に布引山地や高見山地があります。鈴鹿山脈などの東（あるいは愛知県境の養老山地の南部）には伊勢平野、西の伊賀地域は上野盆地が広がっています。

それらの山地を源流とする、木曽三川（木曽川、長良川、揖斐川）や鈴鹿川が伊勢平野を下って、伊勢湾に注いでいます。なお、伊勢平野の南部の雲出川、櫛田川、宮川などは、紀伊山地を源流としています。また、伊賀地域の上野盆地には、淀川水系の木津川が流れています。

そして、三重県の南部は、大台ケ原などの紀伊山地とその山腹が熊野灘沿岸まで連なっています。下の写真は熊野灘に面した尾鷲市の須賀利大池（海跡湖）です。

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このような、地形の複雑さが三重県特有の気候をもたらしています。

三重県南部は本州で最も雨の多い地域です。大台ケ原から熊野灘まで水平距離では20kmにも満たないにも関わらず、標高差が1500m以上もあります。そのため、黒潮からの水分を多く含んだ空気が、壁のような大台ケ原の山嶺に遮られて多量の雨をもたらします。また、日本海に面した若狭湾からの季節風の影響で、鈴鹿山脈は雪が多いです。

さらに、三重県の内陸部、例えば上野盆地の伊賀地域は、奈良の都に近いこともあって、古くから人の手が入ってきた森林が広がっています。そのため、コナラ・クヌギやアカマツを中心とした里山林が多く残っている地域です。

このように、三重県は、地理的あるいは気候的に、そして歴史的に見ても、生物にとっての多様な生育環境が揃っており、地域特有の生物多様性を形作っています。

それでは、三重県の生物多様性（植物・動物の種数）の特徴を見てみましょう。

生物多様性の可視化：種数地図

維管束植物（木本・草本・シダ）の種ごとの分布予測を元にして、植物種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化したのが下の図です。赤い色のメッシュは植物種数が多い地域です。

維管束植物の種数が豊かな地域は、三重県北部の鈴鹿山脈の山麓から伊賀にかけて、あるいは大台ケ原から宮川流域、高見山から櫛田川流域などです。土地利用によって、植物種数のパターンが大きく変化していることもわかります。例えば、上野盆地の伊賀市や名張市などの伊賀地域は、植物種数が豊かです。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、三重県北部の鈴鹿山脈、紀伊半島中央の高見山から大台ケ原にかけての山地域などです。また、土地利用によって、哺乳類の種数の豊かな場所が、山地域内で分断されて、小さなパッチ状になっています。

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鳥類の種数が豊かな地域は、伊勢湾に面した海岸域や平野部です。内陸の上野盆地（伊賀地域）も鳥類の種数が豊かです。

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爬虫類の種数が豊かな地域は、三重県北部の鈴鹿山麓から中部にかけてです。また、伊勢志摩地域（あるいは志摩半島）も爬虫類の種数が豊かです。

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両生類の種数が豊かな地域は、三重県北部の鈴鹿山脈から中部にかけての内陸部、高見山からの櫛田川流域などです。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、伊勢湾に面した平野部の河川流域です。また、上野盆地の伊賀地域や、三重県南部の熊野灘に面した沿岸域も、淡水魚の種数が豊かな場所がパッチ状に分布しています。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考える要素があります。

生き物のレア度：希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。三重県は、レッドデータブックを2005 に編纂し、その後も絶滅のおそれのある野生生物の調査を行なって、レッドリスト種の改訂を行なっています。

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生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここで、もう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、三重県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、三重県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、三重県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

三重県の生物多様性の保全重要地域

維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、三重県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

三重県の生物多様性の保全重要地域は、三重県北部（愛知県境）の養老山地から木曽三川（木曽川、長良川、揖斐川）の流域、伊勢平野の南部の雲出川、櫛田川、宮川などの流域、上野盆地（伊賀地域）の一部、紀伊山地の山嶺部や熊野川流域の一部などです。これら保全重要地域の分布は、全国レベル・三重県レベルでみても共通しています。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を分析してみました。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、三重県南部の内陸の紀伊山地から熊野灘沿岸にかけての山腹です。また、大台ケ原から宮川流域、高見山から櫛田川流域、三重県北部の鈴鹿山脈の山嶺部も、植物の保全重要地域です。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、三重県北部の鈴鹿山脈と伊勢平野北部、紀伊半島中央の高見山から大台ケ原にかけての山地域です。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、伊勢湾に面した海岸域や平野部、志摩南東の沿岸などです。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、三重県北部の鈴鹿山麓から伊勢平野にかけて、志摩半島の低地域などです。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、三重県北部の鈴鹿山脈や養老山地、上野盆地（伊賀地域）、高見山からの櫛田川流域、紀伊山地などにパッチ状に分布しています。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、三重県北部の木曽三川（木曽川、長良川、揖斐川）の流域、伊勢平野の南部の雲出川、櫛田川、宮川などの流域です。また、上野盆地（伊賀地域）の木津川流域にも淡水魚類の保全重要地域があります。

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三重県レッドデータブック（RDB）事業の検証

生物分布データを用いて、三重県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

以下の維管束植物を見ると、RDBランクが高いほど（横軸の左のランク、絶滅危惧ⅠA類　CR、絶滅危惧ⅠB類　EN、絶滅危惧Ⅱ類　VU、準絶滅危惧　NT）、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。植物種の希少性を比較的よく反映したランク付けになっています。ただし、現RDBに含まれていない「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）分布面積の小さいな希少種が数多く含まれていることがわかります。

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