【#おうちで考え中】ヒコロヒー編『とにかくビール』
「東京で考え中」がこれまで取材してきた芸人さんたちにコラムを書いてもらう連載『#おうちで考え中』。今回の担当はヒコロヒーさんです。
実はまだ「東京で考え中」でのインタビューは実現していませんが、本来だったらこの時期にヒコロヒーさんを取材をさせていただく計画を立てていました。もしコロナがなかったら…と運営陣も残念な気持ちでいっぱいです。
そんな中、前向きな気持ちになれるコラムが届きました。
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不要不急の外出をしたいランキング堂々の第一位は春で、春といえば不要不急の外出みたいなところがあるし、春もそれをアイデンティティにしてやってきた部分があると思うので、この春は非常に変な春である。もし自分が春だったら、人々が不要不急の外出をあまりせずに、春らしい春を存分に味わっていないのに、一体なんのためにこんなに穏やかな気候にし、さらりとした風を送ってやっているのかと遣る瀬無く不服に思うだろう。咲いてくる花の色も白や黄色や桜色だとご陽気な配色にしているし、夏秋冬よりも多めに小鳥を登場させたりなんかしているのに人間たちが出歩かないのでは、その全てが徒労にすぎない。春の気持ちを思うと、いたたまれなくなってしまう。
だいたい、春にこんな事態になるからいけない。これが真冬でも真夏でも人々はこのウイルスを理由にして出歩かないのに、よりにもよって春である。春だからみんな不要不急の外出をより一層したくなってしまっていけないのではないか。こうなってくると春も春でタイミングが悪い。あと2,3ヶ月早いか遅いかしていれば良かったのに、しっかり、きそうな時期にきたのだから世話がない。これだから季節というのは融通がきかなくて呆れる。季節が私の友達で、もし何かに悩み、何かが上手くいかないと嘆いていたら「まあ、融通の感じかな、融通の感じをなんとかしたらええんちゃうかな」と優しく教えてあげたいところだ。
こんなにも見通しが立たないカレンダーを眺めるのは初めての事で、それは不安や不穏さをもたらすには十分だったりもするけれど、そんな事で悲観的になったり気が滅入ったりする事を許したくはない。お笑いができないと嘆いたり、会いたい人たちに会えない寂しさに支配されてしまう事にも意味を見出せない。
世のため人のためと正々堂々と家にこもり、これでもかと自分の作業や趣味を堪能し、好きなだけ没頭できるこの異常な日々を、これはこれでと目一杯に楽しみたいところである。
仕事の在り方や経済状況など、どうにかしなければならない事柄は山積みだが、こと自分自身の問題に関して言えば、いかなる状況であれどそれをおかしむように努めることが自分にとってのライフラインだ。つらく苦しい時こそ「いや辛すぎるやろ。なんやねんこれ?」となるべく半笑いで済ましていきたい。
今、自分はオンラインでなければ芸人として存在することが出来ていないが、今後はもっとそういう空間が増えていくのだろうと思う。
姿形が変わっても、愛されるものを作り続けていけば、またどこかで皆さんにお会いできるだろうと愚かにも希望を抱きながら、披露するめどが立ちそうにない暗転板付きから始まるネタを今日も家で作ってしまった。なんというか、まるでお金を稼ぐつもりのない男性を好きになってしまったような気分で、非常に悔しいものがある。
別れるなら今、今こそが好機、今別れなければまた何年間も別れられないだろう、この人と一緒にいても苦労するだけで、たまに訪れる些細な幸せを一生の宝物みたいにしながら、それでいて他の多くのことを犠牲にして、あまり正しくない事は分かっている、周囲の友達たちも心配している、だから別れた方がいいのだろう、よし、別れよう、私、あなたじゃなくてもきっと大丈夫、でも、ふとした瞬間に考えてしまっている、他の人が与えてくれるどんなものよりも魅力的に思えて、これが愛なのか執着なのかは自分でも分からない、意地になっているだけなのかもしれないし、別れられるなら別れたいけれど、他に好きな人だっていないし、そう言ってまた会いに行く女のような愚かさがある気がして情けない。ひどく悔しい。
この世界を席巻している超大型新人ウイルスがおさまれば、家にいる間にしぶとく作り続けていた暗転板付きシリーズをどこかで披露してから、丸の内のオーエルへと華麗なる転職をしよう、アフター5で肉バルへ行こう、飲み会で平気な顔してサングリアを頼もう、恋人と住宅展示場を見に行こう。家で何かを考えていたってそんなくだらないことしか思いつかないのだから、おうちで考え中、という名前の場所に文字を連ねさせて頂いておいてなんだが、家ではあまり考えないほうが良い。家では、ビールを飲んだほうが良い。
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