「○○して当然」
こんばんは、もう9月末ですね。
最近一層時の速さを感じます。
奢り奢られ論争。
恐らく皆さんも一度は目にしたことがあるんじゃないでしょうか。
「男性は女性とのご飯代を奢るべきか否か」。
著名人を中心に様々な議論がされていて、今なお白熱中ですね。
奢るべきという一派の意見としてはだいたいこんなもんです。
「女の子は服や美容代にお金をかけてるから男性はマナーとして払うべき」。
まあここに多くの反感を買ってるところがあるんですよね。
そもそもこの議論て、「奢るべき」vs「奢るべきでない」という戦いじゃないところが意外と無視されてます。
結局、「奢るべき」vs「奢ることを強制するな」という戦いなんですよね。
なので根底では、男性はできれば奢りたいという意思はあるんです。
じゃあ何がこの論争を白熱させているのか。
それは奢るべき派の意見として、「男性は”奢る”という行為をして当然」というスタンスであることが問題なんですよね。
人間って何かの行動をしてもらって当然と相手に言われると無性に腹が立つ生き物なんです。
現に男性だけでなく、女性も「女は家事育児して当然」と言われたら腹が立ちますよね?
それを地で男性にしているという構図なんです。
ニンゲンって感じですよね。
父親は家族のために稼いできて当然。
家事をするのも当然。
育児を手伝うのではなく参加して当然。
母親は育児家事をして当然。
身なりを整えて当然。
疲れて帰ってきた旦那を労って当然。
当然ですけど、相手が自分に対して何かをすることは当然じゃないんです。
そして当然のように行為を要求するのも傲慢なんですよね。
仮に自分のパートナーだったり今までの異性がその行為をしてくれているからと言って、それは当然じゃないし、世間全体の当然でもないんですよね。
「え、でも○○はしてくれてた」という一文はなにも正当化できるものじゃないんですよね。
その一方で自分が相手に何かをしてあげることを当然と思うことはいいんだと思います。
男として女の子に奢ってあげて当然なんだと自分で思ったり、
女として男を支えてあげるのは当然だと自分で思うのは何も問題ない。
それはあなたの思想だから、ですね。
飽くまでもこの思想は内発的なものであるべきで、他人から押し付けられるべきものじゃないっていう所がミソですね。
誰かと長いこと一緒にいると相手の行為を当然と要求してしまう。
何かをしてほしいと要望を伝えることはできても、行動を要求しちゃいけないんです。
アドラーで言う「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ますことはできない」ってやつです。
まあこれがいっちゃん難しいんですけどねえ…
では連休初日の夜中に失礼しました。
それではまた。
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