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【オチなし話】雑です、大坂さん4~大坂さんとドッペルさん(3/6)~

「東くん、どうかしたん?」

考え込む僕を心配そうに見上げる大坂さん。
余計な心配をかけたかな。ちょっと申し訳ない気になって僕は無理に笑顔を作った。

「あ、うん、なんでもないよ。僕の勘違いみたい。ごめんね、変な質問ばかりして」
「別に気にしてないし。勘違いやったら、それでええよ。今日は転校初日でいろいろ気が張って疲れたんと違う?」
「そうかも知れない」
大坂さんがそう言ってくれるのなら、そういうことにしておこうと思った。

「気疲れするもんなぁ、転校初日は。かくいう、あたしも小学校の時に、お隣からこっちに転校してきたクチやし」
意外なカミングアウトが大坂さんの口から出た。

「あ、そうなんだ」
「そうそう。だから東くんの気持ち、少しはわかるつもりやし」

なるほど。先生に頼まれたとか、席が隣同志だからというだけでなく、大坂さんがなにかと僕に気を使ってくれたのは、そういうわけもあったのかと納得する。(それが勘違いだとわかるのは、もう少し後になる)

「東君はこっちやったね。あたしはこの道をまっすぐだから、ここでお別れやね」

彼女の住む家は更に10分ほど歩いたところにあるそうだ。
大坂さんは軽く右手をあげた。
「じゃ、また明日の朝」
僕も、同じ言葉で応え、右手を軽くあげた。

大阪さんのような面倒見のいい女の子の隣の席になれたのは運が良かったというべきだろう。おかげでクラスの輪の中に自然に入ることが出来たし。

しかし期間限定とは言え、これからしばらく登下校を一緒にするとなると、道すがら、どんな会話をすればいいのだろうか。
ましてや相手は、お年頃の女の子だ。
ご趣味は、とか聞いておけばよかったか。いや、それだとお見合いの席の会話だ。

まぁ、気を使って大坂さんのほうから話しかけてくれるだろうから、僕が気にすることもないか。

しかし、と僕はまだ思っていた。
昨日、僕が道を尋ねた女の子に、大坂さんは本当によく似ているんだけどな。

*    *    *

家に帰り、ただいまと言ってリビングに入ると、母親と一緒に夕食の手伝いをしていた、ひとつ年下の中学一年生の妹、悠梨 ゆりがキッチンから顔を覗かせた。
「おかえり、お兄ちゃん。学校はどうだった?友達できた?」
妹よ、それは本来、母親が子供に言うセリフだ。
「よかった。今日は道に迷わなかったのね」と母。
母よ、小学生の子供に言うようなセリフはやめてくれ。

僕や父と違い、母と妹の悠梨 ゆりは9月からこちらに引っ越していて、もうすっかり、大坂の土地に馴染んでいる。環境適応能力の高い親子である。
本当なら僕も父と一緒に、10月月初にはこちらに来る予定だったのだが、諸々の手続きの関係で僕が一番最後、昨日の日曜日の到着になってしまったのだ。

そして、父が書いてくれた雑な地図のせいで、新大阪駅から地下鉄と私鉄を乗り継ぎ、ようやくたどり着いた、これから住むことになる我が町の某駅前で僕は、ここからどう進んでいいのかわからず、迷子になってしまっていた。
(もっとも、後からその地図を見せた母と悠梨 ゆりから、これで道に迷う僕のほうに責任があると断言されてしまったのだが)

一足先に父が大阪に行ったあと、急遽住まわせてもらった叔父の家で、僕は大阪に関する予備知識を叔父から頭に叩き込まれていた。
予備知識、といっても勝新太郎と田宮二郎という強面 こわおもての俳優が出ている映画「悪名」シリーズを観て、ミス花子という人の歌う「河内のオッサンの唄」という曲を何度も繰り返し聴かせてもらった程度なのだが。今思えば、叔父はかなり偏見に満ちた知識を僕に植え付けていた。

叔父から貰った予備知識で、僕が抱いた感想は、『大阪は怖いところ』というものだった。

*    *    *

自慢するわけではないが、僕は慎重な性格である。(悠梨 ゆりに言わせると、「ただの怖がり」と一言で片づけられてしまうのだが)

日曜のお昼時、駅前で迷子状態に陥っても、うかつに道を尋ねようものなら、とんでもない目に合うのではなかろうか、と僕の危機管理能力が警告を発していた。
 
袖すりあうも他生の縁」という助け合いの精神に満ちた美しい日本のことわざがあるが、おそらくここでは「袖触れ合うは一生の不覚」という言葉が幅を利かせているのだろうと思っていたのだ。

今から思えば、大阪という土地に対して、かなり偏った思い込みがあったことを素直に認めなくてはならない。ごめんなさい。

本来、住所がわかっているので、スマホさえあれば楽勝なのだ。
しかし、うかつにも引っ越しの荷物の中に入れて送ってしまうという痛恨のミスをしでかしたため、現地のおそらく生まれついての大阪人であろう誰かに道を尋ねないといけない状況に、僕は陥っていた。軽くパニック状態である。

それでも、住所だけを言って道を聞いても、聞かれた相手も、わからないだろうから、最寄りの交番までの道を教えてもらおう、といった現実的な思考ができる程度の余裕が僕にはあった。

とにかく、からまれるかもしれないので、男性に声をかけるのは絶対に回避だ。できれば、優しそうできれいなお姉さんが、安全ではなかろうか。
この周辺の地理に詳しいかどうか、という第一条件は、いつの間にか後回しになっていた。

その時だった。
犬の種類をほとんど知らない僕でも知っている大型犬のセント・バーナードを連れたポニーテールの女の子が、僕の目の前を横切った。
身長は僕よりも少し低いが、年齢は僕と同じくらいだろうか。犬を連れて、お散歩のようだ。
ということは、この近所に住んでいて、しかもこの辺りの地理には詳しい可能性が高い、ということが容易に推察できた。

この際、この子に最寄りの交番の場所を尋ねるのが効率的なのでは?
まさか同年齢のしかも女の子に絡まれることもないだろう。
そう思った僕は軽く咳ばらいをした。

「あの、ちょっと、ごめん。散歩の途中、悪いんだけど」
周りには他に人もなく、女の子は自分が呼び止められたと理解したようで、立ち止まると、僕の方を振り向き、なにか?という表情をする。
セント・バーナード犬も女の子が立ち止まったので、その場でお座りをした。

「えっと、あの、決して怪しい者じゃないんだけど」
いかにも怪しい者が言いそうな前置きだな、と自分ながら思った。
「ちょっと道に迷ったみたいなんだ。それで、この近くの交番に行く道を聞きたいんだけど、知ってるかな?」
 
ああそれなら、と女の子は可愛くほほ笑んだ。うん、いい笑顔だ。
そしてリードを持っていない右手の人差し指で、駅前の道を指さし、僕にこう言ったのだった。

この道ピューと行って、どんつきキュッと曲がって、そっからダーッって行ったらええねん

・・・頭の中が真っ白になった。ホワット?この子、何を言ってるんだろう?

「・・・えーと。ごめん、もう1回、わかるように言ってくれないかな?」

「あれぇ、わからんかった?かんにんな。もいっかい、わかりやすくゆうから」と女の子は頭をかいて、もう一度言ってくれた。

「こ、の、道、ピ、ュ、ゥ、と、行、っ、て、ど、ん、つ、き、キ、ュ、ッ、と、曲、が、っ、て、そ、っ、か、ら、ダ、ァ、ッ、っ、て、行、っ、た、ら、え、え、ね、ん」

一文字一文字ごとに句点を入れながら、おっしゃってくださる。

いや、早口とかの問題じゃないから。
言ってる意味が分からないって、暗に仄めかしてるんですけど、わかりませんでした?
なに?ピューとか、どんつきとか、キュッとか、ダーッとかって?
オノマトペのみなさん、存在感が強すぎじゃない?
東京でダーッって言うのは、燃える闘魂アントニオ猪木さんぐらいだよ。
ここじゃ、みなさん、燃える闘魂なの?

「いや、そうじゃなくて・・・」
距離や方向が分かるように言って欲しいんだけど、と言おうとしたのだが、それまでおとなしくお座りをしていたセント・バーナード犬が、我慢できなくなったのか、僕をめんどくさそうな目で見上げたかと思うと、すぐに顔を背け、のそりのそりと歩き始めた。
左手にリードを持っていた女の子は、当然のごとくセント・バーナード犬に引っ張られる形になり、あわわ・・・と姿勢を崩しそうになる。

「わ!あんた、ちょっと待ちいなって!もぉ、かなんなぁ。あ、きみ、もうわかったやろ。ほな、頑張ってな!」 

そう言って、女の子はセントバーナード犬に引っ張られながら去って行った。もはや犬を連れて散歩しているのか、犬に連れられて散歩しているのか、わからなくなっている。
何を頑張れというのだろうか?どちらかというと、君こそ頑張れよ。

とりあえず、女の子が指さした方向に向かって歩いてみることにした。300メートルほど歩くと、道は突き当りで左の方にしか曲がれなくなっている。左に曲がり、さらに500メートルほど進むと、交番があった。

女の子が説明してくれた言葉の意味の大半がわからなかったけれど、なんとなく交番にたどり着くことができてしまった。

大阪の人はあれでコミュニケーションがとれているということだろうか?
ともあれ、僕は交番で家の住所を告げ、道案内をしてもらって、無事にこれから住むマイホーム(もちろん名義は父親だが)に、たどり着くことができたのだった。

今度、あのポニーテールの女の子に出会えたら、やはりお礼を言わないといけないよなと思っていたら、今日、髪型以外は非常によく似た大坂さんと知り合った。

てっきり同一人物かと思ったら、そうではなく、かといって姉妹や親せきでもないようだ。
しかし、他人のそら似にしては、あまりに似すぎではないだろうか。
同じような言葉をしゃべっていたし。いや、それなら大阪の人全員が同一人物になるか。

*    *    *

僕がリビングのソファに座って沈思黙考にふけっていると、妹が「お兄ちゃん、コーヒー入れたよ。熱いから気を付けてね」と湯気の立つコーヒーカップを持ってきてくれた。

どういうわけか、栄養士になるという、明確な人生設計を持っている妹は僕の知っている限り、小学生の頃から、母親の料理の手伝いをしていて、今では母がいなくても僕と父に舌鼓を打たせる料理スキルを獲得済みだ。

加えて性格もよく、勉強もできて運動神経にも恵まれ、方向音痴でもない。
何をとっても平均的な僕としては、そのスキルの一部でもこちらに回して欲しいくらいだ。

「あのさ、昨日初めて会った人と同一人物だと思われる人に今日会ったんだけど、その人から、昨日、あなたとは会ったことはないって言われた場合、どういうことが考えられる?」

僕よりもずっと頭の回る妹に聞いてみた。
兄としてのプライドなどとっくの昔に捨てている。

「お兄ちゃん。唐突に聞かれても悠梨 ゆり、なにがなんだか、わからないよ」

ですよね。僕は、対面する形でソファに座った妹に、昨日の出来事から説明することにした。

説明を終えたが、妹は、どちらかというと、僕が大坂さんという女の子と知り合いになり、これから毎日、一緒に登下校をするということのほうに驚いていた。

「お兄ちゃん、同級生の女の子とふたりっきりで登下校って・・・今夜はお赤飯、炊くね!」
「白米でいい。それより、僕が気にしてるのはそこじゃない」
「うーん。それって、2つのパターンしか、あり得ないんじゃなかな?」
「2つのパターンって?」

悠梨 ゆりは、右手の人差し指をピン、とたてた。
「1つめ。昨日会った女の子は・・・、大坂さんだっけ?その大坂さんとは何の関係もないよく似た赤の他人である。これが一番現実的かな」

続いて、中指も立てる。Vサインをしているみたいだ。

「2つめ。実は同一人物。だけど、大坂さんには、そのことをお兄ちゃんに対して認めるわけにはいかない、なんらかの理由がある」

「なに、その理由って?」
「それは今すぐには、わからないよ。例えば、その時間、駅前にいたことが誰かにわかると都合が悪いことがあるとか・・・。ちょっと理由としては弱いかな?でも、大きくわけたらその2つしかない・・・。あ、可能性だけでいいならもうひとつあるよ」
悠梨 ゆりは思わせぶりに言う。

「なんだよ、もうひとつは?」
今度は薬指を立てる悠梨 ゆり

「3つめ。お兄ちゃんが昨日会ったのは、大坂さんのドッペルゲンガーだった。限りなくゼロの可能性だけどね」
ドッペルゲンガー。悠梨 ゆりは、さらっと、不気味な単語を口にするのだった。

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