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【オチなし話】雑です、大坂さん4~大坂さんとドッペルさん(1/6)~

大坂さんは幽霊である。間違えた。幽霊部員である。
いったい何を考えているのか、考現学研究部と民俗学研究部、さらにミステリ研究部に籍だけをおく幽霊部員である。

なにで読んだか忘れたが、考現学と民俗学は対立関係にあるのではなかろうか。
たしか考現学を創始した今和次郎って、民俗学を創始した柳田国男から破門されてなかったっけ?
まぁ幽霊部員だから、そこまで気にしなくてもいいのだろうけど。

変に律儀なところのある大坂さんは、幽霊部員でも週に1回くらいは顔を出さないとあかんやん、などと言って曜日を決めて各クラブに顔を覗かせている。
月曜は考現学研究部、水曜は民俗学研究部といった具合だ。

といっても、ほかの女子部員たちと他愛もないおしゃべりをする程度で、せっせとクラブ活動にいそしむという殊勝なことは全くしていない。
なぜそう断言できるかというと、ボクも大坂さんに強制的に同じ3つのクラブの幽霊部員にされてしまい、一緒に行動しているからである。
完全に大坂さんに振り回されている感がしてならない。

もっとも、図書委員をしているので、たまに回ってくる受付当番の都合で、大坂さんと一緒にクラブに行けない時がある。
今日がそれだ。そういうときは、なぜか僕が受付当番を終えたあと、大坂さんを部室に迎えに行くことになっている。
今日は金曜日なので、大坂さんはミステリ研究部に顔を出しているはずだ。

5時を過ぎ、図書室の利用時間が終わったので、僕は司書の先生に挨拶をして図書室を出た。

ミステリ研究部の部室は文化系クラブ専用プレハブ棟の一番奥にある。

「失礼します」と言ってドアを開くと、副部長の乙川さんだけがいた。
何かの文庫本を読んでいた。どうやら他の部員はみな帰宅したようだ。
「あら、東くん。時間通りにお迎えね」
三年の乙川先輩がにこやかに笑顔で言った。
烏の濡れ羽色というのだろうか、艶やかなロングの黒髪が揺れる。
絵にかいたような知的美女の乙川先輩と、ほかに誰もいない部室で二人きりというのは妙に落ち着かない。
「あれ、大坂さんは・・・?」
「つい先ほど出て行ったわよ。もうすぐしたらあなたが来るから、ここに居るので迎えに来てって伝言してくださいって言って」
「え?ここに居るから?」
「ええ、そう。ここに」
そういって、乙川先輩は長机の上に置いてあった、削られてもいないまったく未使用の鉛筆を1本、手に持つと、僕に差し出した。
「大坂さんがあなたに渡してくれって言ってたわ。ヒントみたいなものかしら」
僕は意味がわからず、とりあえず鉛筆を受け取る。なんで鉛筆?
「さて、頼まれた役目は済んだし、そろそろ帰らなきゃ」
乙川先輩は文庫本をそっと閉じると、カバンにしまって、椅子から立ち上がった。
どうやら大坂さんから託された鉛筆を僕に渡すために、僕が来るまで待っていてくれたらしい。
すみません、先輩にこんなことをさせて。僕は心の中で大坂さんに代わり謝る。
「東くんも大坂さんを迎えにいくんでしょ?」
「ええ、まぁ」
学校内のどこにいるのか全く見当がつきませんけどね、と心の中でつぶやく。
部室を出て、乙川先輩がドアにカギをかける。かけた後、念のためドアが閉まっているかを確認する。
1回、2回、3回・・・。ドアはびくともせず開かない。4回、5回・・・。あの、もう十分確認したと思うんですが。
僕が怪訝そうな顔をしているのに気が付いて、乙川先輩はちょっと恥ずかしそうにいった。
「ごめんなさい。何回も確認しないと不安になっちゃう性格なの」
「あー、ありますよね。ガスの火をちゃんと消したか不安になってもう一度、家に戻って確認したくなるってやつですよね」
うんうんと乙川先輩は頷く。そのしぐさも年上なのにかわいい。
おちゃらけな誰かさんとは大違いだ。
「起きもしないことを、悪いほうに悪い方にネガティブに考えて不安になっちゃうの。きっと一人暮らしに向いてないタイプね」
そういって、乙川先輩は肩をすくめた。
「じゃあ私はカギを返してから帰るから。下校終了時間まにで、ちゃんと幸せのクローバーを探して帰ってね」
と言ってカギをもって職員室の方へと歩いていった。

幸せのクローバーか・・・どちらかというと疫病神に近い気がするのだが、「努力します」と僕は言った。

さて、大坂さんはどこで僕を待っているんだろう。どうやらヒントはこの1本の鉛筆のようなのだが。どこといって変哲のない普通の鉛筆・・・。まじまじと眺めてた僕はあることに気づいた。
そしてため息をひとつ。大坂さんの居場所に検討がついたのだ。
 
なんでもう一度戻らないといけないんだろ、と思いながら僕は校舎A棟2階にある自分の教室へと階段を駆け上がって、廊下を早歩きで進んだ。
教室のドアを開ける。
はたせるかな。窓際の一番後ろにある席、自分の席に座わり、頬杖をついて窓の外の夕日を眺めていたセミロングの女子生徒が振り向いて、僕の方を見た。
「あ、思ったよりも早かったやん、東くん」
大坂さんが無邪気な笑顔で言う。
「もう少し時間がかかるかなと思ったけどなぁ」
「わかるよ、これくらい」僕は乙川先輩からもらった鉛筆を見せた。
「この鉛筆、HBじゃなくて2Bってプリントされてるよね。大坂さんのいる場所のヒントが2Bの鉛筆なら、僕たちのクラス、2年B組の教室にいると思いいたるまでに1分もかからなかったよ」
「そうかぁ。東くんには簡単すぎたかぁー」
大坂さんは、あははと笑う。
「分からなかったらスマホに電話して呼ぼうと思ってたんやけど、いらんかったなぁ。今日ミス研で友達とダイイング・メッセージの話題で盛り上がってなぁ、で、ちょっとネタを思いついたんで、東くんにわかるかなと試してみたくなった乙女心、という次第で」
いや、そこに乙女心の要素、どこにもないから。
「思い付きの実験台にしないでよ、大坂さん」
「かんにん、かんにん。それにな」
「それに?」
「転校してきた東くんと初めて会ったのがこの教室でしょ?もうあと1か月もしたらこの教室とお別れして三年になる・・・。三年になったら東くんと違うクラスになるかもとか思ったら、なにか胸の奥がキュンとなっちゃったの、わたし・・・」
は?何を言いだすんだ、この人は。
「ねぇ、東くん・・・。進級して、たとえクラスが違っても私たちこれからも、ずっとずっといい友達だよね?」
胸の前で手を組んで大きな瞳を潤ませ、僕を見上げて、アクセントの怪しい標準語で言う大坂さん。
「いや、ここの学校はクラス替えなしにそのまま進級するよね。1年の時からこの学校にいる大坂さん、当然知ってるよね」
「きみ、ほんまノリが悪いな」
大坂さんは、あかんわというように頭を振った。さっきまでの芝居がかったしぐさは跡形もなく消え失せてしまっている。
「そこは乗ってくれんと。ボケにボケを重ねるのがお笑いの鉄則やん」
誰を笑わせようとしているんだろう、この人は。

ここ最近の大坂さんのマイブームは昭和の少女漫画らしく、聞いてて僕の背中が痒くなるような、歯の浮くようなセリフを怪しい標準語で、唐突に言いだす時がある。
付き合わされるこっちとしてはたまったものではない。
大坂さんのマイブームよ早く終わってくれ、と願う日々なのだ。
「そうはいっても流石に席が隣とはならんやろな。・・・思い出すわ、東くんが転校してきた初日、わたしの隣に座ってきた日のことを」
「思い出さなくていいよ。それと変な標準語で喋るの、やめて」
「あ、そういえば、ドッペルさんのことも」
「だからいいってば!。あのね、大坂さん、人の古傷に塩をこすりつけて楽しいの、きみは?」
大坂さんはきょとんとした顔をする。
「めっちゃ楽しいに決まってるやん。なにゆうてんの、自分?」
だめだ、この人。いろんな意味で。
「ああ、もお。帰るよ、大坂さん。最終下校時刻も近いんだから」
僕は踵を返して教室を出た。
「やだぁ、東くん。お願い、わたしを置いて行かないでぇ」
だからイントネーションがおかしいって。やめて、変な標準語でしゃべるのは。
大坂さんは僕の横に並ぶとえへへと目を細める。僕たちは校門を出ると、いつものように並んで家路へとつく。
「あれ、大坂さん少し大きくなった?」
今まで気が付かなかったのだが、大坂さんと僕の身長差が少し縮まったような感じがしたのだ。
「お!さすがは東くん、お目が高い!気づいたかね。実は3センチほど増えたんやね、これが」
「へぇー、そうなんだ」
「なんといっても、成長期ですので」
「そのうち大坂さんに追い抜かれたりするかもなぁ」
僕は身長がそれほど高いほうじゃない。いまはまだ大丈夫だけど、そのうち大坂さんに追い抜かれったらショックだろうな、と思った。
やはり体育系のクラブにはいるべきなのだろうか。
「え?さすがにもう東くんを追い抜いてないかな?」
「いやいや、今は僕の方が高いでしょう」
「東くん、何の話をしてるん?」
「だから身長の話を」
「いや、あたしは胸のサイズの話をしてるんやけど」
「大坂さん、恥じらって!つつしみをもって!お年頃でしょ!お願いだから!」
「すぐそばでそないにキンキンいわんでもええやん。かなんな」
大坂さんは顔をしかめる。
僕は内心ため息をついた。
転校初日、大坂さんが僕に「はじめまして。わからないことがあったら席がお隣だから、なんでも聞いてね」と気さくに声をかけてきてくれた時は、こんな性格だとは想像もできなかった。
ある意味、大坂さんはいい人生経験を積ませてくれたのかもしれない。
女性の第一印象はあてにならないということを。
 
数か月前、転校したばかりの頃のこと、そしてドッペルさんのことを(それは決して楽しい記憶ではないが)、僕は思い出すのだった・・・。

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