歴史フィクション・幕末Peacemaker 【06】~生麦事件(01)=その日=~(2249文字)
生麦事件で殺害されたチャールズ・レノックス・リチャードソン(1833-1862)[以下リチャーソンと記述]が、いつ日本にやってきたかー。
1862年はわかっているが、何月何日である、とまでは特定されていない。
歴史学者の町田明広氏は『7月初め頃であったらしい』と著わしている。
宮澤眞一氏の『「幕末」に殺された男』によると、リチャードソンの両親は『両家ともにジェントルマンの階級に属し、決して豊かではないけれど、ある程度の財産持ちであったらしい』という。
しかし、リチャードソンの父親は実家から大きな財産を受け継いでいなかったようだ。
そしてリチャードソンについて、『住民の階級から見れば、中産階級が集まるクロイドンやプロンプトンより劣り、労働者階級の比率の多くなる地域、ハックニーやテームズ河畔地域で、少年時代をすごしたのであろう。外国貿易に従事する船舶や商人たちで賑わう場所である』と著わしている。
このことから、この当時の家庭の経済状況は決して裕福なものではなかったのだろう。
リチャードンは14歳または15歳くらいの年齢で母方の叔父の商店で働き、上海には20歳の時に渡っている。
あくどい商売をするような人物ではなかったようである。
書籍によってリチャードソンは東洋人に対して尊大な態度をとる人物として書かれている場合があるが、ここではそのような偏見を持たない人物としていく。
尚、生麦事件の直前にリチャードソンは英国に手紙を送っている。
その文面には『日本は私が訪れた最高の国』と綴られていたという。
1962年、リチャードソンは上海での仕事を引き払い、イギリスに帰国する際に、日本の横浜に立ち寄る。目的は観光であった。
これが彼の運命を大きく変えることになる。
横浜の外国人たちにとって乗馬はかっこうの娯楽であった。
だが彼らは、本国では必要となる乗馬マナーを、この横浜では気にしていなかったようだ。
横浜で絹の輸出を行っているウィリアム・マーシャルは、自身の妻の妹で一か月ほど前に横浜にやってきたマーガレット(マーガレットの夫は香港で中国貿易を営む)を、乗馬による遠出、川崎大師見物に誘った。
当時は通商条約によって、一般人は開港場からの最大10里(約40キロメートル)までの距離の移動が認められていた。それ以上の距離の移動は許可が必要である。
川崎大師は約40キロメートルの範囲内であり、彼らにとってはピクニックのようなものであった。
そして、マーシャルは顔見知りであった若い男性も誘った。
ハード商会横浜支店に勤めるウッジロープ・チャールズ・クラークである。クラークは知り合いのリチャードソンを誘った。
こうして女性1名、男性3名の計4名が川崎大師見物に参加することになった。
出発した日は1862年9月14日 日曜日。乗馬日和の良い天気の日だった。
4名は横浜からボートで神奈川へ渡り、用意されていた馬に乗馬し、東海道を川崎へと進んだ。生麦村は途中の通過地点であった。
この乗馬コースは、横浜の外国人に人気のコースだったという。
同日。
「サトウさん。今日はまだ乗馬をされてなかったんですね、よかった」
通りでサトウを見つけたシーボルトが、安堵の表情を浮かべてそういった。
「アレックス、僕に何か用かい?(・_・) 」
「幕府から公使館に連絡が来ました。江戸で重要な会議が開かれ、行列が多く通過するため、東海道への接近は自粛して欲しいとのことです。といっても今日は休日なので、ニール代理公使からの正式な発信まだですが」
「え~、マジで?乗馬は楽しみだったのに~ (・_・) 」
「しばらくの辛抱ですよ」
「・・・今日は天気がいいな、アレックス (・_・) 」
「ええ、それがなにか?」
「いや、最高の乗馬日だと思ってさ。まだ正式な通達が出ていないから、知らなかったということで、今から乗馬に行っても・・・ (・_・) 」
「やめてくださいよ。だからサトウさんにこっそり知らせたんですから。うっかり行列に遭遇しようものなら・・・。仮に運悪く行列に遭遇しても、脇によって、行列をやり過ごせば大丈夫なんですが、サトウさんは乗馬のマナーが悪いから、行列を乱しかねません」
「随分なことを言われた気がするんだけど・・・。で、行列を乱すようなことした場合、僕はどうなるんだ?アレックス (・_・) 」
「無礼討ちにされます、サトウさん」
「無礼討ちとは? (・_・) 」
「切り捨てごめん、という意味です。武士に無礼を働いた町民や農民は切り捨てても、切った武士は罪に問われないという、武士に与えられた特権です」
「なるほど。でも僕は、この国の町民や農民じゃないから、無礼討ちの範囲外じゃないのかな? (・_・) 」
「その理屈が、この国で通用すると思ってますか?僕たちは多くの武士たちからみれば、招かれざる客なんですよ、サトウさん」
「悪かった。わかったよ、アレックス。君の助言に従って、しばらくは遠出しないことにするよ (・_・) 」
「ええ、そうしてください」
この時、生麦事件に遭遇する4名は、すでに横浜から出発していた。
【続く】
■参考文献
『「幕末」に殺された男』
宮澤眞一(著)
『グローバル幕末史』
町田明広(著)
『生麦事件』
吉村昭(著)
『生麦事件の暗号』
松沢成文(著)