【オチなし話】雑です、大坂さん4~大坂さんとドッペルさん(2/6)~
「東京から来ましたXXXXです。こちらは初めてなので、早く慣れたいと思います。みなさん、よろしくお願いします」
何日も前から丸暗記した転校時の挨拶を噛むことなく終えると、これからクラスメイトになる31名の生徒たちにむかって、僕はぺこりと頭を下げた。
こういう挨拶は下手に「受け」を狙わず、簡素に行うのが無難なのだ。
別にクラスの人気者になりたいという野心は無い。かといってクラスから孤立して浮くのもごめんだ。
数人のそれなりに仲のいい友達ができて、それなりの中学校生活を送ることが出来れば、それでいいのだから。
小学生の時に続いて2回目の転校の挨拶になるが、クラス全員の視線が自分に集まるのは決して気持ちのいいものではない。
自分という人間が値踏みをされているような気がしてならない。
それと、黒板にチョークで大きく書かれた自分の名前も、キラキラネームみたいなので、正直言って恥ずかしい。
早く消してくれないかな。そんなことを考えていた。
「えーと、それじゃあ、あなたの席は・・・大坂さんの隣ね。たしか視力はいい方よね?」
村椿という名の若い女性担任教諭の問いかけに、僕は頷く。
裸眼で視力2.0。今までその恩恵を受けたことはなかったが、窓際の一番後ろの席の隣という、比較的目立ちにくいポジションをゲットできたのは幸いだ。
ここなら授業中に頻繁に教師からご指名を受けることも無いのではなかろうか。もっとも、すぐ隣の窓際の席に座っているのが女子生徒というのは、少しやりづらそうだけど・・・。
というか、その女子生徒が、僕が挨拶をしているときから、ずっと大きな目を見開いて、こちらを見続けているんですけど。
東京から来たというのがそんなにここでは珍しいのだろうか?
とりあえず僕は、指定された席に座ると、「はじめまして、よろしく」と簡素に挨拶をした。
僕を見続けていたセミロングの女の子は、僕の挨拶でハッと我にかえったのか、少し慌てた感じで、「あ・・・えっと・・・、は、はじめまして」と返した。
それで少し調子を取り戻したのか、口元に笑顔を浮かべ、「わからないことがあったら、席がお隣だから、なんでも聞いてね」と、言ってくれた。そして、「ね、大阪弁でしゃべってもいい?意味がわからなかったら説明するから」といったので、僕は「いいよ」と返事をする。
優しそうな感じの子でよかった、と僕は思うのだった。
(それが大間違いだったことに気づくのに、さして時間はかからなかった)
まだ教科書が用意できてなかったこともあり、僕は隣の女子生徒、大坂さんの教科書を共有して授業を受けることになった。
転校して最初の授業は英語だった。僕にもついていけそうなレベルだったので、軽く安堵する。
英語の授業中、大坂さんは、そっと机の上を滑らすように右手を動かし、僕の前にメモを置いた。
ファンシーな絵柄のメモに、これまた女の子らしい丸まった文字が書かれている。
『なんて呼べばええかな?トーマくん?』
僕はウッとなる。正しくは「とうま」と読む僕の名前を、実のところ僕は好きではない、と言うかむしろ嫌いな方だ。
『いや、それはちょっと。好きな名前じゃないから、できれば他の呼び方で・・・』
と僕はメモの横に書いて大坂さんの前に戻す。
それを読んだ大坂さんは新しいメモになにやら書き始めた。
以下は英語の授業中に大阪さんとやり取りしたメモの内容になる。
『そう?いい名前やと思うけど。好きやないの?』
『小学校の頃に、その名前でクラスのみんなにからかわれて、いい思い出がないんだよ』
『からかわれたって、どんなふうに?』
『とーまのとんま、って』
僕の返事が書かれたメモを見た大坂さんは、口に手を当て、肩を上下させた。必死に笑いをこらえている。大坂さんは笑いの沸点が低いようだ。
幸運にも教師に見つかることなく、笑いを鎮めた大坂さんは、メモのやり取りを再開した。
『かんにん。悪気ないから。じゃ、トーマくんは無しの方向で』
『そうしてくれると助かる』
大坂さんはうーんと考えたあと、メモを返した。
『じゃ、東くんでええかな?』
『呼びやすいなら、それでいいよ』
正直、トーマと呼ばれるのを回避できるなら、呼び方はなんでもよかった。
『ちなみに、あたしの名前は、白詰草』
メモを見て、え?と思った。
『しろつめくさ?』
『はずれ。そんな呼び名を子供につける両親は、おれへんって』
白詰草はクローバーの和名だ。
『まさかと思うけど、クローバーとか?』
『それも、はずれ。正解は白詰草とかいて「よつば」。それなら四葉にすればいいって周りは言うたけど、お母さんが白詰草にするって言い張ったんやって』
白詰草はクローバーの和名だから、みつばと読んでもいいというか、そっちのは方がより自然な気がしたが。
名前の読み方ってなんでもありだな、と僕は思うのだった。
『だから、よつばって呼んでもええよ』
流石に、クラスの女の子を下の名前で呼ぶのは、いかがなものかと。
『できれば、大坂さんと呼びたいんだけど、ダメ?』
大坂さんはそれを見て少し不満そうな顔をし、メモを書いてよこした。
『ええけど・・・。東くんって、人と距離を取りたがるタイプなん?』
痛い所を突かれた。大坂さんは、結構鋭いところがあるようだ。
さらに大坂さんは新しいメモにさらさらと書いた。
『気が向いたらいつでも、よつばって呼んでええよ。次の休憩時間から学校内を案内するから。お昼はあたしの仲良しグループで一緒に食べよ。あ、もちろん女の子だけじゃなくて男の子も3人おるから、安心して』
いろいろと気配りしてくれる良い子だなぁと僕は心の中で感謝した。
(ほどなくして、かなり天上天下唯我独尊なタイプだとわかる)
休憩時間のたびに、学校内を案内してもらったのだが、最初に案内してくれたのが男子トイレだったのはちょっと引いた。
さらに「東くん、どうせやから、今、やっとく?」と言われたときはさらに引いた。
お昼ご飯の時、「彼、自分のことを『東くん』って呼んで欲しいんやって」と、仲良しグループのみんなに大坂さんが説明したときは、もっと引いた。
いや、大坂さんがそう呼んでもいい?って言って決めたんだよね、と言いたかったが、あはは・・・と僕は半笑いでやり過ごすことにした。
こうして転校初日、僕の呼び名は『東くん』に正式決定したのだった。
下校時、僕の帰る方向を聞いた大坂さんは、ぱあっと顔を明るくする。
同じ方向なのだそうだ。
(正確には、大坂さんの家のほうが、僕の家よりも、もっと遠くになるが)
なんでも、仲良しグループのみんなの住所は大坂さんのとは反対方向になるので、今までひとりで登下校していたのだそうだ。
「そしたら、これからは東くんと一緒に登下校できるなぁ」
と無邪気な笑顔で言う大坂さん。
いや、それはさすがにちょっと・・・。自身の方向音痴を自覚してる僕は、「じゃ、道を完全に覚えるまで、ということで」と期間限定を強調した。
大坂さんは笑顔で「うん」と頷いたが、それが大坂さんの本心でないことは、後に証明される。
下校途中、並んで歩く大坂さんの横顔をチラチラと見ながら、僕は確信をしていた。
たぶん大坂さんは覚えていないのだろう。
実は、昨日の日曜日、いろいろな手続きなどの関係で、父親より遅れてひとりで東京からこの町にやってきたとき、父親の書いた雑な地図のせいで、僕は駅前で道に迷ったのだ。
その時、大型犬をつれて散歩していた女の子に、交番までの道を尋ねて教えてもらったのだが、その時の女の子の年恰好、声、しぐさが大坂さんと同じだったのだ。(ただ、その時の女の子のヘアスタイルはポニーテールだったが)
単に交番までの道を聞かれて説明しただけなので、大坂さんの記憶からは消えてしまってるのだろうが、ちゃんとお礼をしておかないといけないよな。
「あのさ、大坂さん。大坂さんは忘れちゃってるかもだけど、昨日の昼頃、僕たち、一度会ってるよね」
うん?と、大坂さんは僕の方を向いて不思議そうに言った。
「え?あたし、昨日の日曜は、ずっと家にいて、外出してないよ?」
え、それほんと?じゃあ、僕が昨日会った、大型犬をつれて散歩してた女の子は誰?
「ちなみに、大坂さんって姉妹はいるの?」
「瑞樹お姉ちゃんは、今年から銀行でOLさんしてはるけど」
いや、あの子はどうみても大坂さんと、同じくらいの年だろう。
たとえ化粧していなかったとしても、絶対に社会人の女性じゃない。
「背丈は大坂さんと同じくらい?」
「瑞樹お姉ちゃんは、あたしより20センチぐらい高いかな」
では、大坂さんのお姉さんじゃない。
「えっと、じゃあ、大坂さんに双子の姉妹がいるとか」
「双子や三つ子とかの姉妹は、おれへんよ」
「じゃあ、大坂さんと年の近い親戚の女の子がこの近くに住んでいるとか」
「それもおれへんけど。さっきから何言ってるん、東くん?」
「あの、大坂さんの家、犬飼ってる?」
「お父さんが犬も猫もダメで、ペットは飼ってないけど・・・。東くん、本当にどうしたん?」
思いつく可能性をすべて否定された。それじゃ大坂さんにものすごく似たあの子は誰だったんだ?
これが、大坂さんとドッペルさんの騒動の始まりだった。
ようやく大坂さんのフルネームが書けました^^。