[いだてん噺]二十三日間03(1513文字)

  スウェーデンのエテボリーに着いて3日目の8月6日ー。
 この日は、午後4時から練習に出かけている。

 スウェーデン語のスタートに使われるフレーズにも慣れて来たことが自伝に記されている。

 スウェーデン語のに大分慣れた故か、スタートも八回のうち三回は完全と思えるくらいに調子づいてきた。歩幅も大体定まって来てうれしかった。
[略]
 走高跳及び槍投をただウォーミングアップ式に三回ずつ行った。
 槍は気持ちよく三十三メートルも飛ぶ。
 
 円盤は今日から少しずつ入念に研究的にやり始めた。
 回転投の最後のターンの足がサークル際に行かぬので苦心した。
 まだまだ十分に私の頭にヒントが得られない。

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

 今大会の練習で初めて取り込んだ円盤投げについては、『少しずつ入念に研究的に』取り組みを始めている。
 また最後に、『マッサージのおかげか練習の疲れも出ない』と記されていた。
 『脚の筋肉がはなれてしまう程痛い』と、一日前の8月5日に記したほどであったが、どうやら痛い思いをした分の効果は十分にあったようである。

 スウェーデンのエテボリーに着いて4日目の8月7日ー。

 この日は午前10時に練習に出かけている。

 居合わせた男子選手と一緒に何度もスタートの練習を行い、60メートルの全力疾走を行っている。

 五回のスタートの後に、六十メートル全力疾走を試みた。
 タイム七秒八‥‥。この調子で進んでゆけば、来週中にはきっともっといいレコードを出すことが出来るであろう。
 走幅跳は今日は助走に十分念を入れて、正確な踏切ということに気を遣った。
 助走距離は三十四メートル八一と定まった。
 そして右脚が正しく踏切れだした。本当にうれしかった。

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

 練習を終えて、ホテルに戻った絹枝宛てに、電報が来ていた。
 大阪毎日新聞、運動部長の木下東作からだった。
 出場種目へのアドバイスと参加選手の競技記録が記されていた。

 『安着を祝す。走幅跳に主力をつくせ。
 最近のレコードを参考し、走高跳、槍投げ、百ヤードハードル、立幅跳、円盤投、百ヤード、六十メートル、二百五十メートル、四ポンド砲丸投げ、の順に有望と思う。
 力の配合を考え、奮闘せよ。
 
 アメリカの走高一メートル五〇五、円盤三十メートル81、走幅5メートル一一八、英国は走幅五メートル八三、走高一メートル五六五
 
 木下』

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

 絹枝は何度もこの電文を繰り返し読んだという。
 そして、つぎの歌を詠んでいる。

 へだてども 国にいませる 師の君の みことばうけて 今日はいさめり
 
 ただ一人 異郷にあれば ことさらに 身にしみにけり 師の御言葉は

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

(※都市名は、人見絹枝自伝に記されているエテボリーに統一)
(敬称略)


■参考・引用資料
●『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著、 織田 幹雄 ・戸田 純:編集
●『二階堂を巣立った娘たち』 勝場勝子・村山茂代:著
●『はやての女性ランナー: 人見絹枝讃歌』  三澤光男:著
●『短歌からみた人見絹枝の人生』 三澤光男:著
●『KINUEは走る』 著:小原 敏彦
●『1936年ベルリン至急電』   鈴木明:著
●『オリンピック全大会』   武田薫:著
●『陸上競技百年』      織田幹雄:著
● 国際女子スポーツ連盟 - Wikipedia アリス・ミリア - Wikipedia

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