[いだてん噺]出場要請電報(1056文字)

病気が癒えてから10日ばかりたった後、絹枝のもとに、岡山県からの一通の電報が届く。

「ケンカノタイカイニゴシュツジョウヲノゾム」(県下の大会にご出場を望む)

去年、絹枝が是非にと頼まれて出場した岡山県女子体育大会を今年も開催するにあたり、大会を主催する岡山県当局からの絹枝の出場を依頼するものであった。

出場を要請する電報に絹枝は、どうすべきか迷った。

二階堂トクヨは、スポーツ選手が持ちがちなエリート意識を特に嫌っており、岡山県女子体育大会に出場したいなどと言おうものなら、二階堂体操塾に居られないほど、きつく叱られると思ったからだった。

事実、絹枝が病の床に伏していた三日間、二階堂トクヨは懸命に絹枝を看病しながらも、『だから言わないことではないでしょう。夏休みなどに講習に出て何になります。競技の講習なんか無駄なことです。体を悪くして何になりますか』と言うのを、夢うつつの中で聞いていて、それはしっかりと記憶に残っていた。

かといって、県当局からの電報を破って捨てることも出来ず、それ故に絹枝はトクヨの部屋の前を、4回5回とウロウロしてしまったという。

最後には、思い切って絹枝はトクヨに電報を差し出し、「先生、こんな電報が参りましたが、私は帰らないつもりでございます」と申し出たのだった。

電報に目を通したトクヨは、絹枝に言うのだった。

「これは結構なことではありませんか。そんなことを言わずに帰って大いにやっていらっしゃい。病気も治ったし、家の人等にも心配かけておりますから」

岡山県女子体育大会への出場を快諾したうえに、トクヨは絹枝に小遣いとして金5円を与えた。

 それまでの考え方が変わったかのようなトクヨの対応について、以下の様に推察がされている。

 公式要請によって、絹枝の名声と実力を改めて認識したトクヨが、日本の女子体育発展のためには、トップアスリートの養成が如何に必要かを瞬時に感知した閃きのときであった。

『二階堂を巣立った娘たち』 勝場勝子・村山茂代:著より

(敬称略)


■参考・引用資料
●『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著、 織田 幹雄 ・戸田 純:編集
●『二階堂を巣立った娘たち』 勝場勝子・村山茂代:著
●『KINUEは走る』 著:小原 敏彦
●『短歌からみた人見絹枝の人生』 著:三澤光男

●『1936年ベルリン至急電』   鈴木明:著
●『オリンピック全大会』   武田薫:著
●『陸上競技百年』      織田幹雄:著
● 国際女子スポーツ連盟 - Wikipedia アリス・ミリア - Wikipedia

いいなと思ったら応援しよう!

はーぼ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?