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【オチなし話】雑です、大坂さん3「手袋・冬路(ふゆじ)(後編)」(2840文字)


「ちょっと待ってよ、大坂さん」
慌てて僕も足を速めようとして、あやうく雪に足をとられそうになった。どんよりとした天気で、依然としてお日様は雲の中に隠れたままだ。
これじゃあ雪は解けるどころかますます硬くなるな・・・そう思ったとき僕の頭に閃きが走った。
「氷だ!」
前を歩く大坂さんの足がぴたりと止まり、僕の方を振り向いた。
「え?自分、今、なんてゆうたの?」
「その前に、ひとつ質問させて。昨夜から今朝は7年ぶりの寒さの雪の日なんだよね。でも今と7年前、どっちが寒かった?」
「・・・雪はやんでたけど、7年前の方がi今日よりもっと寒かった・・・。でも、それがどないしたん?」
「だからさ、氷だよ。7年前、中庭の池には氷が張っていたんだよ。誰か知らないけど足跡の主は、その氷の上を歩いて移動したんだ。池の縁まで歩いて行って、そのまま縁を踏まないようにしてまたいで、池に張った氷の上に立って」
「北海道じゃあるまいし。仮に氷が張っていても、人が乗ったら割れてまうやん」
「記録的な寒さだったんだろ?それにさ、体重の軽い1年か2年の低学年だったら、ギリギリ池に張った氷の上に乗れたんじゃないかな。とにかく、そうやって池に張った氷の上を、そろりそろりと、雪につけた足跡から十分に離れるように移動して、そして後ろ向き池の縁をまたいで雪の降り積もった地面に降りたんだ。そして渡り廊下まであとずさりして戻ったんだよ。これで、池に向かっていった二人分の足跡ができる。そうに違いないよ」
「断言するんやな」
「まあ、そんな気がするっていうか・・・」
「東くんが言うんなら、そうなんやろな」
変な言い方だが、大坂さんは賛同したようだ。
「でも、誰かは知らんけど、なんでそないなことをしたんやろな?」
「さぁ。でもどこにでもいるだろ、人が驚くのを愉し気に見てる人って。まあ、いわゆる愉快犯ってやつかな。正直言って、そういう人って好きになれないな、僕は」
その瞬間、大坂さんㇺッとした顔になった。


渡り廊下まで戻ったあたしは、膝に手をやって体を前に曲げると、はぁはぁと息をついた。
クラスの中でも体力の無いあたしにとって、中庭の池まで歩いて、池の上に張っている氷の上に立ち、ひびが入って割れないのを確認しながら、少しづつ移動したあと、後ずさりしながら戻ってくるというのは、体力的に精神的にも大変だった。
やせっぽちで体重の軽いあたしだから、なんとかできたのだろう。
それでも移動中に氷にひび割れが走りだしたときは、言い知れない恐怖を覚えたけれど。
  
十数年ぶりと言われた大雪が降った翌朝。
いつもならまだ寝ている時間だが、普段と違う寒さに目を覚ましたあたしは部屋の窓をそっと開けた。
もう雪はやんでいた。そして目の前に広がる一面の銀世界。
降り積もった雪を見て悲しい気持ちになった。
なぜなら、『朝、雪が積もってたら、一番に学校に行って、校庭を歩こうよ』と言ってくれた『しーちゃん』は、もうあたしの前からいなくなってしまったから。
 
だから雪の降り積もった足跡一つない校庭を、手をつないで一緒に歩く約束が果たせられないのなら、せめて『しーちゃん』が思いついた悪戯を代わりにしてあげようと思ったのだ。
 
不安だったけれど、なんとか出来たよ、『しーちゃん』。
 
急に天気が回復したためか、先生たちが中庭の池を調べた時には氷はずいぶんと薄くなり、ところどころは割れて、たとえ子供でも上に乗れる状態ではなくなっていた。
そのため誰もあたしがやった方法に気が付かなかった。
そして、あたしも自分から名乗りでることはしなかった。
やがてそれは不可思議な出来事として、その小学校の伝説になっていった。
これが『しーちゃん』が思いついて、あたしが実行した二人の合作だ。
 
後から思えば、それは引っ込み思案な性格だったあたしに、自信のようなものを与えてくれるきっかけになった気がする。
だからね『しーちゃん』、心配しないで。あたし、強くなるから。
でもね『しーちゃん』、やっぱり少しだけ寂しいよ。


「ほほぉ。愉快犯は好きになれない、と。それはそれは。また愉快なことを言ってくれるやないか、東くん」
大坂さんが僕に詰め寄って来た。お互いの息が感じられるほどの距離だ。
「あ、あの距離的に近すぎないかな?精神的には、僕たちかなり距離があると思うんだけど、今この時点において、肉体的にはかなりギリギリというか・・・」
そこでようやく気づいたのか、ふん、と鼻をならし大坂さんは一歩だけ後ろに下がる。少し距離ができたので僕はほっとした。
大坂さんは右手にしていた薄いピンク色の毛糸で編まれた手袋を、そっと外す。
はて、この寒い中、右手を素手にして、大坂さんは何をするんだろう?
「はい、東くん!『手袋』を逆に言ってみて」
「ろくぶて?」
「正解!」
叫ぶや否や、大坂さんのチョップが6連発が僕のオデコにさく裂した。
非力な大坂さんだから激痛ではないが、それでも六連発はそれなりに痛い。
「痛いって!いきなり何するんだよ、大坂さん」
「ろくぶて、ってゆうたのは自分やん」
「君は子供か!」
「デリケートな乙女心を傷つけた東くんが悪いんや」
何を言ってるのかさっぱりわからない。僕が何をしたというのだろうか。
「いや、どうみても大坂さんは、デリケートというよりも、バリケード・・・」
「ほほぉ・・・。まだ痛い目に会いたいんか、自分?」
大坂さんは目を細めた。僕は虎の尾を踏んだようだ。
「はい、東くん!手袋・冬路(ふゆじ)を逆に言ってみて」
「じゆふろくぶて?」
「またも正解!十六回ぶたれたいんやな。ほな、しゃあないな」
やる気満々で大坂さんは言った。やだ、この人、マジだよ。
「いやいや。『じゆふろくぶて』って言ったから。『じゅうろくぶて』じゃないから」
「ちがいますー。『じゅうろくぶて』って聞こえましたぁー。そんな言い訳は聞きませんからぁー」
完全に子供である。話し合って分かりあえそうにない。
犬養毅さん。今この時、民主主義は死にました。
かくなる上は、僕がとるべき最善の方法はひとつしかなかった。
僕は学校に向かって、積もった雪に最新の注意を払いながら、やや駆け足で逃げ出した。
「あ、こら、待たんかい!」
大坂さんも、雪に足をとられないようにして、どたばたと追っかけてくる。
「待ったら、僕をぶつよね!」
「当たり前や!」
通学途中の生徒たちの、なんだあいつらはというあきれた視線を痛いほど感じながら、僕は学校まで逃げることに成功した。
その代償に僕と大坂さんは、生活指導の先生から、通学路を走るんじゃない、とそれはもうこってりと油をしぼられ、同級生たちからは、自分らいつからドツキ夫婦(めおと)漫才に転向したん?と言われる羽目になったのだった。
「それは違う」
と大坂さんは同級生たちに対して、はっきりと否定した。
そうだそうだ。もっと言っておあげなさい。大坂さん。
「あたしと東くんは夫婦(めおと)やないから。ドツキ漫才コンビやから。間違わんといて」
いや、そこも否定しようよ、大坂さん。
【手袋・冬路(ふゆじ) 終わり】

オチなし話に最後までお付き合いくださりありがとうございました。
またいつか、この二人の話を書く機会があれば、きっと・・・オチはないと思います^^;。では、またいつか。


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