[いだてん噺]テニスの人見さん(699文字)

大正10年[1921年]。
大阪への遠征から1か月が過ぎ、県内庭球大会開催の日を絹枝は迎えた。
大会の会場は絹枝たち岡山岡山高等女学校であった。

 その当日はいよいよ来ました。一週間前から私は少し遠方から通学しているため、寄宿舎に泊っていましたが、その当日は父の顔が案内もしなかったのにヒョッコリ学校に見えました。
 やはり私が出場するので嬉しいのでしょう。

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著

出場チームは40組ほどで、人見絹枝・浮田芳子組は、健闘した関西女子庭球大会での好調さを維持していたのだろう、準決勝まで勝ち進んだ。

準決勝の相手は、宿敵ともいえる女子師範学校の大将組であった。
準決勝試合は接戦となりシーソーゲームの結果、人見絹枝・浮田芳子組が勝利を掴んだのだった。

 決勝の試合は楽勝で、人見絹枝・浮田芳子のペアはついに優勝旗を手にする。その夜、絹枝たちは寄宿舎で一晩中喜び合うのだった。

以後、浮田芳子は『後衛ベスト5』、絹枝は『関西第一の前衛』と評され、
絹枝は『テニスの人見さん』と呼ばれるようになった。
(敬称略)


■参考・引用資料
●『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著、 織田 幹雄 ・戸田 純:編集
●『二階堂を巣立った娘たち』 勝場勝子・村山茂代:著
●『KINUEは走る』 著:小原 敏彦
●『短歌からみた人見絹枝の人生』 著:三澤光男

●『1936年ベルリン至急電』   鈴木明:著
●『オリンピック全大会』   武田薫:著
●『陸上競技百年』      織田幹雄:著
国際女子スポーツ連盟 - Wikipedia アリス・ミリア - Wikipedia

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