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【オチなし話】雑です、大坂さん4~大坂さんとドッペルさん(4/6)~

ドッペルゲンガー。
ドイツ語で「自分と全く同じ姿かたちをしたもう一人の自分(分身)」という意味をもつ(らしい)。

都市伝説の類だが、芥川龍之介は自身のドッペルゲンガーと会ったという話がある。

曰く、ドッペルゲンガーは忽然と姿を消す・・・。
曰く、ドッペルゲンガーと会った本人は死ぬ・・・。

芥川龍之介って自殺したんだよな・・・。
背筋をぞくぞくさせる寒気を振り払うように、僕は頭を左右に振った。

悠梨 ゆり、そんな怖いことをよく平気で言えるな・・・」
「限りなく可能性ゼロって言ったよ、わたし。お兄ちゃんは怖がりだなぁ」
あきれ顔の悠梨 ゆりは、芝居がかったように言う。
「この世には、不思議なことなど何もないのだよ、関口君ー」

京極夏彦の妖怪探偵小説の主人公、中禅寺秋彦のセリフである。

悠梨 ゆりは、最近、京極夏彦にハマっているので、この類のセリフは耳にタコができるほど聞かされていた。
しかし、あんな鈍器のような分厚い本をよく読めるものだ。
もっと薄い本を読めばいいものを。いや、薄い本でも、あっち系はやめてほしいが。

「さっきも言ったように、ものすごくよく似た他人のそら似か、もしくは大坂さん自身のどっちかだよ。一番確実なのは、もう一度、お兄ちゃんがその女の子と直接会って、話をして確かめれば、済むことじゃない?」

「簡単に言うなけど、どうすれば、またあの子に会えるのさ」

「犬の散歩をしていたんでしょ。だったら、学校が休みの日に、同じ時刻、同じ場所を、また通るんじゃない?犬の散歩コースなんて、ほぼ決まっているんじゃない?」

なるほど。たしかにそれは一理ある。

「つまり、今度の日曜日のお昼に、また駅前のあの道を通ると・・・」

「そうかもね。でも、日曜まで待つ必要はないと思うよ」

「どうして?」

「だって、今日から11月。明後日の水曜日、11月3日は文化の日で祝日でしょ。学校がお休みだから、その女の子、犬をつれて散歩をするんじゃない?」

もっともな指摘だった。まったく頭が良くまわる妹だ。

*    *    *

翌朝、僕は朝食もそこそこに、悠梨 ゆりに背中を押されるようにして玄関から出された。

「今日から大坂さんと一緒に登校するんでしょ。女の子を待たせたら、男として、人間として失格だよ」

人間失格って、太宰治か。確かに恥の多い人生を送ってきたが。
「まだ待ち合わせの時間まで余裕あるよ」と僕は抗議の声をあげる。

「わかってないなぁ、お兄ちゃん。男は待ち合わせの時間より、15分早く来て、相手を待つのがマナーなの」

そんなマナー初めて聞いたぞ、妹よ。

「ちなみに、女の子は合わせの時間より15分遅れてくるのがお約束」

なんだよ、その圧倒的に男性が不利な、お約束ってやつは。

「だから、早く行きなさいって、お兄ちゃん」

「そういうお前も、学校に行かなくていいのか?」

「あたしの学校は、お兄ちゃんの学校と違って、ここから近いからね」
すまし顔で答える。

悠梨 ゆりは、僕の通う中高一貫の学校とは違う、別の中学校に通っていて、通学方向が僕とは反対になる。

ちなみに学力のレベルは悠梨 ゆりの通う中学の方が、僕の通う中学校よりも、ずっと上だったりする。

頭が良い上に兄思いの妹を持つという事は、兄として誇らしさと嬉しさと愛しさとコンプレックスの感情がないまぜとなり、いつも僕を複雑な気持ちにさせてくれる。

*    *    *

大坂さんは待ち合わせの時間より5分ほど早くやって来た。
悠梨 ゆり、お前のお約束とやらは、改定したほうがいいぞ。

大坂さんは右手を軽く上げて、おはようーと言う。
「早いなー。最初やから、東くんより早く来ようと思てたんやけど、あかん、負けてもうたなー」

「おはよう、大坂さん。妹が、15分は早く行けって、うるさかっただけだよ」

「へぇ、そうなんや。まぁお互い無理せんと、これからは待ち合わせの時間通りに来ることにしようよ」

気を使わせまいとしてくれているのだろう、と僕はそのとき、好意的に思った。
(この後、大坂さんは待ち合わせの時間に、どんどん遅れるようになる)

僕と大坂さんは、ふたり肩を並べて学校へと歩く。
予想通り、大坂さんの方から話を振ってきてくれた。

「東くん、昨日はよく眠れた?」

「うん。まぁ」

「それはなによりやね。てっきり、東京に残した彼女のことを思って、眠れんかったんちゃうかなって、思ってた」

「いないよ、そんなの」
彼女いない歴イコール実年齢の僕は答える。

「東くん。それはいわゆる、男の常套句ってやつかな?」

「違うってば。そういう大坂さんはどうなのさ。つきあってる彼氏がいるなら・・・」
あまり僕と一緒に登校すると変に誤解されたりすると悪いし、と言おうとしたが、かぶせるようにして大坂さんが答えた。

「それなら、ご心配無用。今は、いてないから」

え?と思った。それは「今までは」ってこと?それとも、以前は、いた?
この手の、相手の機微な部分に関する、踏み込んだ質問ができるほど、僕は神経が図太くない。

どう話を続けていいのか迷っていたら、不意に、どこにいたのか、僕たちの目の前を、黒猫が横切った。思わず、ウッとたじろぐ。

「おー。猫ちゃんも朝から学校かなぁ」
かたや大坂さんは、嬉しそうに、去っていく黒猫を目で追いながら言う。

「大坂さんは気にならないの?」

「うん?なにが?」

「だってさ・・・、黒猫が前を横切るのは縁起が悪いって言うだろ」

「へぇー。東くんって気にしぃやね」と大坂さん。

「そんなこと言ったら、あたしの『大坂』の『坂』なんて、土へんに反(かえる)、土に帰るイコール死ぬって意味で、縁起が悪い名前ってことになるよ。だから、昔は土へんの『大坂』だった地名が、こざとへんの『大阪』に変わったっていう説もあるくらいやし」
そう大坂さんが豆知識を披露する。

「え、そうなんだ。なのに、大坂さんは気にしないの?自分の名字について」

「別に。このままでもええし、将来、結婚して名字が変わってもええし。特に、こだわりは無いかなぁ。まぁ、それに、あたしは一度・・・」
そこまで言って、大坂さんは、ハッとした表情を浮かべ、急に口をつぐむ。

「え、一度?」

「・・・ああ、いや、東くんには関係ないことやから・・・、うん。気にせんといて。今のは、なしなし」

そう言うと、この話は終わりと、大坂さんは話題を変える。

「なぁ、東くん。きみ、転校してきて、これから色んなことあると思うけど、困まり事とか、心配事とかあったら、気にせんと、なんでも相談してな。あたしがどこまで東くんの力になれるか、わからんけど」

「あ、うん、ありがとう・・・」

「ただし、お金に関して以外な。ここ、重要なポイントやから」

そう言うと、えへへと笑う大坂さん。でもその笑顔はなぜだか、無理に作ってるような気がしてならなかった。

目下の心配事ーというか、気になっている事は、あるにはあるのだが。

大坂さんにものすごくよく似た女の子が、もしかすると大坂さんのドッペルゲンガーではないか、ということだ。
でも、さすがにこれは、当の本人である大坂さんには言えないな、と思った。

その後は、昨日案内できなかったので今日案内してくれる予定の校内の施設や、大坂さんが幽霊部員として所属しているクラブの話など、他愛のない会話をしながら、僕たちは学校の校門をくぐるのだった。

*    *    *

翌日。11月3日、文化の日のお昼どき。

僕は、4日前に自身が道に迷っていた駅前の、公衆電話ボックスの中にいた。昨晩、自分なりに考えてみた結果である。

妹の悠梨 ゆりは、直接会って話せばいいと言うけれど。

もし、ポニーテールの女の子が、大坂さんにものすごくよく似た他人のそら似だったら、僕が気恥ずかしい思いをするじゃないか。

またもし、ポニーテールの女の子が、大坂さん自身だったら、大坂さんはなんらかの理由があるにせよ、僕に嘘をついていたことになり、これはこれで大坂さんも僕も気まずい状態に陥る。

なお、ポニーテールの女の子が、大坂さんのドッペルゲンガーだったら・・・その可能性については、怖いので考えないことにした。

とにかく、そのような精神的にダメージを受ける状態を回避するにはどうすればいいか。

それは、ポニーテールの女の子がセントバーナード犬を連れて散歩に現れたら、女の子のあとをこっそりと尾行して行けばいいのではなかろうか、というまるでストーカーのような、もとい私立探偵のような行為をすることを思いついたのである。

そうすれば、女の子が帰った家の表札をみることで、女の子の名字を知ることができる。

表札が「大坂」でない別のものであれば、他人のそら似の別人。
もし、仮に「大坂」でその家の住所が大坂さんの家と一致していたら、その女の子は大坂さんだった、という結論になる。

どっちに転ぶにせよ、極力誰も精神的に大きなダメージを受けない方法ではなかろうか、という結論に達したのだった。
(後日、妹の悠梨 ゆりに、『お兄ちゃん、その発想キモイよ』、となじられる事になる)

今や、みながスマホを持っているこのご時世。
誰も公衆電話を利用しようとはしないので、電話ボックスは常にがら空き状態だ。

もし仮に利用しようとする人がいたとしても、電話ボックスは2つ並んでいるので、空いているひとつを使うだろうから、他人に迷惑をかける可能性は低い。

なので、こうしてさも公衆電話ボックスの中で、さも長電話をしているふりをしていれば、誰からも怪しまれることはない(ような気がした)。

しかも駅前の公衆電話ボックスは、なんというのだろうか、電話番号が書いてある特定の業種(いわゆる金融ローンとかだ)の宣伝シールがペタペタと、僕の顔あたりの高さから貼られていて(これはあからさまに違法行為なのではなかろうか?)、うまい具合に駅前の道を歩く人から僕の顔を隠してくれている。

同時に、それは僕にとっても、道行く人の顔が見えにくいというデメリットにもなるが、シールは視界を100%遮るほど、びっしりと貼られておらず、左右には隙間が少しある。
そのおかげで、そこから電話ボックスの外の、駅前の道を行きかう人の顔はどうにか見える状態だ。

もしかして、僕はストーカー、もとい私立探偵の才能があるのかしら?とか思ったとき、電話ボックスに貼られたシール群の右端の隙間から見える、人の流れの中、見覚えあるポニーテルの女の子の姿が、瞬間、視野に入った。
そして女の子の横顔はすぐにシールの向こう側へと消えてしまった。

僕は慌てて、目線を下にやると、これまた見覚えのあるセントバーナード犬がゆったりと歩いているのが目に入った。
妹の悠梨 ゆりの見立て通り、どうやら、ここはあの女の子が犬を連れて散歩するコースのようだ。

公衆電話ボックスのやや斜め前には横断歩道がある。
シールのせいで全身は見えないが、女の子も犬もそこで歩みを止めていた。どうやら道の反対側の歩道に渡ろうとして、信号が変わるのを待っているようだ。

やがて、信号が青に変わった。
女の子と犬が横断歩道を渡っていく。

すぐに公衆電話ボックスを出て後を追うかと思ったが、もう少し距離を置いた方がいいかと思いなおし、公衆電話ボックスの中から、女の子の動きを追った。

反対側の歩道に渡った女の子は、歩道を左側へ曲がって歩く。
おかげで、公衆電話ボックスに張られたシール群の左にある隙間から、また顔を拝むことができた。

やはり大坂さんに似てるよなぁと思いながら見ていると、セントバーナード犬と女の子は、日本で一番店舗の多いコンビニ店の手前の道を右に曲がって行く。

ちょうど黒い子猫を口にくわえたお母さん猫のイラストが大きく描かれた宅配便収集車が止まっていた。
コンビニで荷物の受け渡しをしているのだろう。ご苦労様である。

僕はスマホを取り出して、地図を表示をする。反対側の歩道から右に曲がっていく、道が何本か表示されている。

女の子と犬が入っていった道が、どれかはわからないが、すべて一本道で、300メートルほど進むと、大通りへと出れるようになっていた。

一本道だから、すぐに後を追うと、急に後ろを振り返られた場合、とっさに身を隠せない危険性がある。
女の子と犬の歩く速度を考え、もう少し、待つべきだろうか。

などと考えていたら、ポケットに入れていたスマホの着信音が鳴った。
わわっと慌てて、電話に出る。
公衆電話ボックスの中でスマホで電話をするというシュールな状況である。

電話は母親からで、今夜の晩ご飯は何がいい?という割と、どうでもいいような内容だった。
「なんでもいいよ。それより、僕は今、とても忙しいから、電話、切るよ」
「忙しいって、何してるの?」
「・・・・」
返事に詰まった。
「冬馬、黙っていたらわからないでしょう」
「・・・・」
犬を連れて散歩してる、誰か名前すらわからない女の子の後を尾行しようとしています、とは死んでも言えない。とはいえ、母を納得させるような言い訳もとっさには浮かばなかった。

「ちょっと、冬馬。あなた、お母さんに言えないことしてるの?」
すみません、お母さん。だいたいそんな感じです。
「とにかく!もう切るからね」
「ちょっと・・・」
一方的に電話を切って、マナーモードにする。
尾行中に電話がなったら大変だ。
とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが泣いている、というコピーを書いたのは作家の橋本治だったろうか。

僕は公衆電話を出た。
こういうときに限って、信号は赤だ。人生とはそういうものだ。

やきもきしながら信号が青に変わるやいなや、駆け足で横断歩道を渡り、女の子の進んだとおりに、反対側の歩道を左へ、そして宅配便収集車が止まっている道を右に曲がる。

300メートルほどの一本道。
そこには遮蔽物もなく、女の子も犬の姿もなかった。

あれ、犬も女の子も、意外に歩くの速いんだ。それとも僕が時間をロスしすぎたのだろうか。
とにかく、僕は小走りに走って、一本道を抜けて大通りに出た。
周りを見渡したが、ポニーテールの女の子もセントバーナード犬も見当たらない。見失ったのだろうか?
ちょうど、僕の目の前の道の端で立ち話をしていたおばさん3人組がいたので、覚悟を決めて話しかけた。

「あのー、すみません。今、僕が出てきたこの道から、少し前にセントバーナード犬を連れた、僕と同じくらいの年の女の子が、出てきたと思うんですが、どっちに行ったか分かりませんか?」

「こっから出てきた女の子?そんなんおった?花子さん」
「見てないねぇ。あんた見た?月子さん」
「出て来たら気づくやん。誰も出てこんかったし。ここから出てきたのって、この子が初めてやんねぇ。雪子さん」

「いや、誰も出てこなかったはずはないんですが・・・。ちなみに、ここには、いつからいたんでしょうか?」

おばさんたちが立ち話する前に、女の子が一本道を通り抜け、大通りを移動した可能性もあるので、僕は聞いてみる。

「いつからって、ほんの10分くらい前からやよね。そやろ、花子さん」
「なにゆうてんの、20分くらいは喋ってるやん。ねぇ、月子さん?」
「あんた時間にルーズやね。30分やって。話す時に腕時計みたで。雪子さん」

口々に喋りだす、おばさんたち。
とにかく最低でも10分前からはここにいたことになる。
そして僕が出てきた道からは、犬を連れた女の子どころか、僕以外は誰も出てこなかったと仰られてる。

女の子が通り抜けの道に入ったのは、今から5分程度前ではないだろうか。なのに、この通り抜けの道から大通りへと姿を現さなかった・・・。

「す、すみませんでした。僕の勘違いだと思います」
僕は、おばさんたちに頭を下げて、元来た通り抜けの道に戻った。

左右を見ながら、ゆっくと歩いてみる。左右どちらかに抜ける細い道、身をひそめる物、勝手口かドアか、なにかがないか探してみた。
しかし、そんなものは見つかることも無く、僕は駅前の道に出た。
姿を消した?。

曰く、ドッペルゲンガーは忽然と姿を消す。

僕の脳裏に、ドッペルゲンガーの都市伝説のひとつが浮かんだ。




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