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【SS・オチなし話】雑です、大坂さん8 ~ローマ字(1862文字)~

「テンタイショー」
放課後。図書委員の僕は、返却された本を書架に直しかけていた。
すぐ側で見ていた大阪さんが、ふと言った言葉で手が止まった。

「え?天体ショー・・・なにだよ、いきなり?」

「天体ショーじゃなくて、点対称。東くんが持ってるその本、点対象やなって思ったから」

点対称?僕は手にしていた小説の文庫本の表紙を見た。

多作で10代の読者にも人気のある小説家のシリーズ本の一冊だ。
しかし、表紙のデザインに別段、点対称な図形のようなものは見当たらなかった。

「どこが、点対称なのさ?」

「あ、気が付かないんだ。作者の名前が、なんやけど」

僕が手にしている小説の作者は、西尾維新だったが、点対称ではない。

僕が理解できてない顔をしていたので、大阪さんはつづけた。

「漢字じゃなくて、ローマ字。訓令式のローマ字で作者の名前書いたらわかるんやけどな」

そういうと大坂さんは、スマホを制服のポケットから取り出し、メモ帳アプリを立ち上げて、素早く入力をする。

「はい、これ」

そこには、NISIOISIN と作者名がローマ字で入力されていた。

「ほら、真ん中の O を対象点としたら、NISIとISINで対称になってるやろ?」

本当だ。これって偶然・・・ではないだろう。
きっと本人はそうなるようにペンネームを考えたに違いない。

「まぁ、でもこれは訓令式ローマ字だから成立することで、ヘボン式ローマ字なら、NISHIOISHIN になるから成立しないんやけど」

「ああ、ヘボン式はたしか、『し』を『SHI』で表記するんだっけ」

「そうやね。駅の名前はヘボン式、正確に言うと旧ヘボン式で表記するんやけどね・・・。ね、今から地下鉄御堂筋線の駅名を3つ言うから、ローマ字で入力してみて。ひとつでも間違えたら、ジュースおごって」

唐突に大坂さんは黒い笑みを浮かべて提案してきた。
なにかよからぬことを思いついた時の笑顔だ。

「3つとも正解したら、大阪さんが僕にジュースをおごってくれるんだろうね」

「し・た・ら、ね」
大坂さんは不敵な笑みを浮かべる。

ローマ字で書くくらいならできるさ。ヘボン式は学校で習わなかったが、「つ」が tsu、「ふ」が fu になるなどの、違いは分かっているつもりだ。

「じゃあ、スマホのメモ帳に入力して」

大坂さんは自分のスマホを僕に渡した。

「最初は、『新大阪』」

僕は Shin-Osaka と入力して大坂さんに見せた。

大坂さんは、ほぉと少し感心したような顔をする。

「次は『天王寺』」

僕は Tennoji と入力し、大坂さんに見せる。

大坂さんはチラッとそれを見ただけで、最後の駅名を言った。

「最後は『難波』」

なんだ、簡単じゃないか。僕は Nanba と入力して大阪さんにみせた。
これで僕の勝ちだ。

しかし、大坂さんはニンマリと笑った。

「はい、間違い。あたしの勝ちやね」

「え?どこが間違いなんだよ」

間違えようのない短い駅名じゃないか。僕は抗議の声をあげた。

大坂さんは大げさに首を振ってみせた。

「『難波』は、ヘボン式だと Namba になるんやよ。地下鉄の駅名の表示をただ漫然と眺めていて気が付かなったようだね、ワトソンくん」

だれがワトソンくんだ。

「え、どうして・・・」

「ヘボン式ローマ字を考案したヘボン博士は、日本人の『ん』の発音が3種類あるとしたんやね。単語の最後にある『ん』と、バ行・パ行・マ行の言葉の前にくる『ん』とその他の『ん』。そして、バ行・パ行・マ行の言葉の前にくる『ん』に関しては、『n』ではなく『m』とローマ字表記することにしたんやよ。だから、『なんば』の『ん』は、『ば』の前にあるから『m』表記」

知らなかった・・・。

「東京の『新橋』駅も Shimbashi って、『ん』は『m』で表記されてるんとちゃうの?」

そうだったかもしれない・・・。

「はい、ジュースおごりね。何にしようかな。ミックスジュースにしようかな、いやいや、ここは『生いちごジュース』か『レモン生ジュース』やろな。やっぱり生はサイコーやで」

えへへと笑いながら、口の端を手の甲でぬぐう。
大坂さんのおっさん化が深刻だ。

「ちなみに、難波はネギでも有名なんやよ。鴨南蛮(かもなんばん)は、鴨肉とネギが入っているけど、ネギ=難波で、「かもなんば」といわれていたのを、後に南蛮と字を当てたという」

「それ、覚える必要ある?」

「難波で間違えた東くんは、さしずめ、ネギをしょった鴨かなと、いうことで」

はいはい。マルクス兄弟の喜劇映画で「吾輩はカモである」という映画があったのを僕は思い出すのだった。

【終わり】

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