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【オチなし話】雑です、大坂さん5 ~大坂さんと林檎~
まったく天気予報とは、当てにならないものだ。
最後にバスを降りた私は、先ほどから激しく降りしきる雨を逃れて、バス停の待合室へと入った。
すでに雨宿りの先客が何名がおり、空いている席の場所はひとつしかない。
やれやれと濡れた髪をハンカチで拭きながら、私は中学生くらいの少年と80代くらいの老人の間に座った。
私は背広の内ポケットからスマホを取り出し、家に電話をかけた。
電話に出たのは末の娘だった。
「もしもし、お父さんだ。すまんが、急に雨が降ってきてな。今、バス停にいるのだが、傘を持ってきてくれないか」
娘の返答に頷き、「気を付けてくるんだぞ」と言って電話を切り、スマホをポケットにしまう。
ふと視線を感じたので、その方向を見ると、右隣に座っていた少年がこちらを見ていた。
私と目があったので、バツが悪そうに視線をそらす。
「何か、私に用かね?」
「え、あ、いえ、すみません・・・」
少年は消え入りそうな声で謝った。見るからに、気の弱そうな子だ。
「その・・・今使っていたスマホが、出たばかりの最新機種みたいだったので、つい見てしまって・・・」
気まずかったのか、少年は私の方を見ていた訳を説明する。
「確かにそうだが、それがどうかしたかね?」
「あ、いえ、その・・・うらやましいなって。僕が使っているのは2世代前のだから」
と少年もスマホを取り出す。私と同じ、リンゴなメーカーの機種だ。
「ふむ。すると君はそのメーカーのファンなのかね?」
「ファンというほどじゃないですけど、使いやすいので。あ、偶然なんですけど、クラスで僕の隣に座っている子も同じメーカーのスマホを使ってるんです」
「君の交友関係には興味はないのだが」
私がそういうと、少年はすみませんと謝る。
「なぜ謝るのかね?私は君を責めたつもりではないが」
少年は困った顔をした。
いかんいかん。どうも私は教師という職業をしているためか、この年頃の子供に威圧的な発言をしてしまう癖がある。
よく娘たちに注意されるのだが、長年染みついた習性というのは一朝一夕では変えられないものだ。
「君は、いわゆるこのメーカーの信者なのかね?」
「え?あ、いえ、そういうわけじゃないです。パソコンはWindowsを使ってますし。そのメーカーの製品はスマホだけですので」
「そうか。私はパソコンもスマートウォッチもこのメーカーだ。いわゆる信者と呼ばれる者になるか」
「はぁ・・・」
「君は、迎えにきてくれと家に電話しないのかね?」
「あ、いえ、さっきスマホのアプリで見たんですが、この雨はあと10分くらいで降りやむみたいなので、それまでここで雨宿りをしておこうかなって」
「それは本当かね?」
私はスマホを再度取り出すと雨雲アプリで確認し、少年の言ってることが正しいことを知った。
どうやら娘に余計な手間をかけさせたようだ。
「私としたことが、先にこちらを確認すべきだったな」
といって、娘はすでにこちらに向かっているだろう。
「あの・・・、迎えにこなくてもいいと、もう一度、電話するのはどうでしょうか」
「すぐに行くと言っていたからもう家を出ているだろう。それに、私は娘のスマホの電話番号を知らん。正確に言うと、教えてくれん、だがな」
少年は返事に困り、「はぁ・・・」と曖昧にうなずく。
「年頃の娘を持つというのはつまらんものだ。特に末娘は、最近、付き合っている相手ができたのか、毎朝、家をでる前に玄関の姿見で何度も服装や髪がおかしくないかを入念にチェックしだしてな」
「はぁ、そうなんですか」
「まぁ君に言っても仕方ないが。末娘は君と同じくらいの年頃でね。一番心配な年頃だ」
「はぁ、僕のような年齢は心配なんですか?」
「ああ、そうとも。君のような年代の男の子の頭の中ときたら、どうすれば好きな女の子と付き合えるかとか、付き合った付き合ったで、ああいうことをしたいだの、こういうことをしたいだのとか悶々と、四六時中考えているのだろう」
「えーと、それは少し偏見が入っているのでは・・・」
「偏見ではない。私も昔は君と同じ年だったから、その経験で言ってるだけだ。もしかして、君は付き合っている女の子はいないのかね?」
あまりモテそうにない少年に、酷な質問をしてしまったことを少し反省した。
「えー、その・・・。いるよういないような・・・」
「煮え切らんな。はっきりしたまえ」
「いや、相手の女の子が、もし僕のことを好きだったら嬉しいかな、とは思うんですが・・・」
「片思いかね。なら告白したらどうだ」
「それで友達としてしか見てませんでした、って言われて、気まずくなって今までの関係が壊れちゃうのが、嫌だなって」
「なるほど。当たって砕けるのは嫌というわけか。しかし、きみ、それでは、いつまでたっても彼女なんか出来んぞ」
つい余計なアドバイスを送ってしまった。
しかし少年は、筋金入りの奥手のようだ。
「まぁ、今のままでも心地いいというか、このまま今のままの仲だったらいいなというか・・・」
「それは、まだきみが子供だということだ。大人になれば、もっと相手を知りたくなるものだ。それに、君の言ってることは、ただの現実逃避にすぎん。一歩踏み出す覚悟がなければ、この先、後悔するぞ」
「はぁ・・・」
「私も君と同じぐらいの年の頃、好きな女の子がいて、その子が、まぁいわゆるリンゴ信者だっわけだ。話すきっかけが欲しくて私もパソコンをそっちに乗り換えた。私もその程度の努力はした訳だ」
「はぁ。それで、上手くいったんですか」
「まぁ、それがきっかけで、付き合い始め、今は妻だ。3人の子供にも恵まれ・・・いや、もうじき4人になる予定だが」
「あ、それは、おめでとうございます」
妙なところで気の回る少年だ。
「でも中学生でリンゴ信者の女の子って珍しいですね」
「リンゴのパソコンが他人とは思えないような縁があったから、ということだそうだ」
「縁?」
「自分と似てるということだな。まぁ、こじつけだが」
「あの、もしかして・・・お名前が旭さんというのでは・・・」
「なぜ、君は私の妻の名前を知ってるのかね?」
「い、いえ・・・そのリンゴのメーカーのロゴマークに使われている林檎は『McIntosh』、パソコンもその名前を使いたかったけれど、すでにオーディオ製品で使われていたので『Macintosh』にしたという話は有名ですし・・・。その『McIntosh』の日本語名が『旭』だから、そうかなって・・・。ただのあてずっぽです。すみません」
「謝らなくてもいい、正解だ。ただし、半分、50点だ」
「半分・・・。じゃぁ、姓は『おおさか』だったとか」
「それもあてずっぽ、かね?」
「はぁ・・・。『Macintosh』の搭載されているフォントは都市の名前がついていて、たしか、アテネ、シカゴ、ジュネーヴ、ロンドン、モナコ、ニューヨーク、ベニス。特に、シカゴはシステムで使われる特別なフォントで、日本語版『Macintosh』が発売されるときに作られた日本語フォントの名前は、シカゴの姉妹都市の『大阪』からとられて、OSAKAフォントと呼ばれたので・・・」
「KYOTO(京都)フォントもあるがね」
「なので、あてずっぽうです。僕は『おおさか』のほうがいいかなって・・・。あ、でも結婚されたから、もう姓は『おおさか』じゃないんですよね」
「いや・・・」
私が言おうとしたら、少年は立ち上がった。
「雨、止んじゃいましたね。じゃ、僕はこれで」
少年はそういうと、待合室から駆け出すように出て行った。
あまり私と長くいたくないのだろう。
別に、私もあの少年に好かれたいとも思わないが。
しかし、妙なところでにカンがいい子だったな。
気が付くと、雲間から太陽が顔をだしていた。
雨宿りしていた他の者も三々五々に出て行った。
少し待っていると、傘を持った末娘がやって来た。
「雨、止んでもうたね、お父さん」
「すまんな、白詰草。手間をかけさせた」
「ええよ。たまにはお父さんと歩きたいし」
『たまには』か。私は苦笑した。
小さい頃は、一緒に散歩しようと私の腕を引っ張っていたのものだが、そんな至福の時間はあっという間に過ぎ去った。
この子は、今は誰と歩きたいと思っているのだろうか。
歩きながら、娘に聞いてみた。
「白詰草、おまえは好きな男の子がいるのか?」
「いきなり、なに言い出すのん。そんなこと、娘やからっていきなり聞くもんちゃうよ、お父さん。だからお姉ちゃんたちに嫌われるんやで。・・・そんな、好きな男の子やなんて・・・」
といいながら、頬を赤らめて、両手の人差し指をくっつけたり離したり、ツンツンとしだす。わかりやすい娘だ。
まぁ、いいだろう。いずれ娘たちが、紹介したい人がいると言って彼氏を私の目の前に連れてくる日が来るだろう。
その時は問答無用で最低一発は殴らせてもらおう。
いくら私が婿養子とは言え、父としてそのくらいの権利はあるはずだ。
私も妻の父親に殴られたのだから。
「今のうちに体を鍛えておくか」
「え?なんかゆうた?お父さん」
「いや、なんでもない」
私は、末娘とふたりきりの、久しぶりの散歩を味わった。
* * *
「今日は変な日だったなぁ・・・」
「何かあったの?お兄ちゃん」
「いや、雨が急に降ってきて、バス停の待合所で雨宿りしてたんだけど、やたら目つきの鋭いおじさんに話しかけられて・・・」
「え、なにか脅し取られたの?」
「いや・・・変なアドバイスをもらった・・・」
「お兄ちゃん、悠梨、何ってるのかわからないよ」
「僕も知りたいよ。まぁもう二度と、あの人と会うことも無いだろうから、気にしなくてもいいか」
【大坂さんと林檎 完】
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