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麦畑

『星の王子さま』という児童文学があります。
王子さまはある出来事がきっかけで、
宇宙を1人で旅することになりました。
さまざまな星を渡り歩き
最後に地球へたどり着きます。
この地球ではじめて
王子さまの友だちになったのがキツネです。
有名な
「心で見なくちゃ、
ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないんだよ」
ということばの贈りものも、
このキツネがくれたものでした。
ではこの言葉はいったい
どういう文脈の中で出てきたのでしょうか?

王子さまとキツネが初めて会ったときに
交わした会話にそのヒントがあります。
2人が出会った場所からは、
麦畑が見えました。
キツネは麦を食べませんから、
麦畑を見てもなにも感じません。
麦畑に対する「思い入れ」もありません。
それから時は流れ、
やがて王子さまと別れる日がやってきました。
キツネはさびしくて今にも泣き出しそうです。
そんなキツネを前に王子さまは
「こんな気持にさせるくらいなら、
仲良くならなければよかった」
というような意味のことを口にします。

しかし、
キツネは王子さまに
「そんなことはない。
僕には麦畑があるから」と答えます。
美しく実った麦の穂は、
陽の光に当たると黄金色に輝いて見えます。
王子さまもまた、
美しい黄金色の髪をしていました。
「麦畑を見るたびに君を思い出せるから、
さびしくなんかない」
とキツネは王子さまに伝えているのです。
「心で見なくちゃ、
ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないんだよ」
というひみつの贈りものは、
この会話の後に贈られたものだったのです。
なんだかこころの奥がジーンとしませんか?

例えば、
私には12年前からずーっと大切に使っている
名刺入れがあります。
社会人になるにあたって、
ある人からプレゼントとしてもらったものです。
人から見れば
単なる名刺入れに過ぎないかもしれませんが、
この名刺入れを見る度に思い出す人がいます。
だから私にとって、
この名刺入れは世界にただ1つの
特別な名刺入れです。
同じデザインの名刺入れでも
代わりにはなりません。

私たちが普段、
仕事として扱うお住まいも同じではないでしょうか。
人から見れば何の変哲もない
マンションの1室かも知れません。
また隣と見分けがつかないような
建売の戸建てかもしれません。
多額の費用を払ってリフォームするくらいなら、
建て替えてしまった方が…
と思えるようなお住まいもあるかもしれません。
しかし、住んでいる人から見れば、
この家こそが世界にただ1つの、
また家族との思い出がいっぱい詰まった、
掛け替えのない大切な住まいです。

現調で訪れたご自宅の柱のキズひとつにも
思い出が宿っているかもしれません。
先週お引渡ししたお風呂は、
いつかお父さんの背中を思い出す場所に
なるもしれません。
今日解体するリビングは、
かつて友だちを招いてお誕生日会をした
大切な場所かもしれません。
来週着工するキッチンは、
お母さんのお手伝いをしながら
何気ない会話を交わす
特別な場所になるかもしれません。
壁紙1つでも、
提案した担当者を思い返しながら
日々の掃除をされるお客様もいます。

打ち合わせの過程で、
ささいな意見の食い違いから
夫婦喧嘩になることもあるかもしれません。
それもやがては思い出の一部となって、
普段目にする景色に
目に見えない彩りを加えてくれます。
ともに時間を過ごすほど、
また手間をかけるほど、
その対象の人や物への愛着が湧き、
思い入れも深まるものです。

「この世で最も素晴らしく、
最も美しいものは、目に見ることも、
手で触れることもできません。
ただこころで感じられるだけです。
(ヘレン・ケラー)」

営業、設計、工事、施工管理、事務…
人によって役割や職種は違うでしょう。
しかし、私たちが今日行う仕事のひとつひとつは、
未だ見ぬ明日の咲顔に繋がっています。
さてみなさんは今日の自分の仕事に
どんな意味を与えますか?

今週も幸せの種を蒔きましょう。
私たちの周りにいてくれる大切な人が
幸せであり続けるように。