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待たせたな、相棒

 2024年8月8日、かつて過ごした小坂井町(現:豊川市)に建つフロイデンホールにてコンサート出演しました。小坂井町は二歳から過ごし、高校卒業まで暮らした町。ロシア留学中は実家もあった小坂井町に住所を移し、私のテルミン奏者としての活動の礎を築いた場所。
 ロシアから帰って来たものの、テルミンなど誰も知らない。現代のようにSNSもなく、広める術もない。また、未熟な己の演奏を広めてしまっては、テルミンはガジェットであると誤解させてしまう。沈黙を保ち、ひたすら練習に打ち込むしかなかった辛く苦しい時代。私の活動について少しずつ取材され始め徐々に知名度が上がり、21世紀の初め頃、映画「テルミン」の国内再上映をきっかけに一気に盛り上がり、ブームと呼んでも差し支えないほどテルミンは注目されました。毎日のようにコンサート出演と取材、テレビ番組出演を繰り返したのを覚えています。そんな私のテルミン奏者としての駆け出しの頃の思いでがここ、小坂井町にあります。

 私のテルミンの音を創った楽器は紛れもなくBigBriar社製(現:モーグミュージック)Series91テルミンです。無数のコンサートで弾き、多くの録音を残し、海外公演にも連れていきました。幅広いダイナミクスレンジが広い距離におさめられていて、特に弱音域が繊細に反応しました。この演奏特性が私の演奏スタイルを形づくった。クララさんの助言に基づいて開発するかと思いきや、クイックな音量変化特性を求めたクララさんに反し、テルミン博士が求めた特性に戻した点も興味深いです。
 Series91テルミン発音は古典的なヘテロダインでなく、静電容量の変化が直接VCOを制御する。口の悪い人に言わせると「あれはテルミンではなく、アナログシンセである」といいます。テルミン奏者の立場からすれば、そんなことはどうだっていい。アナログシンセをベースにしているからこそ、音に存在感を与えるレゾナンスをVCF(フィルター)に加味させることができた。その塩梅も絶妙。あれほど音楽的なテルミンは他になく、テルミン博士が発明したテルミンを、モーグ博士がアナログシンセ開発を通じて得られた技術の蓄積と、非凡なアイデアと知恵で昇華させた。二人の天才が時空を越えたコラボした「奇跡」なのです。

 私のテルミン演奏の音を共に創った我が「相棒」Series91テルミンですが、2010年ごろから音量変化の特性が不調でした。私自身も脳卒中を患い利き手に麻痺が残ったことから、演奏する機会もなく、ハードケースの中で眠っていました。そんな「忘れられた」Series91を先日復活させました。このことについては次のブログで書きます。

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