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13-2.定点観測

『動画で考える』13.動画の中の時間

10分同じ一点を見つめ続け、動画で記録してみよう。

家の近所を散歩したり、電車に乗って遠出したり、家の中にいても、あっちへ行ったりこっちに来たり、少しも腰を据えて落ち着くことがないあなたほど、一箇所にとどまって、じっと動画を撮影してみよう。あなたが動き回らないだけでなく、ビデオカメラも、左右や上下に振り回さず、手持ちでぐらぐらさせることもなく、しっかり三脚に固定して動画を撮影しよう。

普通だったら、動画を撮影しようと思ったら、撮影したいものを追いかけて、ずっと移動しながらでも撮影するだろうし、自分の興味の趣くままに、ビデオカメラもあちらに向けたり、こちらに向けたり、とにかくその対象を追いかける。

しかし、今回はとにかくこちらは動かない。一点をじっと見つめ続ける。

窓から見える隣の家の生け垣をじっと見続ける。普段はそんなふうに窓の外を眺めることなどないから、少しは新鮮な印象を受けるかも知れない。案外生け垣は丁寧に手入れがされているな、とか、葉っぱが赤く色付いているけど、同じようなものを街のどこかで見たな、とか、子どもたちが数人で遊んでいる声がするけど近くに公園があったっけ、とか、考えながら、10分程度はじっとビデオカメラ越しに外をぼんやり見ていて、やがて撮影を止める。

そういう機会がなければ見ることがなかったものが、いくつか見つかるかも知れない。撮影した動画を何回か見直すことで、あとから発見されるものもあるかも知れない。さらに普通に見ていただけでは発見できないものこともそこには記録されている場合がある。

10分を1分に圧縮して、そこで見えてくるものを観察してみよう。

撮影された10分の動画を1分に圧縮して再生してみよう。10分間にそこで起こったことを1分で確認することが出来る。すると、通常の時間で再生された時には、眼がそのゆっくりとした変化にならされてしまって変化に気が付かなかったけれども、10分の間に光線がゆっくりと画面を横切りながら外れていき、画面が少し暗くなった事に気が付く。また最初は強く葉っぱをざわつかせていた風が、徐々に弱まっていくことにも気が付く。

一点に集中して観察すること、さらに時間を圧縮することで見えてくることもある。それは通常の生活時間とは異なる別の時間を体験することで、別の時間を生きているあなたにとってはそれは新鮮に感じられるだろう。例えばあなたが常に同じ場所に立ち続け目の前の変化を観察し続け、その変化の全てを正確に記憶することが出来るなら、あなたには、他の人びとには見えない世界が見えていることになる。

例えば生け垣を1年かけて見続けることが出来て、またその変化の細部まで完璧に記憶することが出来れば、あなたの頭の中ではその生け垣が年間通して色を変えたり、葉っぱを増やしたり落としたり、さらには成長する様子までイメージすることが出来るだろう。ビデオカメラで同じように記録し時間を圧縮して再生することで、その変化を誰でも確認することが出来る。

異なる時間の流れの中にあるものたちを発見しよう。

身の回りの、しっかりとした形でそこにあると思っていたものが、違う時間の流れで観察することで、花や果物・野菜といった生鮮品の類は、あっという間に水分を吸い取られしぼみ腐敗し微生物によって分解され消え去っていくだろう。より確実に思われた机や床や道路のようなものも、より長い時間の縮尺の中では、無数のものたちがその上を通り過ぎて削り取られ、あっという間にすり減ったり、ひび割れて風化していくかも知れない。

私たちはそんな様子を直接見ることは出来ないが、数千年以上かけて成長する樹木のようなものは、そういう時間の流れを生きているのだ。動画を使えば、擬似的にそのようなさまざまな時間の流れを作り出すことが出来、そこでは普段の日常生活を生きる私たちには見えないものを見つけることが出来るはずだ。

無表情に見えた友人の顔も、痙攣するように細かく変化し続けているかも知れないし、座ったまままったく動かない人物も、常にゆらゆらと揺れ続けているように見えるかも知れない。街中のある場所をたった1日観察するだけでも良い。朝晩一回ずつ通り過ぎる人もいるだろうし、何回も同じ場所を行き来する人も発見できるかも知れない。長時間一箇所に立ち尽くしている人もいるかも知れないし、一瞬通り過ぎてそれきりの人もいるだろう。

あなたの生活するその場所には沢山の時間の流れがあり、それぞれの時間に生活する人びとがいる。時間の流れの速さがズレていると、すぐ隣り合わせで生活していながら、相手のことを知ることもない。動画を撮影することで、異なる時間の流れを覗くことが出来、そこに存在する人びとのことを知ることが出来る。時間の流れが大きく異なるために把握が出来ないが、樹木や岩のようなものも、長い年月をかけて記録し、その時間を高度に圧縮すれば、人間と同じように活発に活動している様に見えるだろう。

なにも特別なものを撮影する必要はない。目の前に見えている空間をただ撮影し、時間をコントロールするだけで、違う時間の流れを生きているものたちの姿が見えてくることもあるのだ。

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