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「グウェンプール」はギャグ漫画じゃない!

ゲームとコミックが大好きなオタク少女のグウェンドリン・プールは、ひょんなことから次元転送装置を完成させてしまう。彼女が向かった先は大好きなコミックの中の世界、すなわちマーベル・ユニバース!毎週のように宇宙人や怪獣が襲ってくるこの世界で生き残るため、彼女は「いつ死んでもおかしくないモブキャラ」を脱出してスーパーヒーローになることを決意する!ピンクと白のスーツを纏った「グウェンプール」となった彼女は、自分の知識とコミック世界の「お約束」を使って真のマーベルヒーローを目指していく…あっ、ちなみにこの作品はデッドプールともグウェン・ステイシーとも関係ありません!

はい、これが「アンビリーバブル・グウェンプール」のあらすじです。もう一度言います、このコミックは断じてギャグ漫画ではありません!

そもそもこのキャラ、誕生経緯がまず普通じゃない。「もしスパイダーマンの元カノのグウェン・ステイシーがマーベルヒーローだったら?」というトンチキな発想で始まった特別表紙企画で、デッドプールのコミックのカバーを飾ったイラストが人気になり「どうせなら新キャラにしちゃえ!」ということでデビューしたのがグウェンプールなのだ。

ことの発端になったカバー。いや、別にこれ女であること以外グウェン要素なくない…?

「どうせフィクションの世界だから」と好き放題暴れ回るグウェンは行く先々でトラブルを引き起こしていく。秘密のはずのヒーローの正体をでかい声で叫んでマジギレされたり、不殺を誓うスパイダーマンの前で普通に人をぶっ殺して「どうせフィクションのモブなんだから!」と言ったり、マーベル・ユニバースで傍若無人の限りを尽くす彼女の破天荒っぷりはとても痛快。でも彼女の行動にはどこか違和感があった。

夢のヒーロー、スパイダーマンと共演できて大はしゃぎなグウェン。その反面彼女の行動にはリスペクトが全く感じられない…

考えてみて欲しい。コミックが大好きなオタクでナードのあなたが本当にマーベルの世界に行けたとしたら、一体何をするでしょうか?憧れのヒーローに会ったり、サインもらったり、一緒に写真撮ったり…楽しい妄想はどこまでも尽きないけれど、果たしてスパイダーマンの前で人を殺したりするでしょうか?マーベルのキャラが好きな人は、そんなキャラの想いや信条にも憧れがあるはず。それなのに、そんな信条に反することをあえてヒーローの目の前でやってのけるなんて、そんな半分冒涜的な行動をするとは到底考えられない。この時僕はグウェンプールを一発ネタのギャグ漫画だと思っていたので「オタクの解像度が妙に低いけど、所詮ジョークだから細かいこと気にしたら負けだろ」とたかを括っていた。

そんな破天荒なグウェンの冒険はシリーズ1号のラストで曇り始める。偶然出会ったハッカーのセシルを(無理やり)引き連れたグウェンが衝突したのは、なんとあのモードック!「モードックなんていっつもネタにされてるダッセェ悪者じゃん!」と爆笑するグウェンにキレたモードックは、ビームでセシルを一瞬で灰にしてしまう。現実世界ならジョークだと思っていた悪役によって目の前で友人が殺される光景を目にして、グウェンは初めてことの深刻さに気づく。ここは確かにコミックの中の世界、でもコミックのキャラクターたちにとって、まさしくそこは非情な「現実」なのだ。

読者の間ではダサいと馬鹿にされがちなモードック。「現実ではジョーク」と「フィクション世界では極悪人」というコントラストの描写が素晴らしい。

シリーズが中盤になるとついにグウェンのオリジンが明かされ、これまで僕が無視していた作中での違和感に対して答え合わせがされることになる。現実世界でのグウェンは高校を中退した後、特に仕事を見つけることもなく家でコミックとゲームに明け暮れるニートだった。遠くの街の大学に通い始めた友人とは疎遠になり、家では早く働けと親から圧をかけられる毎日。そんな生活に嫌気がさしたグウェンは次元転送装置を開発し、彼女にとっての理想郷、何でもありで自由なコミックの世界に飛び出したのだ。

マーベル・ユニバースで好き勝手暴れていたのも、彼女にとってコミックの世界はフィクションで、何をしても許されると思っていたからだった。しかし彼女にとってはフィクションでも、そこに生きる人々やヒーローたちにとってはマーベル・ユニバースは現実そのもの。そんな彼女の行動が許されるわけもなく、勝手な行動を咎められてしまう。グウェンプールは何でもありのギャグ漫画という体裁をとりながら、実はコミックやその他フィクションを現実逃避の道具にしてしまう人々へ警鐘を鳴らすことがテーマだったのだ。

その後グウェンは徐々に自身の過ちを認めて、新たな仲間たちと新しい人生を送ることを誓うが、さらなる脅威が彼女を襲う。マーベル・ユニバースはコミックの世界、つまり人気のない作品は編集部に打ち切られてしまうのだ。主役作品が打ち切られたら自分の存在も消えてしまうのではないかと考えたグウェンは「アンビリーバブル・グウェンプール」の打ち切りを回避するため様々な方法を試すが、刻一刻とその時は迫る。

そんな時、彼女の前に未来から来た大人のグウェンが現れる。未来のグウェンは編集部に自分が重要キャラだと思わせて打ち切りを回避するため、ありとあらゆる悪行の限りを尽くした悪のグウェンプールだった!果たしてグウェンは新たに辿り着いたこの世界で現実を受け入れて生きていくのか、それともフィクションの世界で暴れ続けてヴィランとなりながら生きながられる道を選ぶのか…

未来から来た闇グウェン。とりあえずグリヒルのデザインが良すぎて悪者なのにめっちゃ可愛い。

「漫画やアニメの世界に飛び込む」というのは世界共通でオタクの夢だし、日本でも異世界転生ものは一時期大ブームになっていた。本作もそんな流れを継ぐような物語だけど、単純なギャグや変わり種作品では終わらない。我々はコミックを単なる現実逃避の道具にしていないか?ヒーローたちの活躍を通して責任や社会について考えることができているのか?読者と同じ立場であるグウェンの目線を通してそんな疑問にぶつかるからこそ、この作品の痛烈な批判はボディブローのように鋭く効いてくる。

あらすじや雰囲気で「たかがギャグ漫画」とたかを括っていた僕も、どこかで「どうせフィクションだから」と思っていた節があった。そんな思い込みをぶっ壊し、コミックとはどうあるべきかという想いを全力でぶつけてくるこの作品のパワーには完全にノックアウトされました。いやーあっぱれです。

物語はこの後も続くけれど、その後はぜひみなさんの目で確かめてみてください。最近は他タイトルのゲストやゲームなんかにも出演するようになって「出世したな〜」と感じるグウェンプール。かなりギャグ寄りなキャラ付けをされる時も多いけれど、その根源にはメタネタを通してメディアとの向き合い方にぶつかった物語があったことを思い出して欲しい。

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