「アルティメット・インベージョン」のラストシーンの美しさを語りたい
みなさん、新生アルティメット・ユニバースを楽しんでいるでしょうか?2000年代初頭、複雑化した物語から独立した世界観でもう一度マーベルヒーローの物語を一から描きなおし、数々の名作を産んだとされるアルティメット・コミックスというブランド。そんなコンセプトを現代に復活させ、既存のマーベル・ユニバースとも、旧アルティメット・ユニバースとも違った世界観で新たな物語を描きなおす新生アルティメット・ユニバース、始まったばかりの現時点でも多くの作品が高い評価を受けていて、TPB待ちの自分としてもかなり楽しみ。
そんなアルティメット・ユニバース誕生のきっかけを描く物語「アルティメット・インベージョン」を読んだのだけれど、この物語のラストシーンがあまりに美しかったので、今回はそんな話をしたい。
ざっくりとあらすじの説明。メイカーという悪者がマルチバースの中のとある世界に介入し、ヒーローたちの誕生のきっかけを消し去ることで自身の理想の世界を創造しようとする。ピーター・パーカーを噛んだ蜘蛛は潰され、キャプテン・アメリカは北極の氷から解放されることなく時がたち、雷神ソーはアスガルドの反逆者として幽閉される…
さらにメイカーは「評議会」と呼ばれる組織を作り、諸国を代表する数々の超人たちを自身の傘下に収めていった。評議会は裏で社会情勢を操り、各国が順番に「悪役」を演じることで人類の注意を逸らし続けていた。ナチスドイツの騒乱も、現在のロシアの国際問題も、全ては評議会が仕組んだ演出でしかなく、人類はメイカーの真の目的に気づくことはない。こうして彼は世界の統治をより確実にしていった。
技術系大企業スターク/ステイン・インダストリーズの代表の1人であり、鋼鉄のアーマーをまとって「アイアンマン」としても活躍するハワード・スタークは、ある事件をきっかけに「評議会」のアメリカ代表に選ばれる。世界の裏の全てを知った彼は、メイカーに協力するふりをしながら叛逆の機会を窺っていた。しかし同時に、未来から来た「カーン」という謎の人物がクローンの軍勢を引き連れてメイカーを攻撃していたことが判明。ハワード、メイカー、そしてカーンの三つ巴の闘いが、世界の運命を揺るがし始める…
思いの外あらすじが長くなってしまったけれど、本作はアルティメット・ユニバース誕生のきっかけを描くとともに、まるで陰謀論みたいなゾワっとする世界観を綿密に構築し、今後の展開の基礎となるような物語になっている。「これからアルティメット・ユニバースのキャラを追いかけたい」という人はもちろん、本作だけでもめちゃくちゃ面白いSFとして完成しているので、ぜひお勧めしたい。
さて、今回の本題はここから。本作のラストシーンのライティングがとても美しくて、その描写の巧妙さをぜひ語っていきたい。思いっきりネタバレなので、これから読みたいという人は注意してくださいね。
本作の最終回で、ハワードは時空を歪ませる大爆発を起こすことで、自身を巻き込みながらカーンとメイカーを封印する。倒れたカーンに歩み寄り、ハワードはその仮面を外して素顔を見るが…その素顔は我々読者には明かされることはなく物語は終わりを迎える。
その後場面は変わり、ハワードの息子トニーが事情を知り、この世界にヒーローを復活させることを誓う。彼自身も闘いに身を投じることを誓いながら自分用のアーマーを完成させるトニー。「アイアンマン」であった父親の意思を継いだ彼はアーマーを装着し、最後にこう話す。
「今の僕はアイアンラッドさ、少なくとももっといい名前を思いつくまではね」
「鋼鉄の男」であるアイアンマンの息子であるトニーが「鋼鉄の若者」であるアイアンラッドと名乗る、トニーらしいカラッとしたジョークが楽しめるシーンだけど、実はこのシーンには全く違う意味が含まれている。
正史のマーベル・ユニバースにおいて、カーンの正体はナサニエル・リチャーズという未来人であり、彼はタイムトラベル技術を使って悪事を働く悪者のキャラクターだった。しかし、まだ純粋な心を持っていた青年期のナサニエルは未来の自分の姿に絶望し、自分の運命を変えるためにヒーローとして闘うことを決意する。そんな若ナサニエルが名乗った名前こそ「アイアンラッド」なのだ。
アイアンラッドは過去の時代、すなわち我々読者が知る現代の時代に現れて、ヤング・アベンジャーズというチームを結成する。メンバーであるパトリオット、アスガーディアン、ハルクリング、そしてアイアンラッドはそれぞれ意図的に「アベンジャーズの各メンバーそっくりの少年ヒーロー」として描かれていて、彼らの内面がわかっていくとアベンジャーズのパチモンとは全く違う個性的なキャラであったことがわかる…というトリックになっていた。
アイアンラッドはカーンの若き日の姿。そしてアルティメット・ユニバースにおいてトニーが自身をアイアンラッドと名乗る。さらに、よく見るとカーンとアイアンラッドのアーマーは色が違う以外完全に同じデザイン…アルティメット・インベージョンはあえてカーンの素顔を見せずに、「わかる人にはわかる」という形で彼が成長したトニーその人であることを暗示する、という粋なラストシーンを見せてきてくれたのだ!てっきりカーンの正体は今後の話で明かされるのかと思っていた自分はこのラストで鳥肌が止まらなかった。う、美しすぎる…なんて素晴らしいライティング…!
今回はとにかく自分が痺れたシーンの話がしたかっただけなので、説明とかかなり雑になってしまったかも。けれどアルティメット・インベージョン自体がさすがはベテランのジョナサン・ヒックマンが書く物語なだけあって、読み応え抜群な一冊。アルティメットを追いかける人もそうでない人も、是非この展開の美しさを味わってほしい。
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