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グウェンプール、ラブコメに挑む
昨年の九月にマーベル・コミックスの定額読み放題サービス「マーベル・アンリミテッド」に加入して、僕のアメコミ生活は大きく変わった。紙から電子へ移行するのは少し慣れが必要だったけど、ありとあらゆる作品がなんでも読める自由さや、出先にもiPadを持っていけばアメコミが読めるという便利さには感動さえ覚えた。
そんなマーベル・アンリミテッドの最大の強みは、やっぱりここだけのオリジナルコンテンツ。ウェブトゥーンと呼ばれる縦読みコミックを出せるのは電子版サービスの強みだろう。個人的には縦読み苦手だからちょっと手を出しにくいけど、まだまだ最近出たばかりのジャンルだけにこれから表現の幅も広がっていくかもしれない。
今回は僕が出会った縦読みコミックの傑作、「ラブ・アンリミテッド」のグウェンプール編について語りたい。
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現実の世界からマーベル・ユニバースにやってきた少女グウェンドリン・プール。彼女はマーベルのコミック誌面で生き残るため、そして編集部に良い扱いをしてもらうためにヒーロー「グウェンプール」として大暴れしていた。
そんな彼女が目をつけたのが今流行りのラブコメ。「超痺れる恋愛要素を盛り込んだら大人気キャラになれること間違いなし!」と意気込む彼女は、運命の相手を見つけるため、インターネットの電子コミックの世界へと飛び出していく…
前回書いたグウェンプールの記事はこちら。
今作の序盤はとにかくグウェンが「痺れる恋愛」を求めて大暴走。X-MENのローグとガンビットの関係を丸パクリして、ウィザーと「触れ合いたいのに触れられない」みたいな関係を再現しようとしたり、「三角関係は盛り上がるから」とウィザーの元チームメイト兼ライバルであるエリクサーにもちょっかいかけたり、とにかく好き放題やる展開。「良くも悪くもグウェンプールらしいなあ」と思っていると、もちろん彼女の思惑通りことが進むわけもなく、結局彼らの恋愛は終わりを迎えてしまう。悲劇的な恋愛で人気になろうとした計画が失敗して落胆するグウェンだけど、同時に彼女は心の中で何かしっくりこない部分を感じていた。
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そんな時にグウェンが偶然出会ったのは、パワー家の子供たちから構成される家族ヒーローチーム、パワー・パックのジュリー・パワー。元々彼女の大ファンだったグウェンはそのままジュリーと意気投合して2人でランチに行くが、そこでジュリーに対する胸の高鳴りに気づく。「もしかして私はレズビアンで、これまで恋愛がうまく行かなかったのは相手が男だったからでは?」と気づいたグウェン。実はジュリーもグウェンに対してときめいていたことがわかり、はれて彼女たちはカップルとして結ばれるのだった。
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徐々に2人の絆が深まっていく中、ついに「その時」がくる。身を寄せ合って熱い抱擁を交わし、グウェンの服を脱がすジュリー。カップルにとって幸せの絶頂とも言えるその瞬間、グウェンはこれまで押さえていた気持ちが爆発して泣き始めてしまうのだった。
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他人との親密な関係には落ち着くけども直接的な恋愛や性行為には抵抗があるグウェンは、実はアセクシャルであったことが発覚。彼女自身も知らなかった事実をグウェンはゆっくりと受け入れて、より自分自身に向き合っていく。精神的に寄り添いあったジュリーとグウェンはお互いの違いを理解し合い、信頼の上で友人として過ごしていくことを選ぶのだった。
この作品のテーマであり、そして一番のキモは「グウェンが自分のために生きる」ということ。グウェンプールとは元々、コミックの世界にやってきた少女がより読者や編集部に気に入られて生き残れるよう奮闘する、という設定のキャラクター。この物語もきっかけは「恋愛をすれば人気が出る」というところから始まっている。他人の目線を気にしているのはメタな部分だけでなく、作中でもジュリーと出会い付き合う中で自分の中に感じるわずかな違和感にはずっと蓋をし続けて、いかに彼女に気に入られるかだけを考えて過ごしていた。そんなグウェンが自分自身を見つめ直し改めて自分が望むものについて考え直すことで、自分が無理をしない人間関係の築き方を学んでいく。そして同時に、これまでずっと読者に気に入られるために動いてきたグウェンプールが自分のために生きる道を探し始めるきっかけともなっているのだ。この作品はグウェンの恋愛劇を描く中で、グウェンプールというキャラクターの設定の根幹に触れて、キャラクターの物語を前進させていく。
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「ラブ・アンリミテッド」のもう一つの素晴らしい点は、グウェンの過去を改めて描きなおした点だ。これまでの作品では、グウェンは高校中退後働きもせずに家でダラダラしていた少女で、辛い現実から逃げるためにマーベル・ユニバースにやってきたという設定だった。ラブ・アンリミテッドでもこの設定はそのままだが、なぜグウェンが高校を中退してしまったのかという点を深掘りしていく。仲良しグループがだんだん色恋沙汰に染まっていく中で唯一馴染めなかったグウェンが、誰も気づかないままだんだんと友人から離れていってしまうという人間関係の残酷さが描かれていき、自身がアセクシャルだと気づかなかったが故に「恋愛をできない自分はおかしい」と自己否定に走ってしまった過去が明らかになる。これまでただの怠け者だと思っていたグウェンの複雑な背景が描かれると同時に、この物語冒頭の「恋愛をすれば人気者になるはず」という勘違いも実はただのギャグではなく、グウェンの過去のトラウマがあらぬ方向に走り出してしまった結果だったということが明らかになるのだ。
メタな設定からはちゃめちゃな言動まで、ここ最近はコミカルなギャグ担当として引っ張りだこになっているグウェンプール。確かになんでもありな彼女のスタイルは楽しいけれど、ギャグだけでは終わらずに彼女の生き方に向き合っていく物語も存在している。今後グウェンがどうなるかはまだわからないけれど、読者や編集部のためではなく自分自身のために生きるグウェンの物語の続きを待ち続けています。今回はデジタル限定だけど、またお店の棚にグウェンプールの新刊が並ぶ日を楽しみにしている。