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忘れ去られようとしたその瞬間たちへ

「お久しぶり。」

昔から変わっていないドアを開けると、久しぶりに会う祖母がそこにいた。

家の周りはすっかり様変わりしてしまい、昔よく遊んだ畑は今風のファミリー向けの住宅になったり駐車場になったりしてしまった。

ただ家の中はほとんど変わっていない。

トイレやお風呂はリフォームで綺麗になったけれど、そこは今でも変わらない木造の一戸建てだ。

夜になったらトイレが怖くて、冬は突き刺さるような寒さが足元から来る。

でも僕はこの家が好きだ。

家の中は知っているんだけど、なぜだかいつも不思議な雰囲気があって、ふとした瞬間に別世界に入り込んでしまいそうな、そんな感じ。

一緒に買い物なんかに行った後、2階にある本を見に行った。

江戸川乱歩の少年探偵団や怪盗ルパンシリーズ、シャーロックホームズのようなミステリー小説たちだ。

僕のおじさんが本が好きなのもありこう言った本が昔からここには大量にあった。

僕も小さい頃この本を少しずつ持って帰って読んでいた。なんとなく雰囲気が本にまとわりついて、読んでいる時も物語がその神秘さを増していたような気がする。


色々と物色していると、棚にカメラがあるのを見つけた。

カバーを開けてみるとNikonのAF600というコンパクトカメラだ。

小さいフォルムだが写りはなかなか良く、パノラマモードもあるという今でも2万位で取引されているフィルムカメラだ。

サビもなくまだ動きそうだ。一人で興奮していると、

「これおじいさん(祖父)と一緒にヨーロッパ旅行行った時にこうたやつや、他にもまだあるで」

そう言って祖父の部屋に向かうと、二台のフィルムカメラが出てきた。

こちらの方は電池が錆びてしまっていてとても使える状態ではなかったけど、中にまだフィルムが入っていた。

僕は、「これは絶対に現像しないと」と好奇心と使命感に駆られ、細心の注意を払ってフィルムを取り出した。

現像に出すと、写っていた。1989年の。そこにあった風景が。

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カビが雪の結晶のように映り込んでいた。

状態から正直あんまり期待はしていなかった僕は驚いた。

もちろん家族写真もあった。今から30年前の祖父、祖母、そして母が撮ったであろう写真たち。

この写真たちに、僕はなぜか「勝てない」と感じた。

そこにある強烈な記憶、お世辞にもうまいとは言えない構図の写真たちは祖父、祖母が撮ったものだろうが、その瞬間に思いを馳せると僕の心はざわざわとして止まらなかった。

母の友人たち、親戚一同の集合写真、その写真たちは間違いなくその光景を後に残す目的で撮られたものだった。

このカメラで他にどんな写真を撮ったのだろう。

ファインダーを覗いた時、2人が見てきた積み重なる歴史の一端に僕は触れたような気がした。

そのカメラたちは、今僕の手にある。

これからは僕がこのファインダーを覗いてシャッターを切る。

この世界にまだ存在する、忘れ去られようとしているカメラやフィルムたちが、いつか日の目を見る日が来ることを願って。


K





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