全オリジナル・アルバム FromワーストToベスト 第40回 ケイト・ブッシュ 10〜1位
どうも。
こないだオアシスでやったばかりですけど、今日、2週間しか間隔空いてませんけど、恒例企画FromワーストToベスト、やりましょう。
ただ、今日の企画はタイムリーですよ。これです!
はい。現在、世界的に「Running Up That Hill」が全世界で驚異の再ヒット中のケイト・ブッシュ、いきましょう。
実は奇遇なことに、僕、ケイト・ブッシュのこの企画、4月にやること考えてたんですよ。それがうまく完成しなかったのと、骨折のトラブルがあったもので流れてたんですね。そしたら偶然、「ストレンジャー・シングス」での例のヒットがあって。「ならば渡りに船だな」と思い、今回やる次第です。
彼女の出したアルバムはちょうど10枚。長いキャリアにしては少ないですが、さっそく10位から行きましょう。
10.Lionheart (1979 UK#6 )
10位は「Lionheart」。1979年に彼女が21歳の時に発表したセカンド・アルバムです。このアルバムですが、この前作に「嵐が丘」の大ヒットで話題を呼んだデビュー作に続くアルバムです。このアルバム、聞き直すと前作ほどの斬新な神秘性やパワーを感じないんですけど、それもそのはず、これ、大ヒットに気を良くしたレーベルが次作を急いで出したかったために、大半をデビュー前の曲のストックで作り、短い制作期間のために新曲が十分書けないままに出したアルバムなんですよね。プロデューサーのアンドリュー・パウウェルによる従来通りのバンド・アンサンブルのアレンジも今ひとつピリッとしないし。シングル・ヒットした「Wow」みたいな見逃せない曲もあるんですけど、現在ならさしずめ「デビュー・アルバムに追加収録で加えられそうな曲」ばかりで構成されたアルバムという感じですね。
9.Red Shoes (1993 UK#2 US#28)
続いて9位は「Red Shoes」。1993年のアルバムです。これが出た当初、日本でも先行トラックの「Rubberband Girl」がFMでもよく流れてたし、ヒット・アーティストの扱いになっていたと思います。これじゃなく別の曲で参加しているプリンスみたいな雰囲気の曲が多いんですよね、このアルバム。それがこのアルバムが巷で聴かれた理由だと思います。本作、バンド・オリエンテッドになって聴きやすくはあるんですけど、ただ、これまでのキレも何をやってくるかわからない意外性もなく、すんなり聴けたんですが、同時にかなり物足りない、テンションの低さも感じました。後年知った話だと、彼女はこの当時、母親との死別や、恋仲にあったバンドのベーシストのデル・パーマーとの別離で精神的苦悩状態にあったんですよね。コンセプトになった「赤い靴」は1948年の名作イギリス映画で、バレーをとるか恋人をとるかの二者択一を迫られたプリマドンナの悲劇を描いたものですが、このときの彼女の精神状態そのままだったのかもしれません。
8.Director's Cut (2011 UK#2)
8位は「ディレクターズ・カット」。これはさっき紹介した「レッド・シューズ」とその前作にあたります「センシュアル・ワールド」の中の曲を再録音したアルバムです。新曲が存在しないため、純粋な意味でのオリジナル・アルバムとは言えないのですが、オリジナル・アルバム並みの受け入れられ方をしてると判断したので入れた次第です。ケイトの場合、他のエイティーズ・アーティストに比べると80s特有のバキバキのデジタル・サウンドによる音の風化はそんなに感じないんですけど、それでもあの時代特有のキラキラしすぎたサウンドの要素はあったんだなと、これを聞くと思う次第ですね。全体的に音がより生音よりに引き締まり、加齢でキーの落ちたケイトの声があえて下げることによってより安定感を増し、しっかり聞こえる意味では良いと思います。これを「レッド・シューズ」より上にしたのは、そのアルバムに関してはこっちのヴァージョンの方が好きだからですね。ただ、もう一方のアルバムは元が良いのと、名曲「This Woman's Work」の新ヴァージョンが正直いまひとつなので、そこまで順位が上がるものにはならなかったですね。
7.50 Words For Snow (2011 UK#5 US#83)
7位は「50 Words For Snow」。目下のところの最新作ですね。「ディレクターズ・カット」が出た頃に「今年もう1枚、最新作が出る」と聞かされ楽しみにして聞いたものでした。新曲としては6年ぶりのアルバムでしたしね。その本作なんですけど、蓋を開けてみたらこれ、「現代のプログレ」でしたね。全7曲で一番短い曲で6分49秒。10分超えの曲2分でしたしね。サウンドは荘厳な生ピアノを主体とした、彼女のこれまでの作品の中で最もジャズ色の濃い、これまで以上に余計な音を削ぎ落とした感じですね。曲の構成にも隙がなく終始緊迫感を持って聴けるんですけど、曲が長すぎてこの緊迫感に耐えるのがむずかしくなるのが、ちょっと惜しかったかな。もう少し良い意味での抜けが欲しかったというか。このアルバムのテーマになった「冬」にもあまり感情移入できなかったことで、そこまで愛聴する作品にはならなかったですね。そういう長大さで必要以上に厳かに聴かせるよりは、もう少し親近感に訴えるタイプの曲の方が聞きたかったかな。
6.The Kick Inside (1978 UK#3)
ここからはもう、名盤ばっかりですね。まず6位は記念すべきデビュー・アルバム「The Kick Inside」。「天使と小悪魔」ですね。ケイト、まだ20歳、レコーディング時期だと17歳のときのものですね。ここからはかの有名な「嵐が丘」のヒットで、これまで誰も聞いたことのないような高い声で歌う女の子が、ヨーロッパの田園風景から生まれた伝承物語を奇妙に物語る天使のようなミステリアスさをアピール。たちまちセンセーションとなりました。僕はこのときはまだ洋楽をまだ聴けてないので体験できなかったのですが、洋楽聴き始めた頃から「ちょっと謎めいた神秘的な若い女性シンガーがいる」というのはまた聞きで耳にしてました。それくらい日本でも登場インパクトは大きかった。おそらくピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアのバックアップという宣伝文句が効いたんでしょうね。僕も「嵐が丘」は奇跡的一曲だと思っているのですが、ただ、あのレベルで飛び抜けているのがこの時点ではまだまだ少なくて今聞き返すと「意外とオーソドックスなバンド演奏だったんだな」という感じですね。同じくこの10年ほど前にニューヨークで天才少女と歌われたローラ・ニーロの、ソウル、ゴスペル色を欧州民謡と取り替えた継承者のような印象も感じましたね。まあ、それ自体すごいことなんですけど、ここでの彼女はまだ序章に過ぎなかったことはのちに証明されますね。
5.Aerial (2005 UK#3 US#48)
5位は「Aerial」。2005年、この当時にして12年ぶりとなった、あまりにも待ちすぎた通算8枚目のアルバムでしたね。この長期の不在は長らく謎とされていたのですが、息子のバーティ君の育児にあてられていたということがわかってます。というか、このアルバムのリリース・タイミングでも語ってる人は多くなかったですね。このアルバムでは、よりシンプルなバンド・アンサンブルの方向に戻っていき、彼女の80sの最盛期を支えていたポリリズミカルなプログラミングされたリズムはなくなり、生身のリズムに回帰してますね。また本作は、ディスク1が7曲構成、ディスク2が40分を超える組曲という特殊編成でも話題となっていたんですけど、「組曲があるから」ということよりも、アナログ・シンセが生みだすファンタジックで広がりのある音像に乗って、物語を語っていくというフォーマット上、むしろ「ギルモア推奨」などとも呼ばれていた初期なんかよりも圧倒的にプログレ色強いなとも思いましたね。比較的年齢の若いプログレ好きの人なんてトライしてみたらいいんじゃないかと思います。あと、そんなにヘヴィなグルーヴを使ってるわけでもあそこまでダークなわけでもないんですけど、ポーティスヘッドに近い孤高の世界観を感じさせるアルバムでもあったかと思います。成熟の方向としてはすごく彼女らしい気もしましたね。
4.Never For Ever (1980 UK#1)
4位はサード・アルバムの「Never For Ever」。このアルバムで彼女は22歳の若さにして自身がプロデュースを手がけるようになり、自分の音楽をコントロールできるようになっていきます。やはり「Lionheart」のとこでも書きましたけど、あてがわれたプロデューサーの従来のロックの域を出ないかっちりしすぎたバンド・フォーマットではケイトの想像する世界観に対して限界があったような気がするんですよね。今作からは、まず「バンドでどう演奏するか」というよりは彼女自身が思い浮かべるイメージの世界観があって、それを演奏で翻訳するような曲作りになったと思いますね。曲調がより謎めいたボヘミアンというか民族音楽的になり従来のポップ感覚から離れて自由になってますね。メロディの洗練度も前2作から飛躍的に磨かれてますね。あと、歌詞の文学性もここから一気に磨かれます。夫を浮気テストにかけてみたら、夫が求めたのは出会った頃の妻の面影だった皮肉が歌われる「バブーシュカ」、母親のお腹の中の胎児が外界で核戦争が行われていることを感知する「Breathing」、戦争に行った息子に心を痛める母の心情を歌った「Army Dreamers」と、ケイトのファンに不可欠な曲が多く生まれるのもこの時期ですね。邦題で「魔物語」とつけられたように、エキセントリックでダークなおどろおどろしさもこの頃から濃くなり始めます。いわばここが彼女の本当の出発点なんじゃないかな。
3.The Sensual World (1989 UK#2 US#43)
続いて3位が「The Sensual World」。1989年の第6作ですね。これの前作が彼女史上最大のヒットとなり、これの数年前に出た「The Whole Story」というベスト盤も非常に人気でよく聞かれたこともあり、このアルバムに対しての期待感も高く、日本でも巷でよくかかった記憶があります。このアルバムでは、それまで数作続いていたエキセントリックで高いテンションの作風が落ち着き、よりオーソドックスな路線に進んでいきますが、大げさではないものの、フェアライトで作ったデジタル・リズムによるグルーヴは鼓動のように楽曲の根底部分で生命力を発揮してるし、メロディやハーモニーではブルガリアン・ヴォイスの導入などで、より恍惚的な神秘性を強めてますね。欧州的な世界観を強めにしたことで、ここから先にアート志向の女性アーティストのフォロワーをより作りやすくなったような印象も受けますね。個人的にはもっとワイルドで神がかった時の方が好みではありますが、フォロワーはこの形の方ができやすいのかな、という気はしないではありません。詞世界に関してはアイルランドの作家ジェイムス・ジョイスの超大作「ユリシーズ」がバックボーンにあります。同作読もうとして挫折した経験のある僕なのでその領域には踏み込みにくいのですが、そんな僕でも現在にまでフェミニズム・アンセムとして歌い継がれる名曲「This Woman's Work」はストレートに伝わってきます。出産する女性の抱える内面的な苦悩を歌ったこの曲はジョン・ヒューズの映画「結婚の条件」の中でこのアルバムの前に発表され、男性R&Bシンガー、マクスウェルの意外性ある好カバーなどを通じて今日に伝えられてますね。
2.The Dreaming (1982 UK#3 US#157)
そして2位が「The Dreaming」。1982年発表の第4作。僕が人生ではじめて知った彼女のアルバムがこれですね。このアルバム、出た当時、「実験的すぎる」「奇作」みたいに言われてましたね。音楽雑誌のレビューで書かれてるのもそういうことばっかりで、ラジオ聴いてもそんな風に言われて。たしかに断片聞くと、彼女が頭のてっぺんから素っ頓狂な声で叫んだり、腹のそこからドスの効いた低音で歌ったりとかが聞こえてきたので、中学1年だった僕も「怖そうだな」「気持ち悪そうだな」と思ったものです。ベスト盤の「The Whole Story」で、ここからの収録曲を聴く時も軽い緊張感を覚えてたものです。今まで単体で聞いてきてなかったアルバムでした。
しかし今回、改めて聞いてみるに40年という時間の経過とともに、エキセントリックで尖った部分が、今の耳ではむしろエッジがあってポップに聞こえるようほぐれてきたんですよね。ここではすごく、この当時ちょうどブームだったということもあってかなり大胆なポリリズミックなアフリカン・リズムの連打も聞かれるんですけど、同じアフリカを題材にした実験作なら、ジョニ・ミッチェルの「ドンファンのじゃじゃ馬娘」がいまだに聞きにくいのに対し、こっちはリズムの使い方が大胆なのとケイト自身の歌い方がちょっと変なだけで、曲の骨格自体はかなり明快で分かりやすいんですよね。だから偏見なくして今聞くと、これ、かなり心地よい刺激作ですよ。「Sat In Your Lap」「The Dreaming」あたりも代表曲として遜色なし。そして、ここでの実験は最大成功作になった次のアルバムにもしっかり活かされることになります。
1.Hounds Of Love (1985 UK#1 US#12)
そして、1位はやっぱりこれですよね。1985年発表の「Hounds Of Love」。まさに現在、「ストレンジャー・シングス」で注目されている「Running Up That Hill」が入っていることで知られる名作です。この曲がアルバムの冒頭を飾ります。
当時の印象としては、先行シングルにもなったこの曲がとにかく人気を引っ張りましたね。イギリスでまず上位に入って、アメリカでもMTVでガンガンに流れて彼女にとってはじめて、そして長らく唯一の全米トップ40ヒットになって、30位まで上昇。そしてアルバム自体もイギリスでは1位、そして忘れてたんですけど、アメリカでも12位まで上がるという、典型的なヨーロッパ・アーティストと思われていた彼女にとって異例の大ヒットになっていました。
やっぱ、その理由というのは、これまで流行とは無縁に思われていた彼女女がうまい具合にシンセ・ポップ・ブームに対応出来るキャッチーな曲をかけたことが大きいでしょうね。で、しかも前作から顕著になったドンドコドンコの複合的なデジタル・ポリリズムで刺激的なアタック作れてそれがかっこいいと思われたのも大きかったですね。これに限らず、同じくシングルヒットしたタイトル曲だったり、その次の「Big Sky」もそうですよね。そうかと思えば、「魔物語」の頃の雰囲気のある緊迫感溢れるストリングスとマンドリン主体のこれまた代表曲の「Cloudbusting」との鮮やかな対比もすばらしいですね。
ただ、そうした、彼女史上最高にポップな前半部を持ちながらも、それが「神との対話」という重いテーマだったりするところもミソだし、アルバムが進むにつれ、「魔女」や「地球」をテーマにした、前作「The Dreaming」とさして変わらないような混沌としたエキセントリックさはしっかりアピールするという、彼女らしさはしっかり健全。そういう意味でも、「ケイト・ブッシュ」という人の多面性が最も凝縮されているのは間違いなくこれなんですよね。
そして、このアルバムこそが、バンド・フォーマットを超えて、アートな実験を試みようとする、ビヨークからLordeに至るまでのその後の女性アーティストたちに大きな指針を与えることにもなったのも間違いないですね。