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イギリスでの精神医学の進化と、病気と向き合う人々の勇気

ラジオというと、なんだかアンティークなものに感じられるかもしれませんが、料理をしながら、朝食をとりながら、といったときに、いつもイギリスの国営放送BBC Radio4をかけっぱなしにしています。
ポッドキャストだと選ばないような話題もあって、このランダムさが面白いと感じます。

ある日、聞いていると、「Is Psychiatry Working?(精神医学は機能しているのか)」という30分ほどの番組で、schizophrenia(スキッツォフォレニア/精神分裂病)と診断され30年ぐらいたつ中で、声が聞こえる人々(幻聴がきこえて困難を感じている人々)をサポートする機関「Hearing Voices Network - UK」でファシリテーターとしてボランティアとして働くことからはじめ、Chair(チェア/議長)として抜擢され働いた後、現在はフリーランスのトレイナー、コンサルタント、リサーチャーとして働く傍ら、大学の博士課程の学生でもある、Rachel Waddingham(レィチェル・ワディンガムー自分のことをRaiと呼んでいたので、レイさんと表記します)が登場していました。

レイさんのお話は、勇気にあふれ、病気に対する偏見を打ち砕くものでした。

レイさんは現在50歳をこえていると思うのですが、大学生のときに、友達の家に泊っているとき、突然、中年の男性3人が、レイさんについて話しているのが聞こえ始めたそうです。
最初は、隣の家やどこか近くに、この人たちがいるに違いない、と思って探してはみたものの見つからず、その日は疲れて眠ったものの、次の日もその3人の声は聞こえ続けたそうです。
レイさんは、スパイされている、と感じて誰にも相談することもできず、食料品を買う時もそこには毒が入っている、といった会話が聞こえてきて、ご飯も食べられなくなり、出かけることもできなくなり、結局精神病院への緊急入院となったそうです。
その後、なんとか持ち直し、大学へ戻ったものの、また同じような状態となり、20代の間に20回以上、精神科への入院となったそうです。
精神病院での経験を聞かれ、レイさんのことを100パーセント受け止めてくれた、と感じられる人々もいれば、レイさんの経験(声がきこえる)を「怖い」と思っているのが伝わってくるような医療従事者もいて、経験はさまざまだったと言っていました。

ある日、新聞に、精神分裂病のひとがほかの人々を傷つけるような事件を起こしたのを読んで、自分が誰かを傷つけるなんて考えたこともなかったけれど、怖くなって、ロンドンにあった、現在のMindとよばれるUKで恐らく最大のMental Illness(メンタル・イルネス/精神疾患・心の病)をサポートするチャリティー団体のドアをたたき、自分が精神分裂病で、不安に思っていることを話します。
スタッフは、全く驚いた様子はなく、紅茶をすすめてくれ、ゆっくりとレイさんの話を聞いてくれたそうです。
そこで、レイさんのように、声が聞こえる人々のサポートネットワークがあることを知らされて、そこに参加してみてはどうかと提案されますが、レイさんは、そのときは深く考えなかったそうです。
この後に再び調子が悪くなり病院へ収容されることになったとき、このサポートグループのことを思い出して、連絡を取ると、このサポートグループの担当者が迎えにきてくれました。
ここで、レイさんの人生は大きく変わります。

このサポートグループに参加している人々は、みんなレイさんと同じで、「声」が聞こえる人々です。
彼らは、レイさんの「声が聞こえる」ということを全く疑いもしないし、真正な興味をもって、レイさんがどういった声を聞いているのか、調子が一気に悪くなったのはどういうときだったのか、等を聞いたそうです。
振り返ると、自分が一気に調子が悪くなったのは、大学へ戻ってすぐ等の、自分にとって大きくストレスがかかっている時期が多いことにも気づき始めました。
ほかの人々の体験を聞くことも、自分の症状を怖がったり、避けようとするのではなく、純粋に興味をもって、みるきっかけともなりました。
同時に、レイさんは、同じように声が聞こえる人々の性格も職業もさまざまで、声が聞こえていても、それとバランスをとってつきあい、自分のやりたいことをやる選択肢があることにも気づきます。
実際、声が聞こえながらも、俳優や作家として活躍しているひとはかなり存在します。
レイさんの長い間の思い込みは、「モンスターが自分の中にいて、出てくる→レイさんは(精神科の)檻の中に入れられて、薬を飲む・治療を受ける → モンスターはおとなしくなる → またモンスターが出てくる、の繰り返し」だったそうですが、これはモンスターではないことに気づきます。

レイさんは、まだ声が聞こえるけれど、声が聞こえてレイさんにネガティヴなことを言っていても(「レイ、きみはいつも間違ってる、きみにはそんな難しいことは、できないよ」等)が聞こえても、かまわずに自分がやりたいことを続けることができるようになったそうです。
レイさんは、この症状をもたないことを選択できたわけではないのですが、今は、この「声が聞こえる」という症状は、自分が選択しなかったextended family(エクステンティッド・ファミリー/近親者を含む広い親族)で、dysfunctional(ディスファンクショナル/機能不全)だけれど、自分の一部であると思っているそうです。

レイさんには、薬の量を多くして声が聞こえることをかなり抑え込むことも可能なのですが、そうすると、自分がやりたいことに影響が出るので、自分がやりたいことができる、ということを優先して、声は聞こえるけれど、バウンダリーをもうけて、自分のなかで、「おじさんたち、聞こえてるよ。でも、私は私のやりたいようにやるからね。」と言って、自分のやりたいことにフォーカスすることを編み出したそうです。

The UK(イギリス、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの連合4か国)では、Psychosis(サイコーシス/精神病)に関する考え方も、ここ20年~30年ぐらいでかなり進化したそうです。
この番組に登場していた精神科医のMatthew Broom(マシュー・ブルーム)さんは、その変化には、大きくは2つの要素があるとしていました。
一つは、実際には精神病だとは診断されない一般の人々の中にも、声が聞こえる人々は5~20パーセントぐらいは存在していて、この人たちは声が聞こえることで苦しんだりしていないそうです。「声」に苦しんでいる人々は、とても意地悪でネガティヴな声を聞くことが多いのですが、この一般の「声」に悩まされていない人々は、「声」はニュートラル(中立)だったり、とてもポジティヴである場合もあるそうです。

もう一つは、transdiagnostic apparoach(トランスダイアグノスティック・アプローチ)がひろがってきてきて、特定の症状だけに集中して病名を診断して薬を処方、というのではなく、心理的な苦悩や不安で日常生活や人生を送ることが難しいという経験からの回復等を幅広くみて、「声」は、どのぐらいの激しさをもったメッセージをなのか、どのぐらい頻回に聞こえるのかといったことに注目するそうです。
「声がきこえる」という症状は、多くの異なった精神病に共通して見られるものでもあります。
マシューさんは、精神病への「early intervention(アーリー・インタヴェンション/早い段階での介入)」を目指して行っていますが、なぜ、「声が聞こえる」という症状が起きるのか、という質問に対しては、現在のところでは、1990年代に、Chris Frith(クリス・フリス)さんが論文で発表した、「自己幻覚の一種ーSelf monitoring (自己監視)という自分の考えを、外からの声と過ってラベルづけした」という説が主流だそうです。
マシューさんは、「声が聞こえる」ことに苦しんでいる患者さんの多くは、深刻ないじめ、ひどい人種差別、子供の頃の虐待や性的虐待といった、逆境・不遇な子供時代を過ごした人が多いとしていました。
そのため、治療には患者さんのトラウマを意識したケアが行われているそうです。
マシューさんは、治療の主眼は、「声」を消し去るのでなく、どのようにその人の生活が機能し、人生が(その人にとって最大限に)花開くことをサポートすること、だとしていました。

The UKでの治療は、薬の投与やセラピー(ファミリー・セラピーも含む)のほか、まだトライアル中ではあるけれど、「声が聞こえる」ということに特化して、この「声」に直接対決するセラピーの試みも行われているそうです。
この番組に登場していたSamantha Bowe(サマンサ・ボー)さんは、Psychosis Research Unit(サイコーシス・リサーチ・ユニット)でクリニカル・アシスタント・ダイレクターを務めていますが、この「声」に直接対決するアプローチについて、4つのステージがあるとしていました。

① Psycho Education(サイコ・エデュケーション/精神学の教育)
私たちは、回復の物語のインフォメーションや、「声が聞こえること」はどのぐらい一般的なことなのかといったことをシェアします。(←先述したように、病気だとは診断されない一般の人々の中の5~20パーセントは「声」を聞いているけれど、それに苦しみを感じていない)
同時に、対処方法、例えば自分を落ち着かせるいくつかの方法。を学びます

② Formulating (フォーミュレィティング/策定)
一つ一つの「声」、まず最初に一番支配的な「声」から扱います。私たちは、その声のキャラクター、感情的な変異、それが言っていることの内容等を探索します。ときに、患者さんはその人の人生や生活の中で知っている人と全く同じ声に聞こえるという場合もあります。同時に、声が聞こえることをトリッガーするのは何かを探します。

③ Dialog (ダイアログ/話し合い)
非常によくあることなのですが、「声」の言うことやタイプと、子供時代の虐待や大人になってからの家庭内暴力等の逆境的な体験・トラウマとは直接的な関係性があります。
「声」はそのトラウマを体験したときに言われたことと似たようなことを言うかもしれません。
私たち(=セラピスト)は、これは「声」を完全に消し去ることを目的にしているのではなく、「声」との関係性を向上することを助けるものだと明確なメッセージを伝え続けます。
私たち(=セラピスト)は、(積極的に)「声」と関与すると同時に、hearer(ヒアラー/声がきこえるひと=患者)さんにも、気を配ります。「声」との会話のタイムリミットも設け、仮想的なパニック・シグナルも用意しています。
私たち(=セラピスト)は、患者さんに、しばしば、座る位置を変えたり、別の椅子に座ったりして動くことを勧めています。
セラピストは「声」の名前を使って、そのpersona(ペルソナ/人格)に直接話しかけます。ほとんどの患者さんは、この直接的な対話で大丈夫ですが、間接的な対話の場合は、患者さんが「声」がどう言っているかをセラピストに伝えて、「声」とセラピストが会話をする場合もあります。

④ Consolidation (コンソリディション/まとめ)
セラピーの道のりの要約します。

サマンサさんによると、この「声」に直接対決する、という方法がよく機能した例では、この「声」が意地悪でネガティヴなことばかり言うのにうんざりした患者さんが、この「声」に対して自信をもって言い返したことで、この「声」がポジティヴで問題を一緒に解決するように変わったそうです。
サマンサさんが言っていたのは、この方法が機能するためには、患者さんが、「声」を消すのではなく、「声」との関係性を向上させるのだ、という目的をしっかりと理解していることが大事だとしていました。

レイさんは、最後に「声が全く聞こえなくなること」と「もっとポジティヴな声を聞くこと」の選択があれば、どちらを選ぶか、と聞かれ、後者にシフトするといいなと答えていました。
レイさんは、とても思慮深い考察を番組の最後に述べていました。

私は、「声」は、自分の人生経験の事情や背景からくると思っています。私は誰かを傷つけたいとは思いませんが、私の中には、いじめやトラウマを通して傷ついた自分がいます。もし私がこれら(いじめやトラウマ体験を通して傷ついた自分)に対応することができるならば、私の「声」も落ち着いて、「紅茶を淹れましょうか?」と聞くだけになるでしょう。

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