「あの大鴉、さえも」にあたり
大鴉はマイムを使うことから上演候補として挙がりはしたものの踏ん切りがつかないでいたものだ。
目的を持たない惰性の上演は自分は陥りがちで避けなければならないと念頭に置いている。
そんな中、芸術劇場で大鴉が上演される、しかも女性キャストで、と知る。
観ることで出来なくなるかもしれないと不安がよぎるがそもそも上演予定がない現状。このまま頓挫しているのは具合が悪いと思い観劇に踏み切った。
結果、素晴らしい舞台だった。が、やはりかえって自分を迷走させることとなった。
作品を上演するには解釈が要る。
その解釈がそのまま演出に繋がるからだ。
これが台本を読んだ当時から観劇をすることで無為に走り出し、留まらないでいた。
あれもあり得る、これもあり得る。そういった思いが駆け巡る状態で、これでは何から手を付けるべきかさえ分からない。
今はじめてしまうと、この整理から始めなければならず混沌からなにか自分でも分からないものをすくい上げるような作業となり、負荷が大きくその負荷に耐え切れずに妥協という横道の誘惑に負けてしまう。
今はまだやれない。
こんな状態のまま時が過ぎる。
決め手がなく、やりたいという想いだけが宙ぶらりんのままでいる。
しかし2月のこと。
大鴉と同じ作者である竹内銃一郎氏の「檸檬」を観劇する機会が訪れる。
知人が上演したもので、どう料理したのかと興味を持ち向かった。知人らしい演出で、事の顛末は分かりやすく、感傷的になる場面もある、物語として製作されていた。しかも無料公演だった(!)。
しかし、根底に流れる何かに違和感を覚える。そういうことではない。と。
大鴉よりも物語寄りの「檸檬」だが、作品の重要な性質として不条理がある。
この不条理が置き去りにされていると感じた。なんというか、不条理を起こそうと自覚する人物たちがそこにあり、不条理を感じている人物はそこにはいないように見えた。
比較するものではないかもしれないが芸術劇場の大鴉には、それはあった。
この時から「不条理」という言葉がキーワードとなり、ぐるぐると駆け巡る。
ゴドーで爆発的に広まり、80年後の今も上演され続けている不条理劇。
正直これを好む演劇人には合わない人が多い。しかし、見知った知人が上演してくれたことで一気に距離が縮まる。難題(と勝手に思っている)に挑む勇気が湧く。さらに上演したいという言葉も周囲から聞こえてきて、自分自身も昨年の12月の活動(八王子演劇祭)以降、台本に触れる機会が増えてきたことも相まって大鴉が自分の中で近年になく盛り上がってきているのは確かだ。
あとは目的が必要だ。
大鴉における不条理とは何か、端的にはガラスを運ばされているということだ。その作業には終わりは見えず、やめることも出来るがやめない。薄弱な意志でただ続けている運搬作業。
それは自分が冒頭で「陥りがち」と述べた惰性の状態と近似している。この正体を突き止めるべく作品に向き合うと想像すると個人的なモチベーションが上がってきた。
そしてこの惰性というのはきっと多くの人が陥る可能性があることだ。多くの人が陥るということは普遍性の獲得となり、一気にエンタテイメントへ繋がっていく。コメディへの入り口が見えてきた。
コメディとなれば、今度は不条理の自覚の置き所が肝心となる。
この置き所次第で不条理劇がナンセンスコメディになる。
知人の公演で覚えた違和感に、今こそ自分なりの答えを出すときだ。それは感想を述べることではなく、作品を作ることによってしか成しえないものだ。
もう、動き出してもいいかもしれない。
恐る恐る、少しだけ踏み込んでみる。
タイトルについて調べてみた。
するとすぐに、エドガー・アラン・ポーの「大鴉」とマルセル・デュシャンの「大ガラス」に繋がることを知る。もう世界が広がった。
新しい舞台を作るときに世界が広がっていくのは得も言われぬ感動がある。知らないものが向こうからやってくるような感じ。福袋によって強制的にファッション感覚を広げられるが好きだが、それに近い、広がった世界から情報のシャワーを浴びる。感動。想像が広がる。感動。
これからきっとたくさんの感動をもらえることだろう。
ガラスを運ぶ三人がわちゃわちゃとやりとりし、それが客観的には面白おかしく見えてくる画が浮かぶ。
箱庭的な舞台セットをイメージする。
舞台面を立体的にし傾斜し、お客の視点を俯瞰にしたら面白いかもしれない。
不条理にありがちななんだか暗い・黒い雰囲気は打破しなければならない。芸術劇場の広さとセットとなによりキャストでそれはなされていた。
アイデアと課題がどんどん生まれてくる。
そろそろよいタイミングだ。
「あの大鴉、さえも」の製作を開始する。
製作テーマは不条理そのもの。
ジャンルはナンセンスコメディ。
共有テーマは惰性。
(これらが上演時にそのままの形で残っている可能性は低い)
霧が少し晴れる。
多くの人と製作の感動を分かち合いたいと思う。
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