辰巳渚さんの、有名な『「捨てる!」技術』は未読だけれど、児童書の『こんなときどうする⁉︎解決ブック』や『こういうときどうするんだっけ』という本を持っている。解決ブックの方は、2019年刊だ。問題に対する答えが書かれているのではなく、考えるヒントが書かれていて、大人の私も気に入っている。 ちょっと古い2011年の本だけれど、彼女が監修した『家事セラピスト、はじめました』という本も図書館で借りて読み、家事塾のことも知った。 今、建築や暮らしに関する勉強をしている私には、とても
不運続きと思う今日この頃。不運について考える時間が多くなった。 不運には「自分の力ではどうにもならない不運」と「自分の力で何とかなったかもしれない不運」の2種類があると思う。 私の不運が続くきっかけとなったのは、私が信頼できるサイトではないところに個人情報やクレジットカード情報を入力し、詐欺被害に遭ったことだ。これは、気をつけたら防げたことなので、後者にあたる。 昨日も、少し考え事をしていた瞬間車に轢かれそうになった。これも、気をつけていたら防げたかもしれない。車の運転
20歳の時に運転免許を取得して、以来20年ほどペーパードライバーでした。 「一生車の運転をすることなく生きていけたら良いなぁ」と思っていたのは、極度の怖がりだからだと思います。人を殺してしまうことの恐怖。 でも、これまで経験した仕事の中で、運転ができたら役に立てたのになぁ、と思うことも多かったので、一念発起。ペーパー教習に通いました。 運転中は、歩行者や自転車が急に飛び出してきたらどうしよう、とか、私が減速して止まっても、後ろの車は気付かずに、ぶつかってくるかも、等の、
「仕事の日より休日が好き」なはずの私が無職になり3ヶ月。 無職になるまでは、職場の人と家族よりも長い時間を一緒に過ごしていました。 コロナ禍で仕事を辞め、転居もしたら、ほとんど家族としか会話がなくなりました。 たまに病院やら美容室やら、宅急便の人でもコールセンターの人でも、家族以外の他者と話ができると、何だか嬉しくてたまらない自分に気付きました。 社会との繋がりというのか、家族ではなく、ちょっと距離のある他者と言葉を交わすことって私にとって重要で必要なことなんだな、と
約20年ぶりに実家に戻り、そのままになっていた昔のものを整理しています。 私は小学校の頃から文通が大好きで、世界各国にペンフレンドがいたので、膨大な量の手紙があります。 もうみることはないものを思いきって処分することにしました。 手紙って、相手の筆跡やイラスト、同封物、便箋などなど、LINEのメッセージより沢山の情報が詰まっていて、処分するため目を通すと、ついつい手が止まり、当時の記憶がよみがえります。 今日は手紙が届く頃かな、と郵便受けをみるのを楽しみにする感覚と、
今日から新しいI日♫ 20歳を過ぎて、さらに約20年経験を重ね、大人の慣れというか、「こんなもんでしょ」と丁寧な確認を怠ったことにより先月詐欺被害に遭いました。 以降、落ち込んだ不安な気持ちが更なる不幸を呼び、僅か2週間のうちにお金を20万ほど失いました。現在求職中なので大きな痛手でした。誰かに話しかけられてもウワノソラになったり、トランプゲームの運までも悪くなり、負の連鎖というものを身をもって実感しました。 流れを変えるためにどうしたら良いか調べたところ、身の回りのモ