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【めくるめく】夏休みの宿題には反対する派です。

 唐突に季節はずれなことをいうようですが、夏休みに(冬休みも)学校が生徒に宿題を課すって、どうにも賛同しかねるのです。
 そもそも夏休みとはなにを目的として設けられた制度であるのかをわたしはよくは存じておりません。そのような者が、夏休みの宿題の是非を論ずるのはいかがなものかとも思うのですが、お役所がどのように定めているかは別として、実際問題として、「小学校、中学校、高等学校の児童・生徒にとってふだんの学校内では得られない体験をする機会を提供する」ということは夏休みに期待される役割のひとつではないかと思うのです。
 盆には田舎に住むじいちゃんばあちゃんを訪問し旧交を温め、野山に入り草木を愛で、海では魚や波と戯れる。あるいは、家族で遠い街を訪れ、名所を巡ったりその地の人々の生活や文化に触れる。近所の市民プールで1日中水と戯れキャーキャー歓喜の声を上げる。自宅にこもって毎日毎日ひたすら読書やゲームに耽る。なかには自主的に受験勉強に取り組む子どももいるでしょう。
 そういった機会を、人生のうちその時期にしか得られない大切な機会を提供するのが夏休みなのではないのかと思うのです。
 然るに、わたしの住んでいる神戸市の小中学校では、それはそれは大量の宿題、こんなんぜったいに誰もでけへんやろー、と言わざるを得ないほどの、まるで修行か罰ゲームであるかのような量の課されるのが夏休みの通常になっているとききます。
 なにゆえ学校は、子どもたちから大切な体験の機会を奪うのでしょう?
 遥か遠い昔のことになってしまいましたが、夏休みの思い出といえば、いとこたちとともに海につれていってもらってなにかにつけて絶叫しながらはしゃいだ、山中でテントを張り一晩中友人と話し込んで翌日寝不足でフラフラになった、といった楽しいものばかりです。いくぶん甘酸っぱい思いもしたりしました。けれど夏休みの宿題については鮮明な記憶はほとんどありません。
 夏休みの宿題は百害あって一利もない、といいたいのではありません。わたしが高校生のとき、初めは物理が苦手だったのですが、苦手だったからこそ夏休みの宿題はきちんとやろうとしたおかげで、一気に得意科目になりました。宿題がよい結果を生み出すこともたしかにあるでしょう。
 でもね。
 宿題を課されることで得るであろうよいことと、夏休みだからこそできる体験をつうじて得られるであろうよいこととを比べたとき、その子どものその後の人生を豊かにするのはどうみても断然後者のほうだろうと思うのです。そもそも夏休みには生徒に勉強させることを意図するならば、夏休みを設けずとも学校で授業を行えばよいはずでしょう?
 まるで修行か罰ゲームであるかのような宿題の量、と言いましたが、もしかすると、先生方は本気で生徒たちに修行させようとしているのかもしれません。
 わが国の子どもたちのより豊かな人生のために、夏休みの宿題代行業を始めようかと、けっこうまじめに考えています。

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