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東海テレビの新作ドキュメンタリー『その鼓動に耳をあてよ』が映し出す、医療現場とテレビ局との意外な共通点

 カメラが映し出すものは、レンズの向こう側にある被写体だけではない。レンズのこちら側にある撮影者の心情まで、赤裸々に映し出してしまう。カメラは被写体だけでなく、撮影者までも素っ裸にしてしまう。

 北野武監督の7年ぶりとなった映画『首』(23年)は、戦国時代の武将たちの愛憎劇をコント風に描きながらも、監督自身の内面をリアルに映し出していた。かつての北野映画にはダンカン、柳憂怜ら「たけし軍団」が重要な役で出演していたが、いつしか彼らは北野映画から姿を消してしまった。北野監督は再婚を機に「オフィス北野」を離れ、長年の盟友であった森昌彦プロデューサーとも決別してしまった。

 もはや誰も信用しなくなってしまった北野監督。謀略が張り巡られた戦国時代をサバイバルする羽柴秀吉(ビートたけし)は、今の北野監督の心情そのものだろう。西島秀俊、浅野忠信、大森南朋ら豪華キャストに囲まれながらも、北野監督の孤独感が伝わってくる作品だった。

 前置きが長くなったが、東海テレビのドキュメンタリー映画『その鼓動に耳をあてよ』が2024年1月27日(土)より劇場公開される。愛知県名古屋市に本社を置く東海テレビは、かねてからドキュメンタリー製作に力を注いできたフジテレビ系列のローカル局だ。 東海エリアで放映したドキュメンタリー番組を劇場版として再構成し、単館系ながら東京をはじめ全国順次ロードショー公開するというユニークなスタイルをこの14年間続けている。

『さよならテレビ』など常識破りな作品を放つ東海テレビ

 ドキュメンタリーに興味がない人でも、『さよならテレビ』(20年)というタイトルは耳にしたことはあるのではないだろうか。分刻みで示される視聴率に追われるテレビ局のシビアな内情を、『さよならテレビ』はみずから暴いてしまった。メディア関係者の間に大きな波紋を呼んだ、異色のドキュメンタリーだった。

 また、東海テレビは三重県で起きた「名張毒ぶどう酒事件」の真相を独自に追い続け、「司法シリーズ」と銘打って、冤罪の可能性を訴えてきた。従来のテレビ番組の常識から逸脱した東海テレビの一連のドキュメンタリー作品は、2022年に放映された長澤まさみ主演の社会派ドラマ『エルピス 希望、あるいは災い』(カンテレ制作、フジテレビ系)にも大きな影響を与えている。

 その『さよならテレビ』を監督した圡方宏史氏がプロデューサーに回り、東海テレビ報道部の若手ディレクター・足立拓朗氏を監督に起用したのが『その鼓動に耳をあてよ』だ。舞台となるのは「名古屋掖済会(えきさいかい)病院」のER(救命救急センター)。あらゆる患者たちを受け入れる救命救急センターを9か月間にわたって密着取材している。

 圡方氏は『さよならテレビ』の他にも、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(14年)や『ヤクザと憲法』(16年)といった破天荒なドキュメンタリー映画を監督してきた。プロデュースに回った今回は、「意外と普通の企画だな」と本作を試写で観るまでは思っていた。「救命救急24時」などのドキュメンタリー番組は以前からあるし、テレビドラマでも救急医がヒロイックに活躍する医療ものは数多い。だが、こちらの予測は見事に裏切られた。

社会の底辺で働きながら、明るく笑う救急医たち

 運ばれてくる患者は、マンションから飛び降りた自殺者、保険証を持っていないホームレス、独居老人、院内でトラブルを起こすモンスターペイシェントといった社会の枠組みからこぼれ落ちた人たちだ。鼻の穴にどんぐりを詰め込んでしまった少年も夜更けに訪ねてくる。どんぐり少年にはつい笑ってしまうが、当事者にとっては緊急事態に他ならない。みんな切羽詰まった状態である。救急医たちは、そうした患者たちを分け隔てることなく、徹夜で向き合うことになる。

 圡方氏が監督した『さよならテレビ』では、かつては「聖域」とされてきたテレビ局の報道部まで視聴率を稼ぐことに右往左往する姿が映し出された。記者が「面白い」「これは重要な問題だ」と感じた事件を追うのではなく、多くの視聴者にウケそうなネタ、スポンサー企業に配慮した口あたりのよい企画が優先されていく。その結果、報道部はどんどん疲弊していった。

 年間1万台の救急車を受け入れる救命救急センターの医療スタッフも連日にわたるハードワークで疲れているのだが、患者を送り出した後の救急医らの表情は明るい。俳優の小栗旬を思わせる、30代のイケメン医師が言う。

「数字ばっか見てんなよ。数字じゃないんだよ、人間は」

 ルックスだけでなく、心もイケメンではないか。同センターに配属された若い研修医は、そんな先輩たちに支えられ、日々経験を積んでいる。医療の現場が、医者を育てていることが分かる。

 掖済会病院はコロナ禍でベッド数が足りない状況でも、受け入れることを断らずにギリギリまで対応しようとする。研修医が口にできるのは、もっぱら冷めた中華の出前だ。彼らの上司にあたる救急科センター長によると、救急医は専門医に比べて院内での立場は高くないらしい。仕事内容はハードなのに、出世は期待できず、内科医や外科医に比べてなり手は少ないという。

 それでも彼らはなぜ、ひたむきに働き続けるのだろうか? 社会の底辺を思わせる職場で、どうして明るく笑っていられるのだろうか? 

裸になったテレビマンたち

 どうやら、圡方プロデューサーと足立監督は、揺れ動く報道部で悪戦苦闘を続ける自分たちと救命救急センターで働く医療スタッフとを重ね合わせて見ているようだ。確かに、仕事に追われ、プライベートな時間を持つことはできず、社会の底辺を見つめているという点ではテレビ局の報道部と救命救急センターは共通するものがある。また救急医と同じく、ローカル局のテレビマンはあらゆるジャンル、さまざまな業務に対応しなくてはならない。

 仕事はしんどくても、やりがいのある職場で働きたい。尊敬できる先輩や信頼できる仲間と共に、地域社会に役立ちたい。カメラを回す取材クルーたちの、そんな想いがスクリーンから伝わってくる。テレビマンたちは自分らが失ってしまったものを、救命救急センターで働く人たちに見い出そうとしているようにも感じる。

 東海テレビの第15弾となるドキュメンタリー映画『その鼓動に耳をあてよ』は、救命救急センターを舞台にしながら、マスメディアの現場で働く者たちの心情を代弁した作品となっている。カメラは被写体だけでなく、撮影者自身まで丸裸にしてしまう。本作の放送時のタイトルは『はだかのER 救命救急の砦 2021―2022』(2022年3月放送)だったが、実は裸になっていたのは取材スタッフのほうだった。

 視聴率に一喜一憂する前に、まず事件事故に遭った当事者たちに親身に接し、一人ひとりの胸に耳をあて、その鼓動をしっかりと受け止めたい。生きた血のぬくもりを感じさせるニュースを伝え、視聴者にもその心拍音を感じてほしい。

 裸になったテレビマンたちの願いは、どれだけの人に届くだろうか。

※足立拓朗監督と圡方宏史プロデューサーを取材したインタビュー記事はこちらです。https://note.com/theatrekunitachi/n/n388443749031

『その鼓動に耳をあてよ』
プロデューサー/阿武野勝彦、圡方宏史 監督/足立拓朗 
音楽/和田貴史 音楽プロデューサー/岡田こずえ 撮影/村田敦崇 音声/栗栖睦巳 TK/清水雅子 音響効果/宿野祐 編集/高見順 
製作・配給/東海テレビ放送 配給協力/東風 2024年1月27日(土)より東京・ポレポレ東中野、2月3日(土)より大阪・第七藝術劇場ほか全国順次公開
※ポレポレ東中野では2月3日(土)~2月9日(金)、「圡方宏史監督特集」として『ホームレス理事長』『ヤクザと憲法』『さよならテレビ』を連日上映。
(C)東海テレビ放送
https://tokaidoc.com/kodo/

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