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100の回路#03 生活介護事業所「ぬかつくるとこ」に聞く、こだわりをおもしろがる方法

初めまして。THEATRE for ALL LAB研究員の土門蘭と申します。
普段は小説や短歌などの文芸作品を書いたり、インタビュー記事の執筆を行っています。

THEATRE for ALLでは、ステートメントやキャッチコピーなど文章関連のお手伝いをしているのですが、その過程で、異なる身体性が持つ捉え方・感じ方の幅広さや可能性に大変興味を持ちました。そしてこのたびLAB研究員としても「100の回路」シリーズを書かせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。

さて「100の回路」第3回でご紹介するのは、岡山県早島町の生活介護事業所「ぬかつくるとこ」さんです。「アートを活用した自分らしい生活をおくることのできる福祉事業所」として運営されている、株式会社ぬかの代表・中野厚志さん、そしてぬかのアートディレクターを務める丹正和臣さんに、「回路を作るヒント」をテーマにお話をうかがいました。

利用者の方を「ぬかびとさん」、ここに遊びに来られる方を「まぜびとさん」と呼んでいるお二人。障害者、健常者という単純な二項対立を超えたコミュニケーションは、どのように作られているのでしょうか。

中野+丹正

(中野さんと丹正さんが、並んで座っている写真です。絵の具がカラフルに塗られた壁の前で、めがねをかけた二人が笑っています)

中野 厚志(なかの あつし)
株式会社ぬか代表取締役。1972年生まれ。福祉系の大学を卒業後、15年間岡山県内の障がい者支援施設に勤務。その頃から障がいを持った人たちから生み出される数々のモノたちに衝撃を受ける。2013年12月、仲間とともに岡山県都窪郡早島町の築100年以上の蔵を改装した建物で生活介護事業所「ぬか つくるとこ」を立ち上げ、現在に至る。アートを一つの媒体として、個々の個性や特性をうま味に変化すべく、現在発酵中。

丹正 和臣(たんじょう かずおみ)

ぬかのアートディレクター。奈良生まれ。倉敷市在住。木彫りの犬に車輪をつけ散歩をさせながらコミュニケーションをはかる「犬のさんぽプロジェクト」など、自分と他者 との“間”を感じさせてくれるかけがえのないものとしてアートを感じ活動している。2011年からフリーのデザイナーとして活動。通所施設に美術講師として5年関わる。「生活介護事業所 ぬか つくるとこ」(岡山県)の立ち上げメンバーの一人として2013年から勤務している。

障害うんぬん関わらず、ごちゃ混ぜにしたい

外観

(「ぬかつくるとこ」の外観写真です。築100年以上の立派な蔵で、入り口には看板と、オレンジに染められた大きな布が飾られています。壁には、さまざまな絵が描かれた小さな旗が吊るされています)

生活介護事業所「ぬかつくるとこ」ができたのは、2013年の終わりごろ。築100年以上の蔵を改修して、この場所が作られました。今では18歳から65歳までのさまざまな方が、1日あたり20名ほど利用されるそうです。

「ここは、ひとりひとりがやりたいことを無理せずできる場所。何かものを作ってもいいし、布団を敷いて寝てもいい。いろんな人がいろんなことをしているので、はたから見るとカオスかもしれませんが、それを良しとしています」

そう話すのは代表の中野さん。「ぬかつくるとこ」の名前の由来は、ぬか床からとったとのこと。
「正面から捉えるとひるんでしまうことも、ちょっと角度を変えてみれば、だれも気づけなかった価値が生まれたりする。そういった価値やここの魅力が『ぬか漬』のように時間をかけてゆっくりと発酵し、社会へと広がっていくことを願っている」……
そんな思いから、利用者を「ぬかびとさん」、そしてここを訪れる人を「まぜびとさん」と呼んでいるそうです。

ぬかびと+中野_4

(中野さんとぬかびとさんが、流しそうめんをしている写真です。お椀を持った中野さんが、赤いTシャツをきたぬかびとさんと、流れるそうめんを見て笑っています)

中野さんが福祉の仕事を始めたのは、20年以上前。
以前勤めていた障害者支援施設でもアートを軸にした活動をしていて、そこでたくさんのおもしろい利用者さんたちに出会われたのだと言います。

「個性的でおもしろい方たちにたくさん出会いました。みんな突拍子もなくて、既成概念や常識を軽々と超えるような作品をつくるんですよね。それを見ていると、自分には絶対にできないことだし敵わないなぁと。僕はいちファンとして、彼らを見ていたんです」

だけど、彼らの作品は「福祉展」という切り取られ方で社会に展示されました。中野さんいわく、「いちばん嫌なネーミングだと思った」とのこと。

「イケてないパネルに彼らの作品が飾られて、『こういう人たちがこんなふうに描けるんだぞ』と見せている感じがすごく嫌だったんです。いい作品なんだからもっとちゃんと飾ればいいのにと。健常者も障害者も関係なく、ただ『こんなにおもしろい人がいるんだよ』と伝えたい。そう思って、独自で展示会を行っていました」

障害うんぬん関わらず、ごちゃ混ぜにしたい。
その頃から「ぬかつくるとこ」の考え方はできあがっていたようです。

回路09「障害あるなしに関わらず、ただ「こんなにおもしろい人がいる」ということを伝えたい、という気持ちを持つ。」

一人ひとりの「こだわり」をおもしろがる秘訣

おもいおもいに過ごす_3

(事業所内の写真です。床にはたくさんの新聞紙。中央ではぬかびとさんが新聞紙をちぎっていて、両脇ではスタッフさんがにこやかに見守っています)

「ぬかつくるとこ」には、さまざまなぬかびとさんがいらっしゃいます。

たとえば、驚くほど細やかな刺繍が得意なチカさん。
読書家で言葉のセンスが飛び抜けている戸田さん。
プラ板で指輪を作って女性にプレゼントするのが好きなしょうへいさん。
ひとり黙々と物を積み続けるしょうやさん……

それぞれにこだわりを持ち、自分のやりたいことをやっているぬかびとさんたち。
スタッフのみなさんは、そんな中で「これだ!」と思うこだわりをピックアップし、街のワークショップや独自のイベントなどを通し、施設外の人とのつながりを作っています。

たとえばチカさんの刺繍ワークショップを皮切りに、戸田さんの言葉が書かれた「とだみくじ」、しょうやさんとひたすら物を積み続けてみるイベント「ツミマショウヤ」などなど……どれも人気があり、子供から大人までさまざまなお客さんがいらっしゃるそうです。

イベント_とだのま

(屋外でのワークショップの写真です。テントの下に畳を敷いて、戸田さんが言葉を書いたおみくじをお客さんに渡しています)

だからと言って、スタッフがぬかびとさんに「作ることを教える」ことは決してしないのだそう。自然に表れるぬかびとさんのこだわりをもとに、そのおもしろさや魅力をコンテンツにし、「福祉」という文脈にとらわれない形で人々に伝えていく。「ぬかつくるとこ」のスタッフは、そんな役割も担っています。

「ぬかびとさんのものづくりには基本、口を出しません。好きなようにやってもらって、できるだけ加工せず、ひとつのイメージを量産しない形でコンテンツ化しています。そして、コンテンツだけ一人歩きしないよう、ぬかびとさんと一緒に僕たちもイベントに行き活動する。人と人との間をつなげるための、メディアを作るようなイメージですね」

そう話すのは、アートディレクションを務める丹正さん。できるだけぬかびとさんに寄り添いながらも、「何をやっているんだろう?」と気にしてもらえるようなデザインを心がけているそうです。

イベント_上木戸工作室

(屋外でのワークショップの写真です。帽子をかぶったぬかびとさんと二人の子供が一緒になって、仮面ライダーベルトを工作しています)

だけど、そもそも「こだわり」をおもしろがるってどうしたらできるのでしょう?
福祉の現場はかなりのハードワークなはず。リスク管理もしなくちゃいけないし、予想外のことだってたくさん起きるでしょう。そんな中で「おもしろがり続ける」ことって、どうしたらできるのでしょうか?

「やっぱり現場は大変なイメージがありますよね。実際以前の職場では、ひっきりなしに動いてバーンアウトしてしまうスタッフも多くいました。だけどそういう雰囲気って、ぬかびとさんに伝わるんですよ。やっぱりスタッフが楽しまないと、ぬかびとさんも楽しくない。働く人も来る人も楽しいと思える現場にしたいっていうのが、独立するときに思っていたことだったんです」

とは言え、長く施設の現場で働いていた中野さんも、初めはなかなか「おもしろがる」ことができなかったと言います。

「毎日業務記録をつけるんですが、そこに書くことって基本的にマイナスの情報が多いんですね。確かにそれは共有しなくちゃいけないことだけど、それ以外にもあるだろうと。それで『いとおかし』というコーナーを作って、主観でもポエムでもいいからぬかびとさんの良いところを書こう!っていうふうにしたんです。それがね、僕よりも福祉未経験のスタッフの方が上手だったんですよ(笑)。僕は長く現場にいたから、客観的事実を書くのは得意なんですけど、その人の良さを主観で書くの苦手だったんですね」

そう言って、今もリハビリ中です、と笑う中野さん。

「支援する側 / される側ではなく、フラットな関係性でいよう」
「こだわりをなくすんじゃなくて、こだわりから生まれるものを見つけていこう」
そんな共通認識を持ったスタッフさんたちだからこそ、こだわりを個性と捉え、おもしろがる雰囲気が醸成されているのかもしれません。

回路10「こだわりをなくすんじゃなくて、こだわりをおもしろがる」

ビジョンがないから、目の前のことを肯定できる

中野+丹正_談笑_2

(中野さんと丹正さんが、色とりどりの壁の前で談笑している写真です)

中野さんと丹正さんに、こんな質問をしてみました。
「ぬかびとさんにとって、アートってどういうものだと思いますか?」
普段ぬかびとさんの側にいるお二人だからこそ、聞いてみたかったことです。

「人それぞれだと思うけど、そんなに『アート』って感覚はないんじゃないかな。こちらがそれを媒体にしてみんなに知ってもらっている感じなんですよね。本人はいつもと変わらないままでも、その媒体を使えば圧倒的にいろんな人とつながれるんです」(中野)

「ぬかびとさんにとっては、好きなことをやっていたらたまたま人と出会ったっていう感じじゃないでしょうか。ただ、自分ひとりでやっていたときには生まれなかった出会いや反応があるのは、新鮮なことじゃないかなと思います」(丹正)

その話を聞きながら、もしかしたら「アート」という言葉で変化しているのは、ぬかびとさんではなく、ぬかびとさんと出会う人なのかもしれないなと思いました。
「アート」という媒体を通して、ぬかびとさんのおもしろさを知る、ぬかびとさんとのつながりができる。まさにアートという「回路」が生まれることで、知らず知らずのうちに作られていた心の壁が崩されていっているのかもしれません。

ぬかびと+スタッフ談笑_2

(事業所内で、ぬかびとさんとスタッフさんが音楽を奏でている写真です。さまざまな打楽器を持って、演奏しながら笑っています)

「中野さんが当初目指していた空間に、近づけていると思いますか?」
最後にそう尋ねると、中野さんは困ったように「目指しているものって、別になかったかもしれません」と笑いました。

「必然的に、こうなっていったんですよね。おもしろいぬかびとさんとスタッフがいて、いろんな人から機会をもらって、おもしろいできごとがいっぱい生み出されて。だけど、これがどこへ向かうのかわからないからおもしろいのかなって。20年以上福祉業界で働いていますけど、常に新鮮な気持ちです。いちばん楽しんでいるのは自分かもしれません」

それを聞いていた丹正さんが、こんなことを話し始めました。
「立ち上げ当初から、中野はずっと『スタッフも楽しめる会社にしたい』と言っていました。でも良い意味で、中野ってビジョン型じゃないんですよね」

中野さんは大笑い。「ビジョンがないって経営者としてダメじゃん」と言う中野さんに、丹正さんは「いやいや、そんなことないんです」と首を振ってこう続けます。

「目指すものがないから、目の前にあるもので考えられるんですよ。ないものじゃなく、あるもので考えるから、できあがるものが極端にずれていなくて違和感がない。それに、いい意味でビジョンがないと、スタッフが意見を言いやすいんですよね。おもしろいねって言い合えて、アイデアを実現しやすい環境なんだと思います」

丹正さんの言葉に、一緒に話を聞いていたTfAスタッフがこんな感想をもらしました。
「『何かを目指さない』って逆に言えば、『目の前のことを全肯定する』ってことなのかもしれないですね」

「目の前のことを全肯定する」
その言葉はまさにそのまま、「ぬかつくるとこ」という場所を表しているように感じます。

回路11 今ないものを欲しがるのではなく、今あるものを肯定して、そこから何を生み出せるかを考える。

こだわりを否定するのではなく、アイデアや想像力を使って「おもしろがる」……
そのためには目の前のことを肯定する心、今を楽しもうと工夫し続ける心が大切なのだなと学びました。笑いの絶えないインタビューで、元気をもらえたような気持ちに。中野さんがおっしゃっていたように、「そういう雰囲気って伝わる」のですね。

「ぬかつくること」さんの活動は、こちらで知ることができます。ぜひチェックしてみてくださいね。
http://nuca.jp/

おもいおもいに過ごす_2

(事業所内で、ぬかびとさんとスタッフさんが、ふたりでうつぶせになって絵を描いている写真です。スタッフさんが何かを描いているのを、ぬかびとさんが楽しそうに覗き込んでいます)


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https://ameblo.jp/theatre-for-all

執筆者

土門蘭
1985年広島生まれ、京都在住。小説・短歌・エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事の執筆などを行う。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』(寺田マユミとの共著)、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

(取材日:2020年12月23日)

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