自分を大事にするってどういうこと?:ウィスット・ポンニミット『hesheit』で語る哲学「作品から生まれた問いをアーダコーダと語り合う哲学対話」レポート
作品から生まれた問いをもとに哲学的な「対話」を行なうワークショップが、2021年3月7日(日)にオンラインにて行なわれた。今回テーマとなった作品は、ウィスット・ポンニミット『hesheit』。バンコク在住のマンガ家の彼が、コミックとして連載してきた作品を、自身の手でアニメ化した作品だ。「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」の幡野雄一をファシリテーターに迎え、5人の参加者とともに考えた、ワークショップの内容をレポートする。
タイムテーブル
イントロ|哲学対話のご紹介(10分)
ワークショップ(1)|「問い」の交換:哲学対話(30分)
ワークショップ(2)|:哲学対話(50分)
アニメ「hesheit」の予告編。荒い線画が自身の手で動く表現が魅力。音声はタイ語。
イントロ|立ち止まって考える
まず幡野から、今回のワークショップで行われる「哲学対話」についての紹介が行なわれた。その定義を彼は、こう説明する。
「日々の忙しい生活のなかでは通り過ぎてしまうような問いについて、あえて立ち止まり、みんなで、ゆっくり、じっくり考えてみること」
哲学というと思い出される、大学で学ぶ哲学(Teaching Philosophy)とは異なる。参加者が対話を行なうことで(Doing Philosophy)、参加者が哲学者になるようなイメージなのだという。そこで重要になるのは、それぞれから発せられる問いだ。
「たとえば、『今日の夜、なに食べよう?』という問いがあるからはじめて、カレー?ハヤシライス?という思考が始まる。お互いに、そんな問いや疑問を素直に言葉にすることが出発点なのです」
哲学対話に参加した5名。みな「hesheit」を前日に鑑賞したという。また、過去に自身で哲学対話を行なったという参加者も。
ワークショップ(1)|絡み合う参加者の問い
こうしてスタートした哲学対話は、それぞれが『hesheit』を見て、どんな疑問が生まれたかを自問自答するところからスタートした。まずは幡野が自分が感じた問いを例として挙げていく。
よくわからないものを怖いと思うときと、面白そうと思うときがあるのはなぜだろう?/我慢した後の方が喜びが増すのはなぜだろう?/プレゼントをもらったら喜ばなきゃ駄目?
それに続く形で、参加者それぞれもどんどん問いを投げかけ、幡野がその背景を掘り下げ、議論の素地となる情報が共有されていった。結果、上がったのは下記の7つの問いである。
汚いってなんだろう?/アートとは何だろう?/この作品の目的はなんだろう?/いい人ってどういう人だろう?/自分を大事にするってどういうこと?/他者を愛するってどういうこと?/内側と外側ってなんだろう?
参加者それぞれの興味関心が可視化されながら、それぞれの問いの結びつきが明らかになったことも印象的だった。たとえば「汚さ」を考えることと、「自分の皮膚より内側のものと外側のものの境目」を考えることはつながると、ある参加者は語る。
たとえば、汚さに関する議論は、作品のなかのエピソードで、虫がたかった汚物に似たシュウマイ(食べてみると美味しい)が出てくることに由来する。ただ、本日の哲学対話の目的は、作品を解釈することではないと幡野は強調する。あくまで作品から離れるかたちで、それぞれの中から湧き上がってきた問いと向き合うことで議論が進んでいく。
最後に幡野が、これまで出た問いのなかで、議論したいものについて参加者の意見をつのり、最多の得票を得た「自分を大事にするってどういうこと?」という問いについて議論されることとなった。
幡野がイントロダクションで挙げた、対話の心構え。参加者同士が自分に関する議論を行なうための、基盤をつくるためのルールだ。
ワークショップ(2)|生活と作品の間での往復
後半のワークショップでは、まず対話のトピックとなった問いの背景を参加者が解説していくところからスタートした。
「もともと自分のなかで課題になっている問いです。自己を愛する、大事にすることが難しい瞬間が多い。この作品を見て、キャラクターたちが自分をどう大事にして動いていたのかを考えることが多かったので、みなさんの話も聞きたいなと思いました」
それに対してある参加者から、数々の意見が飛び込む。作品のなかで自殺をしたキャラクターが出てきたことに対して、「その自殺は自分を大事にするためだったのかもしれない?」という意見が述べられる。問いが問いを呼び、議論はそれぞれの個人的な体験へとおよんでいった。
たとえば「自分を大事にするとき、みなさんはどうしてますか?」という問いにたいして、幡野は「自分だけでは大事にしきれないから、他人の力を借りようとしている」と正直な言葉を述べる。また、一人暮らしをしているなかで、生活の確固たる軸をもつことと、自分を甘やかすことのバランスが大事だと感じる参加者もいた。栄養のある規則正しい食事がとれるように生活を設計することと、ジャンクフードが食べたくなる自分を許すことは、相反するようでいながら、どちらも自分を大事にするために重要だという。
このように、作品を起点とした問いの掛け合いはとどまることなく、予定時間をオーバーしてもなお、つづいていった。作品をベースにしたオープンな哲学対話は、参加者それぞれがもっている哲学とその背景にある生活と、作家がつくりあげた作品の間を往復しながら進む。その道のりは答えに到達することは決してないが、参加者は確実に自分の考えを言語化し、それぞれの「哲学」を実行していた。
鑑賞した作品から人が気づきを得ることができるのは、そこに自分がもたない世界への視点があるからだ。その視点を持ち寄ることで、クリエイターが意図した以上の問いがそこから生まれる。哲学対話という試みのなかで複数人が作品鑑賞と生活をかけ合わせることで、世界をより自分ごととして捉えられる機会に作品は昇華されていくのだ。
「hesheit」ウィスット ポンニミット
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