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チラシ/フライヤー/ビラって同じものってことであってますか?

インターネットの時代になって久しい。劇団が観客にリーチする方法も時代とともに変化してきた。小生が10代~20代になるにかけて、短期間でいろいろな手段が入れ替わり立ち替わった。00年代のころだろうか。まだ舞台芸術に興味すら抱いていなかったけれども、インターネットコミュニティなるものが流行し、名詞として覚えているのは、ぱどタウンやmixiだ。学校によっては、入学前からこうした場を通じて予め知り合う人もいたようだ。自己表現の場もあった。ブログは少しハードルが高かったような気がするが、DECOLOGをやっているギャルや、魔法のiらんどやハムスター島で自分たちのHPを自主的に作っている部活勢もいた。これらをキッカケに交際に発展するなんていうティーンもいただろう。すべてガラケーの文化である。学生劇団でさえも、無料のツールでHPを作っていて、それが更新されないまま未だに残っているところも少なくない。たまに老舗の劇団がかなり古いデザインのウェブサイトを運用していることもある。ノスタルジーを感じるようなことはあまりないけれども。

そして、スマートフォンが普及しはじめて若者たちのほとんどがデジタル・ネイティブになった頃、ツイッターをはじめとしたSNSが大流行する。とにかく宣伝担当の仕事は、SNSアカウントの作成・更新。まったく難しいことではない。演劇界はツイッターがお好きなようだが、実際はどうだろう。インスタグラムやTikTok、あえてYouTubeを加えてみてもいいけれども、それぞれ向き不向きがあるようだ。

情報を伝えることについても、真剣に考えなければならない。それで、今回『お國と五平』のチラシの話である。できればちゃんとアンケートなどを実施して、広範囲にデータをを取ってみたいけれども、このテキストがそういう取り組みのキッカケになってくれればいいと思う。

数年前、ある劇場職員が「今の若者はチラシで情報収集しているのだろうか。これにはどれくらいの意味・効果があるのだろうか」と問うていた。「演劇のチラシに意味はあるのか」。個人的には考えているところがある。小生はもうほとんど演劇自体を観に行かなくなってしまっているので、サンプルとしてはかなり特例かもしれない。それでも、論理的に問題だと感じる部分がある。そこで、数年間「ぼんやりと考えていたこと」を「ちゃんと考える」に移行し、「実験してみる」に至った。

2020年にはじまったコロナ禍。これはチラシも変えた。掲載しなければならない情報が増えたのである。いったんこれを「コロナ・エクスキューズ」と呼んでおこう。制作や団体によって微妙な変化はあるとはいえ、ほとんどのチラシでこれに関連するテキストがある。今後、何かある度に制作スタッフが載せるべきだ、載せておいたほうがいい、載せておいたほうが安心だ、と考える情報は増えていくだろう。さらに助成金を取った公演事業になった場合、助成団体のロゴや情報も掲載する必要が出てくる。

ところで、物理世界に存在する、紙媒体のチラシに掲載できる情報には限度がある。そこで、デザイナーたちは否応なしに文字を小さくすることになる。

情報が増える。しかし、チラシのサイズには限度がある。そして、どんどん文字が小さくなる。もし、紙媒体のチラシで情報を収集するのが高齢者層だとするなら、その多くが視力の衰えを感じるなかで、暗い客席で小さい文字を読ませるという拷問が開演前の劇場で起きている可能性がある。その一方で、若年層はSNSで情報を収集しているとするなら、彼らにとってチラシは「情報を伝える」という役割よりも、団体の雰囲気を確かめる、二次的な役割しか今はもう持っていないのではないだろうか。

拷問か、雰囲気か。いずれにせよ、チラシの作成にかかるコストに見合ったものか改めて検討する必要がある。言うまでもないが、情報が増えると校正にかかる時間も増える。「規定のロゴが2ミリ小さい」という指摘を受けたりする(実話)。間違ったまま印刷してしまったら、何千部というチラシにシールで修正するか、倍の印刷費用をかけるかしなければならない。

コスパ大好き世代なのであれば、紙のチラシのこういうコストについても改めて考えるべきである。無駄な労力をできるだけ省いて、よりクリエイティヴなことにかける時間を増やせるように工夫するべきである。というわけで、こんな方針を制作と宣伝美術デザイン担当に持ちかけてみた。

今回の方針:すべての正確な情報を伝えることを放棄

 これまで小生は、ふつうの考え方として

(1)正確に情報を伝える

(2)それでいて目を惹くデザインを演出する

という二つの目的を両立させることを目指したかったが、それに無理があるような気がしきた。お金をかけて、なにもかもいい感じにできるようなスーパーデザイナーを雇えば解決するのかもしれないが、それは無理である。

ならば、形式的変革を試みることにした。といっても、かなり単純な思考/嗜好である。シンプルに全振りし、スペックの低いスマホでも二本指で拡大しなくてもいいようなものにしてはどうか。そして、使い回すことを前提としたデザインをはじめに作る。あとは公演に応じて情報を差し替えるだけでいい。

それで、表面が以下のようなものになった。


そして、裏面がこれである。

読ませる気ゼロでよいと、デザイナーには明言した。なぜなら、ほかの公演チラシも読ませる気があるとは到底思えないからである。次のチラシは、QRコードのみになるだろう。小生はシンプルなものが好きだ。いや、貧困のせいで、シンプルにやらざるを得ないといったほうが正しいのかもしれない。金さえあれば解決するような問題で世の中はあふれかえっている。問題に出会ったときに、金で解決できる問題ならば、それは後回しでいい。若いうちに取り組まねばならないことの一つは、金で解決できるようでいて、金では解決できない問題を見つけだし、思案することである。

今回、考えていたことの一つを、実践することができたので反応を見たい。そもそもダサいし、検討外れだというのなら、そういう声もぜひ聞きたい。問いかけてみずにはいられない性分だし、問いかけとはすべて、応答を求めてのものだ。他団体のチラシをあげつらってディスったりするのは、心優しい小生にはさすがに気が引けるので、議論の種にでもなればいいと思う。

2022年10月
劇団なかゆび 神田真直

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