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【トークレポート】メニコン シアターAoi 芸術監督トークシリーズ 2024 演劇「うさぎの喘ギ『いみいみ』+トークセッション(テーマ: フェミニズム)」

メニコン シアターAoiの山口茜芸術監督の企画として、大阪のカンパニー「うさぎの喘ギ」の泉宗良が作・演出した一人芝居『いみいみ』と芸術監督トークシリーズが併せて公演された。泉は今回、オーディションで選ばれた名古屋の俳優・夏目みほ(総合劇集団俳優館)と『いみいみ』を再創作。トークセッションにはホストの山口、作者の泉に加え、フェミニズムをテーマにした漫画『わたしたちは無痛恋愛がしたい』を好評連載中の瀧波ユカリがゲストとして参加した。

(取材・文: 小島祐美子、写真: 羽鳥直志)



創作・再創作のプロセス

約60分の『いみいみ』は全編「同語反復(トートロジー)」によって構成されている。「私は私」「女は女」「また感じる、あの眼差し  は  また感じる、あの眼差し」というように、同じ言葉やフレーズを2度繰り返しながら展開。序盤は手法そのものが目立つが、劇が進むにつれて主人公である女性の社会的立場が浮き彫りになっていく。

「役割を強いられること、客体化されること、弱者という側に置かれていること、意識していなくてもその状態にあることという、日本の若い女性の現在地が、言葉と身体によって舞台の上に置かれていると読み取りました」(瀧波)


トークゲスト: 瀧波ユカリ(漫画家)

しかし『いみいみ』は2021年3月の初演では一人芝居ではなく、主題としてフェミニズムを扱おうという意識はなかったと泉は言う。その後、うさぎの喘ギの俳優が女性2人となり、各俳優と再創作。当時、泉も俳優たちもフェミニズムへの関心が高まっており、同年10月、女性一人芝居バージョンをWキャストで上演した。2023年には男性版、ダンサー版を発表。山口が観劇したのはこの年で「ものすごくフェミニズムの作品だと、まさに意味づけしてしまった」と語り、今回の企画につながった。泉には約3年を経ての再創作。いちばん苦慮したのは終幕のセリフだったという。

「『世界は世界』というセリフが世界を肯定しているように見えるのは問題じゃないかと感じ始めて。この作品は一人の女性がフェミニズムの必要に目覚め、見られる側から自分の目で物事を見る姿勢へと変わっていく作品ですが、世界の方は何も変わっていなくて、この作品がそういった女性差別を生んでいる社会構造、社会の側の問題に十分アプローチできたかも不確かなのに、肯定的なメッセージが出過ぎるのは危ういなと。俳優には世界に挑んでいく女性に見えるよう発してほしいと伝えました」(泉)


『いみいみ』上演写真(劇場客席で演じる出演の夏目みほ)


男性が、女性の身体を使って、女性の話をする“ねじれ”

泉が自覚的にフェミニズムの視点を取り入れたことを受け、瀧波は男性の作者が女性の俳優を使って女性の話を作ることに至った経緯を尋ねた。泉は抵抗感はあったこと、生理など女性特有の現象について俳優の指摘で書き直したことなど振り返ったが、同時に彼自身のアルバイト経験を通じて考えたこと、感じたことも反映されていると説明。また男女平等とは別に、作家と俳優の関係という問題もあり、泉と山口それぞれが補足した。

「終盤に客席へ降りて話すシーンの女性は、主人公ではなく俳優自身で、メタ構造になっています。そうしたのは、男性が書いて演出したことで出現している場所から女性が逃走するシーンを作らなければいけないという気持ちがあったから。主人公が彼氏と対峙し、彼の部屋から立ち去るシーンと、男性の劇作家・演出家に支配されている空間から女性の俳優が抜け出すことを重ね合わせるシーンを作らないと、全体がウソになってしまう気がした。そこには男性作家として『これで勘弁してくれ』みたいな気持ちもある。その関係性に触れずに無責任に女性の話を書くことは僕の中で考えられなかったので、このシーンを一つのケジメとしました」(泉)

「俳優2人がきちんとフェミニズムを考えている人だったのも大きい。うさぎの喘ギが3人でやっていくことになった時、泉さんは汲み取ったと思うんです。自分が主体的に書けるものを書くのではなく、敢えて彼女たちの話を書くんだと。あの2人でなければこの作品は生まれなかったかもしれないと思うほど彼女たちの存在は大きかったという印象があります」(山口)

それでも瀧波は改めて、男性を主人公にして同じ主題を扱う選択肢はなかったのかと問う。「男性側の一種のあがきは伝わってくる。でも主人公を男性にすれば、ねじれは解消されるのでは?」と。泉はカンパニーの所属俳優が女性2人だったという現実問題も吐露しつつ、多人数による男性主体の再創作も構想にあると話した。

男女それぞれの生理現象と描写への疑問

瀧波からさらに踏み込んだ質問が飛ぶ。それは主人公と彼氏の性行為に関して。

「生理について『トイレットペーパーに赤黒い…』という表現はあったけれど、口淫をした時に精液には触れられないなと思ったんですね。それは何故か。男性は自分の精液に興味がないから見ない。でも女性は口でさせられた時、精液を飲むのか出すのか、その前にティッシュを使うのか考える。でも、その描写はなかった。この芝居を女性が作ったら、精液をどうするのか出てくるだろうと思ったんです」(瀧波)

泉は俳優と意見を交わし、口淫あるいは性交の有無を観客の想像に託したと回顧。対して山口は、受け身である人間は受け身である自覚がないことを踏まえ、主人公は受け身であることに気づいたと見て作品に入り込んだが、性行為が曖昧に終わったところで現実に引き戻されたと語った。瀧波も山口も、受け身にならざるを得ない主人公=女性の立場を明確に表せる場面だったと思うのに、回避されたことで不満が生じたのだろう。性行為で男性が受け身になる展開は少ないだけに、より意図を示すべきだったと泉自身も感じた様子。

『いみいみ』作・演出の泉宗良


『いみいみ』は女性の一人芝居になった際、俳優の意見が積極的に反映された経緯があり、泉の他の作品とは性質が若干違うという。山口が「女性側に正解があると考えた?」と問うと、女性である俳優の意見は聞くけれど丸投げになってしまわないようにも気をつけたと泉。瀧波からは「当事者だから持つ怒り、あるいは怒りまでいかなくてもモヤモヤしたものを抱えることについてはどう考えたのか」といった質問があり、泉はこう答えた。

「僕自身が男性として女性を性的に“まなざす”ことについて考えなきゃいけないと思っている面が『いみいみ』にはある。まなざしはキーワードで、この作品は男性の罪悪感を出発点に書かれているんです。加害するかもしれない男性側で生きてきた私の当事者性が色濃い中、女性俳優との対話を通じて台本を修正していったので、すごく女性の立場になって書いたかと言われたら、そうじゃない側面はあるかもしれません」(泉)

この発言に対して瀧波も山口も、女性が作るものに寄せても仕方がないこと、女性の立場になって書いてほしいわけではないことを強調。

「男性として、というか、自分として書く。目の前に生理で性交ができない恋人がいて、もう我慢できないから口でしてもらうことについて自分はどう考えるのか。その時に自分は何をしているのか。そこを突き詰めていく、その描写の解像度を上げていくと、どうなるんだろうなと思います。女性の気持ちを考えても仕方がない。相手の気持ちなんか絶対わからないとしたら何を書くのか、そこですよね」(山口)


企画・トークホストの山口茜(メニコン シアターAoi芸術監督)


性交の描写を巡る議論はピンポイント過ぎるのではないかと戸惑ったが、フェミニズムを考える上では極めて重要だから瀧波も山口も追及したのだと気づく。フェミニズムを阻む原因は、恋愛関係や夫婦関係といった卑近で閉鎖的な場面に潜んでいるのだ。それは後半のトークでもつまびらかになっていく。


男性の透明性、男性の本心に対する、女性のジレンマ

主人公が彼氏や同僚と会話する際、男性は相手が女性の場合「女性」として扱い、人と人というフラットな関係の欠如した日常が明らかになる。泉は漠然とモヤモヤしていたことが具現化されたんだろうと言い、瀧波は男性自身がそこに気づいた点は興味深いと語る。山口と瀧波は40代、泉は20代。女性2人は世代の差異にも言及した。

「私の知り合いに、夫の暴力性みたいなものを愚痴りながらも絶対に離婚しない人がいる。それはどういうことかというと、受け入れているんだと思います。女性はお金がないから、社会構造的にお金をもらえないから、お金をもらえる男性に持ってきてもらわないといけないから、お金に価値があると思っているから、暴力を受けても痛くても、それも“込み”になってしまっている。この芝居を観た時、何が悪いのか女性でもわからない可能性はありますよね。『守ってくれる優しい彼氏じゃん、しかも会社勤めじゃん!』と。コンビニで働いている私が会社勤めの人と結婚する、その格差を誇らしく思ってしまう。でも私は『この格差ヤバイよ、結婚した後どうなるの!?』という気持ちになる」(山口)

「今の男の子はどうなのかな。彼女が生理の時に口でしてもらう、あのシーンもやっぱり男性が見えないから、男性がどう思っているのかすごく気になる」(瀧波)

泉は「持て余した、彼、私、わたしたち」というセリフから、男女ともに持て余している状態を想像していたという。瀧波は持て余しているものを「欲」と置き換え、質問を続けた。

「気になったのは、欲をいかにして行使するかという感情の部分。持て余している時、男性は性行為を無邪気に求めているのか、申し訳なさを抱いているのか、愛情の形だと思っているのか。わからないから女性には書くのが難しい。でも男性は心当たりのある感情を引っ張ってくることができるんじゃないかと。女性から見えない、想像するしかできないところを男性には書いてほしい。男の人って聞いても答えないじゃないですか」(瀧波)

ここで山口は男性の性欲と女性の出産を並べて考えてみる。それを乗り切る苦しみは両者とも知り得ないが、性欲が原因で人生を棒に振る男性がいることの特異性を指摘。かたや瀧波は、結婚すると性交渉が途絶えていく男女関係、性犯罪において女性側が危機管理を求められる実態などを挙げ、男性の性欲に対して女性が配慮を強いられる社会体質に異議を唱えた。そして山口の夫婦間の出来事からディスコミュニケーションの問題が浮かび上がる。

家族で外出中、山口の夫が子どもを抱いて疲れ気味だった時のこと。彼女は見知らぬ男性に声をかけて席をズレてもらい、並んで座れる場所を確保した。しかし夫の顔を見ると不機嫌で、不必要なことをしたと山口は悟る。これに泉は「言語化は難しいけど感覚はわかる」と言う。男性はコミュニケーションより我慢で乗り越えたり、やり過ごしたりすることがあるようだ。ここで瀧波が嘆く。

「我慢すれば済む感覚は、彼女が生理の時には発揮されない。男性は我慢する/しないのシーンを分けていますよね。彼女に対して我慢しないのは、対等に見ていないから」(瀧波)


トークゲスト: 瀧波ユカリ(漫画家)


トーク終盤、創作の原動力に話題が移る。瀧波は『いみいみ』の出発点に罪悪感があったとしても泉自身の痛みを感じるところはなかったという。彼女は泉に、今後どんな感情が作品になり得るか尋ねた。

「誰もやったことのない創作、表現を突き詰めたい想いはずっとあります。あとは『寂しさ』というのか…。僕は資本主義社会にめちゃくちゃ疲れていて、近年ずっと作品の原動力にしている気がします。現代ではとにかく『今』を求められる。その今を突き詰めていくと『僕』しかいないんじゃないかと、すごく寂しく思うんです」(泉)

続けて『睡眠のパフォーマンス(実演)』という自作を紹介。舞台上で本当に寝ることで睡眠にさえ必死に取り組む現代人を示し、観客と共有したそうだ。泉の寂しさとは「生き急ぐ中で、どんどん独りぼっちになっていく感覚」。そこで瀧波は「腑に落ちた」と言い、「言葉を反復する表現方法は、追い立てられるように働くこととすごくマッチしていた。反復によって訴えかけてくる内容がシーン毎に違うのも良かったし、コンビニで口からペラペラ出てきてしまう『年齢確認お願いします』といったセリフも反復の中で虚しさとして伝わってきた。資本主義の話を聞いて、そこは泉さんのカラーが出ていたと感じます」と称えた。

最後に観客との質疑応答も行われた。ある女性は「男性が自分の気持ちを語らないことには同感で、それを聞けたら面白いと思う」と言う半面、「男性が本当の心情を語った時、共感を得られるのか、面白いものになるのかとも思う。女性の心情は時代的に共感を得やすいけれど……」と、その難しさを口にした。それを聞いて泉がこんな発言でしめた。

「女性の想いのほうが共感を得やすいのは、本当は解決されないといけないことだと思います。そこには、男性は論理的で女性は感情的という社会の偏見が横たわっている。男性が論理的であるのは偉いというような考えを覆し、男性側もその場所から降りなくてはならない。僕自身そこに挑戦していきたい。また、そもそも論理的とは何なのかという話もあります。哲学者・言語学者のリュス・イリガライは『男性の作った言語、論理で女性が語ること』を問題にしており、この作品を作るときに参考にしました。論理的とは、数ある思考法のうちの一つにすぎないのかもしれない。僕は、言語や論理そのものを疑えるような台本でフェミニズムを語る作品を作りたいと思います」(泉)

フェミニズムには社会運動のイメージも強いが、私たちの日常と密接に結びついてる。フェミニズムは女性の地位向上を目指すだけではなく、真に男女平等の社会を求める思想。ましてや多様な性自認がある現代では重要な社会課題であると痛感した。


写真右から 山口茜(メニコン シアターAoi芸術監督)、トークゲスト・瀧波ユカリ(漫画家)、泉宗良(『いみいみ』作・演出)

(取材・文: 小島祐美子、写真: 羽鳥直志)


▼登壇者プロフィール

泉宗良(『いみいみ』作・演出)
劇作家、演出家。1996年生まれ、大阪府出身。
2017年に「うさぎの喘ギ」を旗揚げ。以降、殆どの作品で作・演出を務める。
近年の作品に『はらただしさ』、『演劇RTA ハムレット』等。
心斎橋 ウイングフィールド劇場スタッフ。DIVE 大阪現代舞台芸術協会理事(2024-)。西陽〈ニシビ〉プロジェクトメンバー。

瀧波ユカリ(トークゲスト)
漫画家。1980年に札幌市に生まれ、小学生からは釧路市で育つ。日本大学芸術学部写真学科を卒業後、2004年に月刊アフタヌーンに投稿した4コマ漫画『臨死!!江古田ちゃん』が受賞し漫画家デビュー。同作はアニメ化やテレビドラマ化もされる人気作品となった。他に、実母の闘病と看取りを描き米アイズナー賞にノミネートされた実録漫画『ありがとうって言えたなら』、テレビドラマ化された恋愛コメディ漫画『モトカレマニア』、育児エッセイ『はるまき日記』など著作多数。現在は講談社のウェブマガジン「&Sofa」にてフェミニズムをテーマにした漫画『わたしたちは無痛恋愛がしたい』を連載中。コメンテーターやラジオパーソナリティとしても活動している。

山口茜(企画・トークホスト)
劇作家・演出家。龍谷大学文学部日本語日本文学科卒業後、自らでプロデュースし演劇を上演する団体、トリコ・Aプロデュースを設立。京都を拠点とし、東京・大阪などでも演劇を上演。関西では演劇ワークショップの講師などもつとめる。2007年9月〜2009年9月までの2年間文化庁新進芸術家海外留学制度研修員としてフィンランドに滞在。帰国後、活動を再開し、利賀演劇人コンクール2015に参加したメンバーでサファリ・Pを立ち上げ。2010年からは龍谷大学非常勤で講師も務める。2021年~メニコン シアターAoi芸術監督。

▼メニコン シアターAoi芸術監督トークシリーズ『いみいみ』公演概要

◼︎公演日程
2024年
10/11(金)17:00(公開ゲネプロ)
10/12(土)12:00/16:00★(★=トークセッション回)
会場: メニコン シアターAoi舞台上舞台

作・演出: 泉宗良(うさぎの喘ギ) 出演: 夏目みほ(総合劇集団俳優館)
演出助手: 村田瞳子(白いたんぽぽ) 舞台監督: 蜷川湖音(ライズ)
制作:大川智史、古川真央(合同会社syuz'gen)

トークゲスト: 瀧波ユカリ(漫画家)
企画・トークホスト: 山口茜(メニコン シアターAoi芸術監督)

主催・企画製作: 公益財団法人メニコン芸術文化記念財団

◼︎公演詳細: 
https://meniconart.or.jp/aoi_schedule/talk_imiimi/ 

▼「芸術監督トークシリーズ」について

劇場がインクルーシブな場所であるために

メニコン シアターAoiの目指す姿を「自分が主役と思える場所」と定義し、常にマイノリティに寄り添う場所でありたいと志す芸術監督の山口茜が自ら発案・企画するトークシリーズを、2024年度より始動します。
山口が掲げる劇場の目指す姿を見据え、山口が、劇場が、そして作り手・観客をはじめとして、この社会を構成する全ての人が、他者に寄り添い、インクルーシブであるために考えるべきこと、知っておく必要があることを、共に学ぶためのトークシリーズです。
各回、映画もしくは演劇の作品鑑賞とその後のトークセッションをワンセットでご覧いただきます。トークについては、作品に関係する様々な要素から、トークホストも務める山口が、劇場がインクルーシブであるために考えを深めたいテーマを選び、各作品のクリエーターに加えて、そのテーマに知見を有するゲストを招き、山口が来場者とともに学ぶことのできる場づくりを行います。
トークセッションの内容は社会的な共有知と考え、後日レポート記事をWEB上で公開し、インクルーシブな劇場、そして社会が実現に繋がることを目指します。

https://meniconart.or.jp/aoi_schedule/talk_imiimi/


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