見出し画像

仕送り、選挙、事故、万年筆

・同居人の家族から仕送りをいただいた。物理的な喜びはもちろんのこと、他人だった(である)自分に対してこうした形で心を開いていただけたのが嬉しい。


・社会の末端にいる自分がこの絶望的な政治状況に対してどのような接し方ができるのだろうと考えたとき、「選挙」しかないという事実は、最後の望みであり、より私の絶望を加速させるだけだと気づいた。


・どうしてみんな自信をもって車を運転できるのだろう。かつて教習所で「自分が事故を起こしてしまうかもしれないと不安に思う方はいますか?」と教官に挙手を促された際、自分含めて数人しか手が挙がらなかったときからこの疑問は続いている。先日ついに物損事故を起こしてしまったが、「なんで自分が…」ではなく「とうとうか」という気持ちのほうが強かった。何より、不注意や漫然運転ではなく、ただの「運転技術の無さ」が原因の事故であったのが何よりしんどい。


・同居人に婚約指輪を渡し、返礼品として万年筆をもらった。これは儀式にすぎない。でも、儀式でしか得られない喜びというものだって、ある。とても嬉しくて、最近は手書きばかりの日々。


・最近の出来事を列挙すると、「プラマイゼロかよ」、と思う。悲しいこともたくさん起こるが、嬉しいことだって同じくらい起きている。人生はうまくできているなと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?