その時自分史が動いた__4_

今の自分の生き方、子供に胸を張れる?娘のロールモデルでいるために選んだ道と、その裏に潜む葛藤と現実とは。#6.マリエラ(コスタリカ)

#その時自分史が動いた は、私たち夫婦が世界一周をしながら現地の人々に突撃取材をし、彼ら彼女らの語る人生ストーリーと私たちの視点を織り交ぜながらお伝えしていくシリーズです。(背景はこちら

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「ロボットのような気分でした。同じ時間に起きて、出社して、帰宅して。自分が"成功"できるということを自分で証明したくて、でも、その価値を認めてもらえなくて、苛立ってて。

ついに何かが切れそうになった時、ふと自分に問いかけたんですよね。
私、こんな生き方を娘に見せてていいのかな。
こんな生き方を一生続ける気なのかな。
少しでも世界に貢献できているのかな。って。」

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コスタリカの首都、サンホゼ市内のカフェで待ち合わせをしたマリエラは、私たちの友人の友人の友人の友人(笑)。遠いつながりなにも関わらず時間を取ってくれた彼女は、私たちのプロジェクトの話をしたらワクワクしてくれ、「私の話も、ピッタリだと思う!」と喜んで話をし始めた。

良い大学に入って、良い会社に入って、家族がいる(もしくはその予定がある)方へ。
現在35歳のマリエラもつい2年前まではそんな人生だったのだが、今は全く別の道を歩んでいる。その裏に潜んでいる葛藤や悩みも含めて、この記事が少しでも参考になれば嬉しい。

「好きなことを仕事にせよ」だけだと上手く行かない。という彼女の経験も、新しい視点と気づきを与えてくれた。

iOS の画像 (21)

16歳で決めないといけない人生設計

「『幸せになるための方程式』は、大学に行って、良い仕事に就いて、上司の言うことを聞いて、最大限の努力をし続けて、成功して、結婚して、子供を産むこと。
私は、小さい頃から、両親にそのように教わってきました。そのチェックリストさえちゃんとクリアできれば、幸せになれるんだ、と。

高校から大学への進路を決める16歳のとき。私は、そんな両親のもとに生まれたので、国立大学に入る道しか与えられていないようなものでした。国内に4つしかないトップレベルの大学なので当然競争も激しいのですが、とにかく、家族のために、何が何でも合格を勝ち取らないといけませんでした。

受験の結果…国立大学に無事進めることが決まりました。
ただし、合格した専攻は、自分が興味をもっていた心理学科ではなく、経営学科。
正直に言ってビジネスには興味がなかった。けれど、父親から、いかにたくさんの機会に恵まれるか、いかに輝かしい未来が待っているかということを語られて(彼自身も同じ大学出身でした)、そのプレッシャーに打ち勝つことはできませんでした。

そうして始まった、経営学科での大学生活。
でも、授業でマーケティングを勉強したときに、思いのほかすごく楽しくてびっくりしたんです(笑)
今考えると、マーケティングと心理学ってとても似ているんですよ。人がどう感じて、どう行動するか、みたいなテーマなので。とにかく、そのまま、ビジネスやマーケティングの世界にまっしぐらに進んでいき、卒業後はグローバルIT企業に就職しました。」

崖っぷちに追い込まれた「No」という一言

「そこでは、プロジェクトマネージャーとして8年間働きました。仕事は得意な方だったと思います。プレッシャーのある状態でやり抜くのも好きだったし、色んな文化の人たちと切磋琢磨するのも楽しかった。でも、この最後の数年間、なんだか不完全な気持ちになりはじめていました。

特に、米系のグローバル企業に転職してからが転機でした。
入った直後に、もともと約束されていた役職からいきなり昇進を言い渡されました。でも蓋を開けてみたら、責任範囲がものすごく大きくなるにも関わらず、報酬額はそれには見合わないものだった。しかも、新人の育成も任されたのですが、なんとその彼のほうが私よりも多く稼いでいたんです…!
(ちなみにいまだにその理由は不透明のままなのですが、おそらく彼が男性で、私は違ったからなんじゃないかなと…。)

とにかく、間違ってる。そう思って、上司に相談しに行きました。そしたら彼女は激怒。『あなたはそもそもまだ力不足なのよ』と、そもそも私が希望した仕事でもないのに批判されたんです…。
それでも、私は、それまでの30年間ずっと教え込まれてきたことをやるしかありませんでした。『努力』です。成功するために、認められるために、私が頑張らなきゃと思ったんです。
死に物狂いで働きました。朝は早く夜は遅かったため、まだ小さかった娘に、丸一日会うことなく過ごす日もありました。
すごく辛かったですよ。辛かったけど、私はできるんだ、もっと認められるべきなんだ、ということを見せたかったんです。

そして1年後。もう一度上司のところにいきました。一年間頑張って自分の実力を見せてきたので、認めれてもらえますよね、って。
そうしたら、彼女はキッパリと『No』という一言を放ったんです。

もうその瞬間、何かが破裂しましたね。
憂鬱で、無力で、弱くて。怒りと苛立ちと悲しみが一気に襲ってきました。
でも、そのありとあらゆる感情の爆発によって、一つ気づいたことがあったんですよ。
『あ、私今、幸せじゃないんだ』って。

それでふと自分に問いかけたんですよね。
私、こんな生き方を娘に見せてていいのかな。女性のロールモデルとして、『仕事が辛いのは当たり前』だって思わせているんじゃないだろうか。
こんな生き方を一生続ける気なのかな。
少しでも世界に貢献できているのかな。私が今世の中に貢献できていることって何なんだろうか・・・。

それで決心がついたんです。辞めないといけないって。」


ただの趣味で終わるはずだったアイデア

「辞めようと思えた理由の一つには、仕事の合間に温めていたプロジェクトの存在がありました。
話を数年前に巻き戻すのですが、アメリカを訪れていた時に、『エアーフライヤー』(※日本ではノンフライヤーと呼ばれることもある)の存在を初めて知りました。油じゃなくて空気で揚げ物を作るための調理器具なのですが、『健康に良くて、簡単で、かつ早い』という、世の中のお母さんの味方のようなもので。帰宅するや否や夫に『これ絶対に欲しい』と言ったんです。

ただ実際に購入して調理してみたら、大惨事。ものすごくまずかった(笑)
でもそこで捨てるわけにはいかないと、必死に色々とリサーチを重ねてみたんですが、全てアメリカの英語のコンテンツだったんですよ(※コスタリカの主要言語はスペイン語)。きっと私のような立場の人は他にもいるはずだ…と思って、スペイン語で情報交換ができるようなグループをフェイスブックで作りました。記念すべき初期メンバーは、夫と、弟と、私でした(笑)

徐々に情報が溜まっていって、いつの間にか専門家のような立場になっていくにつれて、グループも大きくなっていきました。誰かがどこかで広めてくれて、一晩でフォロワーが10から1000に増えたこともありましたね。すると、グループに広告を載せさせてほしいという問い合わせが来るようになったんです。
その時ですね、もしかしたらこれってビジネスになりえるのかもということに初めて気づいたのは。だって、もともとは趣味でしかなかったから、まさかこんな形で発展するとは思っていなかったんですが。

自分がパッションをもって取り組んでいることを本格的な事業にしていく、ということにはワクワクしました。そして徐々に、料理教室をオンラインでもオフラインでも開催したり、本を3つ出版したり、雑誌やラジオに出演させてもらったり。フェイスブックグループも今は2万人以上のフォロワーがいます。

それがあったからこそ、2019年の10月、会社を退職する決断を下すことができたわけです。

iOS の画像 (20)(フェイスブックグループを見せてくれているマリエラ)

幸せの定義を見直すときがきた

「私は、『幸せ』が明確に定義されていた環境で生まれ育ちました。
だからこそ、結婚当初、夫に対しても『成功する唯一の方法は、会社で働くことだと思う』と言ったことがありました。それに対して彼は、ずっと、自分で事業をすることにこだわり続けてきたタイプなんです。そして、長年の努力の結果、今はそれが実っています。彼の成功を横で見ていたことにより、企業に就職する以外にもやり方はあるんだなという気づきを得られたんだと思います。

また、父親の影響も大きいです。
彼はもともと貧しい家庭で育ったので、大学に入るのにとても苦労したそう。そしてやっとの思いで就職した会社に、25年間も勤め上げた。彼にとっては、そこで出世することが「成功」であり、だからこそ、私にも同じような期待をしていたのだろうなと。
でも、そんな父が、5年前に会社をクビになりました。すごくしんどかったと思います。なのに、諦めなかった。文句ひとつ言わず、独立して、自分の農業事業を立ち上げました。大企業の部長をつとめていた父が、自分の手で土を掘って、グリーンハウスを作っている姿を見て、気づいたことがあったんです:昔より、幸せそうだったんです

そんなこともあり、私が会社を辞める報告をしたとき、両親の反応は驚くくらいポジティブでした。昔は、あんなに厳しかったのに。時代が変わってきているんだなと感じます。私たちの世代って、もう親に勧められた道は機能しないって気づき始めていると思うんです。人生って、もっと色々あるんじゃないかって。

***

自分の「成功」という定義から解放されて、幸せを選ぶことを決めたマリエラは、会社を辞めてまだ数カ月。今、どんな心境なのだろうか?

でも、
ハッピーな道を選びさえすればいいわけじゃない。

「今の私の心境ね…正直、色んな感情が混ざり合ってます。時たま、ものすごい恐怖心が襲ってくるんですよ。何やってんだ私!なんで会社辞めちゃったんだ!って。『お前馬鹿だな』って周りに言われまくることにも、耐えないといけないし。でも、時には、この上ないくらい幸せな気持ちもなります。

やっぱり、簡単じゃないんだなってことを今思い知らされています。
私はプロのシェフじゃないし、コスタリカ事態の経済もよくないし、そもそもエアーフライヤーのビジネスでグローバル企業のお給料を超えるなんて、難しいんですよね。
なので、実は今、夫の広告会社のパートナーとしての仕事も同時に務めていますし、これから自分自身のマーケティング会社を立ち上げる準備もしているんです。

私が会社を辞めるべきか迷っていた時、夫にもらったアドバイスがあります。「(キャリアチェンジをすることによって)ストレスの原因をすり替えているだけだと意味がないぞ」というものです。つまり、企業勤めであることのストレスから解放されるために、今度は経済的に不安定だというストレスを新たに抱えることになってはいけない、ということ。なので、退職金がいくらになるかちゃんと事前に確認して、「それだったらしばらくはホームレスになることはないだろう」という安心感を得られてから、退職願を出しました。
友達の中には、自分の夢を追いかけて、結果として家族や家計を守り切れないということに気づき、今また企業勤めに戻ったという人もいます。幸せな道を選ぶためには、しっかりと考える必要もあるんです。

誰にだって、世界を少しずつ良い場所にすることができる

自分のコアバリューのひとつになっている考え方は、「自分にも世界をよくすることができると信じる」というものです。医者や消防士である必要はないし、世界平和に取り組んでいなくても良いんですよ。

そもそも私がこの仕事を始めたキッカケなんて、料理が大好きだし、家族にヘルシーな料理を食べさせたいし、効率よく作れるのであればなお嬉しいから。だからこそ、エアーフライヤーは私にとって最高の答えであり、それを趣味としてフェイスブックグループで広めようとしただけだったんです。

でも、忙しいママたちから、「救われた」「おいしい料理を作れるようになった」「生活が楽になった」という言葉をもらうと、心が満たされます。
世界規模の課題は解決できていないかもしれないけれど、ほんの少し、世界をよくすることができているんじゃないかなって。

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編集後記

「好きを仕事にしろ」という言葉は、最近聞きすぎて麻痺しはじめてしまっている人もいるかもしれない。でも、マリエラの話を聞いて、ただ好きなことを仕事にしたら楽しいよねっていう、そんな単純なことじゃないんだということに改めて気づかせてくれた気がする。

一つは、私たち大人の体には、「幸せとはこういうことだ」という一方的かつ狭い定義がデフォルトで組み込まれてしまっているので、自分自身で一歩下がって問いかける視点をもたないと変えることができないということ。

二つ目は、自分自身が幸せかどうかという問題だけじゃなく、自分の子供に対して、幸せは自分で選択できるものなんだという発想を持たせてあげられるかどうか、ということ。

三つ目は、自分にとって幸せな道を選ぶことはそれなりの決意と覚悟が必要だということと、場合によってはそれを選ぶことによってほかの大切な何かが犠牲になってしまうかもしれないということをしっかりと認識すること。

自分自身が自ら「幸せ」になれる道を選び、そしてそのために悩んで苦労しているマリエラの姿は、彼女の娘さんにとってだけでなく、多くの人にとって素晴らしいロールモデルだと思う。

ターニングポイントから学べること

マリエラのターニングポイントは、二つある。

一つは、社会人8年目にして経験した「認められない」という悔しさ。
すごいのは、そんな屈辱を経験してもなお、屈することなく自分を信じ切った力。ここで、「仕方ない。給料は上がらないけど頑張り続けるしかない」と、背中を丸めて諦めていたら、今の彼女はいない。

そしてもう一つが、フェイスブックグループを立ち上げたとき。その時は、ターニングポイントになるなんて全く想像していなくて、ただ単に、誰かのためになるかもしれないからという気軽な気持ちで始めた。小さいことでもいいから世界を変えられるんだよ、という彼女のメッセージにも通じるのかもしれない。何事もまずは、やりたいと思ったこと、気になったこと、好きなことを小さくやってみるのが良いのだろう。

それでいうと、私たちのこのプロジェクトなんてまさにそうだ…
こんなことやりたい!誰かのためになるかもしれない!そんな私たちの想いを、マリエラは全力で応援してくれた。「きっとうまくいくと信じている。何かできることがあったらいつでも言ってね」と最後ハグをしてくれた。
ありがとう、マリエラ!


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