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New Zealandがくれた宝もの 18 Fantail ファンテイル

18 Fantail ファンテイル

 朝、荷造りをしているとロッジの部屋の前に車が止った。
グラハムだった。
彼はたしか昨日、ウェリントンから戻って来ていたはずである。
「昨日も来てみたんだが、いなかったので。」グラハムは言った。
「申し分けない、ワイタハヌイへ行ってたんですよー。」私は答えた。
「ほう、で釣れたのか?」
「それが、5ポンドの銀ピカのレインボウが釣れて、、、、。」
「そりゃあ、たいしたもんだ。」グラハムの顔がほころんだ。
「それから、シンイチがウィティカウプールでも釣ったんです。あ、それはそうと、あれからイロイロと大変だったんですよー。車は壊れるし、、、。」と、もういちいち英語で説明するのがもどかしく、身振り、手振りをまじえ、今までの出来事を興奮ぎみに話した。
グラハムに話したいことは山ほどあるのだ。
「今日は一日、庭仕事をしているから、出発する前に寄ってくれ。」グラハムはそう言って戻って行った。
私たちは冷凍してもらっていたトラウトを受取り、すっかり顔なじみになったロッジのオーナーとハウスクリーニングのオバちゃんにあいさつをし、ロッジを後にした。
グラハムにはいろいろお世話になったお礼と、トラウトキープ用のオバケナケツを返さなくてはならない。

 グラハムは家のまわりの小さな花壇に、土を入れていた。
どんな花を植えるのだろうか?
グラハムは作業の手を休め、私たちにお茶を淹れてくれた。
 そして一枚のお札を取り出した。
私たちにくれるという。
ニュージーランドがイギリスから独立する前の旧紙幣、1ドル札だった。エリザベス女王の肖像画が載っている。
裏を見ると尾羽をワッと扇状に広げた鳥が描かれていた。
「この鳥見た!オモリストリームで見た!」と、私は思わず声を上げた。
そうだ、オモリストリームを探してウロウロ歩き回った時に偶然見た、あの美しい鳥だったのである。
「ファンテイル。」と、グラハムは言った。
「FANTAIL」とお札にも書いてある。
あれはニュージーランドを代表する、珍しい鳥だったのだ。
「オモリストリームに行ったのか?」グラハムは感心したように言った。
行ってみたが、ぜんぜん釣れなかったことを話すと、
「あそこは、ほんのちょっと、膝したぐらい立ち込むだけでいい。ブラウンはすぐ近くの岸まで寄っているから。」と、言った。
そして私たちのことを「ベリーキーンだ。」と、言った。
意味がわからないので、スペルを教えてもらい英和辞書を引くと、「Keen-熱心な」と、ある。
誉めてくれたのだろうか?

グラハムは、
「今度ニュージーランドに来る時は、6月に来るといい。そして、ここに泊まって一緒に釣りに行こう。」と、また言ってくれた。
できることなら、ずっとこのままここでグラハムと釣りをしていたい。
が、私たちは今日のうちにツランギを発って、オークランドに行かなければならない。
明日、朝一番のフライトで日本に帰るのだ。

 グラハムに出会ってからは、あっという間に楽しい日々が過ぎてしまった。
あの日、あの時間に私たちが、いやグラハムもハイドロプールに行かなかったら、私たちは一生会うことはなかったかもしれない。
なんという偶然の巡り合わせだろうか。
 グラハムという釣り師に出会えて、私たちは本当にラッキーだった。
いろいろと教わることが多かった。
必ず、またここを訪れ、グラハムと一緒に釣りに行きたい。
私たちは心からそう願った。

 グラハムは家の外まで私たちを見送ってくれた。
「See you soon! きっと、すぐまた会おう。」と、グラハムは言った。
私たちは硬く握手をかわした。
「ナイス、カーだ。」表に止めてあったレンタカーを、グラハムは前と同じように誉めてくれた。
私たちは車に乗り込み、手を振った。
見送るグラハムのかぶっていたキャップが、一瞬の強い風に飛ばされた。
そうだ、季節はもう春。
眩しい日差しと、時折吹く強い風。
ニュージーランドはこれから、ドライフライのシーズンを迎える。

1994年10月

あとがき

 その後、ニュージーランドから戻った私たちは、かねてから計画していたフライフィッシングショップを東京四谷にオープンした。
名前は鳥のFantailからもらい、楽しいという意味をこめてFuntailにした。

 グラハムとはあれ以来、毎年のようにお宅にお邪魔し、一緒に釣りに出かけた。グラハムには会うたびに学ぶところが多い。
何度か会ううちに知ったことなのだが、トンガリロで私たちと偶然出会った時、グラハムは55才、リタイアして本格的にツランギに移り住んだばかりだった。
それまでは、サマーハウスとして休暇の際に訪れていたらしい。
なので、TVが新品で買ったばかりなのであった。
 グラハムの家は、「フィッシングロッジだよ」と本人が言っていたとうり、毎年100人近い友人が訪れている。
その名も「ツランギ ヒルトン」。
私たちも、そこにお邪魔するようになり、その居心地の良さに毎回、帰りたくないと思うものだ。

 グラハム氏の近況については、2001年7月オーシャンライフ発行「フライ&ウォーターズN0.5」の「New Zealand, Graham Hamilton's Fly Fishing Life」に掲載。
グラハムの優雅な日常生活を紹介しています。
2002年現在では、トンガリロリバーのハッチェリー(養魚研究所)のビジターセンター建設委員長に就任し、多忙な日々を送っています。
ツランギに暮らして9年余り、今ではすっかり地元の釣り人として顔が広くなっていて、釣り場やショップでもよく知られた人に。
ファンテイルHPのフィールドノートでも、毎年6~8月の記事にニュージーランドでのグラハムとの釣りが掲載されています。

 当時、フィッシングガイドをしておられたカンジ氏こと斉藤完治氏は、現在はニュージーランドでライターとして活躍しておられます。
 コーゾー氏はその後、ロトルア、ムルパラでフィッシングガイドをした後、現在は広島でカメラマンとして活躍中です。
2002年10月

2020年 追記

 初めてニュージーランドを訪れてから、早26年がたった。最初はリバーサルフィルムで撮影していたのが、2002年からはデジタルカメラに変わった。グラハムとは国際郵便で手紙をやりとりしていたが、今やEメールで連絡ができるようになり、ツランギの釣具店sporting lifeのブログでは時々、グラハムの釣果が載るようになり近況がわかるようになった。
 遠くはなれていても、コミュニケーションが取りやすい便利な時代になったが、気安く旅ができない時代にもなった。
 グラハムに初めて出会ったのが、彼が仕事をリタイアした55歳の時、奇しくも今年、私も同じ歳になった。(なんとグラハムとは同じ誕生日!)
 私もグラハムのように、豊かな釣り人生を歩んでいきたいものだと思う。


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