【め #28】視覚障害者と新しい世界に乾杯する起業家
中村 猛さん(前編)
初めて中村さんがプレゼンするスマートグラスの動画を観た時、とんでもなく興奮した。全盲の方がそれを装着することで、壁を認識し、壁を触らずに細い通路を進み、部屋の入口を確認する。何より、その本人が「すごい!」と感嘆の声を上げるのだ。居酒屋の席につけばビールを認識し、みんなで「新しい世界に乾杯」とグラスをぶつける姿を見て、視覚を失っても「どこにでもいける。なんだってできる。」感動を覚えた。
この次世代型感覚デバイス「SYNCREO(シンクレオ)」は、「目の前に何があるのかを、形、大きさ、距離を音響と振動が伝える」ことで、「視覚に代わる新しい知覚」を与えてくれる。
現在はさらに、周囲の状況だけではなく目の前の対象物の“色”まで知覚し、さらにテキストや視覚障害者用の特別なタグも読み上げてくれ、搭載されたカメラが録画もしてくれる。すなわち視覚障害者にも車のドライブレコーダーのような安心を与えてくれるわけだ。今後は生成AIも取り入れ、更なる便利が追い求められている。
そんなデバイスを開発するRaise the Flag社を創業した中村猛という人物は何者なのか、どうしても会いたくなった。
最初に「昔、車の営業をやっていました」と聞いて、正直、デバイスと同じくらい驚かされた。「よくあるDM(ダイレクトメール)営業が嫌いで嫌いで」。車メーカーのイメージやそれを反映したDMの中身を絶対に変えるなときつく言う上司に内緒で「夜中に会社に忍び込んで全部変えてやった」。その結果、「1日で何十台と売れて」社長は喜んだが、当然上司には怒られた。
「あとさき考えないんです」。ほうら、起業家の匂いがしてきた。でも「メンタル弱いっすよ。人から何か言われたら気になっちゃう。いま立っていられるのは、周囲で支えてくれる仲間がいるから」。なるほど、独善的なわけでもない。
そんな中村さんが視覚障害の課題に取り組もうと思ったきっかけを聞くと、「自分の価値って何かを模索中で、メンタルが下がっていたんです」と正直に教えてくれた。
そんな日に、商店街で看板や自転車にぶつかって間違ったお店に入りそうになる白杖を使う人が目に入ってきた。家に帰れば、視覚障害者が駅のホームから転落して亡くなるというニュースに意識が留まった。翌日には、テレビ番組で全盲の少女が「目が見えないことは不便だけれど、不幸ではない」と話す言葉が頭から離れなくなった。
「メンタルが高くてハッピーな状態で同じシーンに出くわしたら、意識しなかったかもしれない」。でも、そうじゃなかったから、自分の価値を発揮したい場所が見つかった気がした。視覚障害を取り巻く世界を調べてみると、白杖や盲導犬のみで、それらで解決できない課題には「“なんとかしないといけない”という結びの言葉が何十年続いていた」。「これに取り組まないでどうする」と、道は決まった。
もちろん「困りごとを解決したい」が前提だが、CTOの篠原さんと「(技術的に)できるんじゃない?」「いま世の中にないから、成し遂げたら儲かっちゃうんじゃない?」と軽いノリで盛り上がれる仲間がいたことも創業を後押しした。
まだ製品ができていないコンセプト段階でも、発信すれば、「将来に希望があれば前向きになれる」という当事者がたくさん出てきた。逆に「作り話だったらどうします?」と冗談めいて聞くと、「信じてますよ」と真剣に返された。「それで、力が出たし、何より自分たちも変わっていった」。
世の中にないものに挑戦するのに、当然苦労は尽きない。でも、「前向きなことしか考えないから、辛かったことはすべて忘れちゃった」。お金がないから知恵が出るし、困っていたから仲間ができた。「どんなものもなかったから、すべてはうまくいっていますよ」と笑って話された。起業家っぽい。
(後編に続く)
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