【しんけい #11】ALSを撮り続けるフォトグラファー
武本 花奈さん
武本さんの著書「これからも生きていく THIS IS ALS」の冒頭に、こうある。
武本さんは、ALS患者ではない。ALS患者を撮り続けるフォトグラファーだ。武本さんの著書には、40人近いALS患者さんのメッセージと、武本さんがファインダーを向けた先が散りばめられている。
「ALSに出会ったのは、偶然でした」。2013年に自身の脳に腫瘍が見つかり、脳に関する本を書店で探していた時に出会ったのが、ALSの当事者団体を立ち上げた藤田正裕さんの著書だった。「大変な病気なんだと実感した」。
ALSとの出会いは、書籍で終わらなかった。その直後、武本さんがSNSに上げていた普通の写真が好きだと言ってつながった人がいた。偶然にもALS患者である藤元健二さん。仲良くなり、彼の「本を出したい」という願いに一緒にチャレンジする。書籍化という願いは叶うも、藤元さんは胃がんでこの世を去った。
武本さんにとって「それがALSと縁が切れるタイミングかと思った」。しかし、他のALS患者さんにも会う中で、「本当にそれでいいのか、自分にはまだできることがあるのではないか」と思い直し、患者さんたちが紡ぎ出す言葉を聞き取り、写真を撮り続けることを「続行することにした」。「一人ではなく、もっとたくさん(の患者さんが)いることを知ってほしかった」。
しかし、「1人と40人は大きく違った」。それまでと違い、知り合った頃にはもう顔が動かずパーソナリティがわからない人もいる。そこから「話を聞かせて欲しいと言って奥まで入っていくのは大冒険だった」と武本さんは振り返る。
前述の藤元さんは気管切開をして呼吸器を付けてでも生きることを選んだが、それを付けない選択をした人もいた。ALSは高齢になってから発症する病とも言われたが、20代で発症し、結婚したばかり、子供を産んだばかりという人もいた。
話を聞けば、過去を思い出させてしまい、号泣させてしまう。武本さんも一緒に泣いたこともある。取材を申し込んでも当日に会えなくなることも普通だった。ALSの症状の一つである、気持ちのコントロールができなくなる『情動制止困難』から「ふざけるな!」と言われたり、写真撮影や掲載も後になってから断られたりと、大変な思いもした。
そんな苦労の末にできあがった著書の中で、一般社団法人日本ALS協会会長の恩田聖敬さんの写真に、以下の文章が添えられている。
「余計なことを喋れない人の言葉は、伝えることの密度が高くなる」。翻って、「自分たちは本当に伝えたいことをちゃんと伝えられているでしょうか?」武本さんに問われた。
「やる前から大変なことに挑むことはわかっていた」作業を武本さんが続けた理由は、ここにあるのではないか。ALS患者さんは「同じようなことを同じように考えていて、ただ障害があるばっかりに寝たきりなだけ」。だとしたら、そうじゃない自分はちゃんと生きているか?武本さん自身がそう気付かされたように、ALS患者さんを知ることで、「生きることを見つめ直す」きっかけを届けたかったのではないか。
しかし、そんな願いを叶えることは容易ではない。社会の中で「福祉は自分に関係ないと思いがちで、困ったときにしか関心が持てない」ために、「根本的に興味を持ってくれることが少ない」。自治体や病院や施設での写真展の話もコロナで断絶してしまった。
さらに、同じ健常者に「よくそんな人たちの傍に行けるね。自分がなっちゃうかと思うと怖くて行けない。」と言われたことも何度かある。だから、「亡くなった方の棺の写真もあったけれど、変なバイアスがかからないように(著書に)怖そうな写真は載せなかった。」と教えてくれた。
武本さんは実は、報道写真家になりたかった。世界の紛争など「みんなが気付いていないことに気付かせることをずっとやりたかった」から。でも、「アフガニスタンやエルサレムに行かなくても、目の前にあるのに気付けていないことってあるよね」と伝えたい。「それが、私にとってはALSだった」。
興味や関心が容易に高まっていかなくても、それを届けることをやめる理由にはならない。武本さんはこれからもALS患者を報道し続けるだろう。しかし、それで何かが変わるかは、常に読者である私たちが目を背けるか理解して行動を起こすか次第である。
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