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【しんけい #9】認知症研究者が問う障害への理解の広げ方

多賀 努さん


 今年5月8日、厚生労働省の研究班が発表した認知症患者数の推計が、大きく報道された。「2030年には523万人にのぼる見通し」。高齢者の14%にあたる7人に1人が認知症患者となる計算になる。しかし、認知症は高齢者に限らない。東京都健康長寿医療センター研究所が2020年に発表した有病率の推計では、65歳未満で発症する『若年性認知症』の総数も3.57万人にのぼるとされている。


 多賀さんは、その東京都健康長寿医療センター研究所で、若年性認知症の有病率を推計する調査に従事した。もともと大学では基礎心理学を専攻したが、新卒で入った都市計画の会社で「福祉のまちづくり」を担当するように言われ、福祉を学びに通った大学で「認知症予防の地域づくり」の研究に出会って以来、認知症に携わり続けてきた。

 地域の高齢者が7-8人集まってグループをつくり、認知機能の低下の抑制に役立つ生活習慣を身に付け、みんなで楽しみながら実践する『地域型認知症予防プログラム』から始まり、若年性認知症の居場所づくりのマニュアル作成、若年性認知症支援に関する先進事例の研究会や認知症の家族会の運営、さらには認知症共生社会の拠点『高島平ココからステーション』の運営など、取り組みは多岐にわたる。「認知症になっても暮らしやすい地域社会をつくる」ため、その基盤となるインフラづくりに注力してきた。



 認知症患者には、認知機能の障害という中核症状にともなって、ストレスや不安などが原因となって「怒りっぽくなる」「妄想がある」「意欲がなくなり元気が出ない」などの行動・心理症状(BPSD)が現れる。この症状は、周囲が認知症本人に対してどう接するかで出方が変わると言われる。しかしながら、周囲は「(認知症の世界を)頭では理解できても、必ずしも心理的または情緒的に理解できているとは限らない」。どういうことか。

 現在、VR(仮想現実)を通じて認知症患者に起きている世界を視覚的に体験するプログラムは存在するが、多賀さんは、認知症の当事者が体験する心理的・情緒的な場面を家族や支援者が体験することによって、「認知症でない私でもそれは怖い、孤独を感じる、焦る」など、家族や支援者が本人の不安に共感できるプログラムを開発しようとしている。

 こう問いかけられた。「例えば、全く知らない貨幣ルールに身を置かれて買い物しろと言われたら、どうしますか?とりあえずわからないから、一番大きい紙幣を出しますか?むしろ買い物が面倒で外出をやめますか?」なるほど、それが認知症患者の直面する世界なのだ。認知機能が低下して計算力が落ちると、焦って1万円を出し小銭が増えていくエピソードを聞いたことがある。「健常者であってもその世界では同じ行動をしますよね。“認知症だから”ではなく、誰だって機能が低下するなど同じ状況になれば同じ行動をする」ことを、多賀さんは理解してほしいのだ。

 「精神障害にも共通している」。誰だって、四六時中幻聴や幻覚があったり、周囲と自分の見ているものが違うと気付いたりすれば、非常にストレスを感じ、イライラするだろう。それを体験していれば、周囲も「え、なんで?」など理解のない言葉を投げることもなくなるはずだ。


 このように、多賀さんは「自分もその人と同じ体験をしたら同じ行動になることがわかれば、あらゆる人にとっての共生につながる」と考えている。
そして、認知症の当事者は、周囲が本人に対してどう接するかで症状の出方が変わる行動・心理症状(BPSD)があることも、前述したとおりだ。

 それを掛け合わせると何が見えてくるか。多賀さんは、言葉を選びながら話してくれた。「精神障害のある方が罪を犯す比率は相対的に高いかもしれない。でも、“統合失調症だからこういう問題”、“認知症だからこういう行動”と理解するのではなく、周りとの相互作用でそれが起こることを理解してほしい。それが理解されないと、認知症をはじめとする精神障害者はますます疎外を感じ、周囲との軋轢を生む行動が増え、また周囲はそういう当事者の行動を病気のせいにして無理やり治そうとするという、負の無限ループに陥ってしまう」。


 「自分もその人と同じ体験をしたら同じ行動になることがわかる」、あらゆる人にとって共生につながる、新しいプログラムってものすごく魅力的じゃないですか?

 多賀さんは、「何よりプログラムを広げるためには、マーケティングやプロダクトデザインやテクノロジーなど(従来の福祉では)徹底的に弱いところを一緒にやってくれる人を必要としている」。

 福祉の外でプロフェッショナルとしてやられている方、一緒にやりませんか?絶対面白いですよ。




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