【め #25 / みみ #20】視覚・聴覚障害者の映画鑑賞を支える技術
鈴木 久晴さん
ホラー映画として有名な『貞子』シリーズ。2013年に公開された『貞子3D2』に連動したある企画が大きな反響を呼ぶ。上映中に手元のスマホで専用アプリを起動すると、映画本編に連動して呪いのメッセージが届いたり、怖い映像が表示されるなど、360度の恐怖を感じさせると話題になった。そこで、映画本編にピタリと同期させる音響通信技術を提供した会社が、鈴木さんがCOOを務めるエヴィクサー社だった。
それを見た社外の方から予期せぬアイデアが飛ぶ。「ここまでピタリと同期できるなら、(視覚障害のある方向けに映像を説明する)音声ガイドや、(聴覚障害のある方向けに音声を届ける)字幕ガイドができるのではないか?」
「正直、バリアフリーがビジネスになるのか懐疑的だった」が、そこは「やるなら、とことんやらないと」と、エンジニア全員が視覚障害のある方を理解するため、その方の移動を支援する『同行援護』資格を取得した。音声ガイドが少しでも遅れれば興ざめしてしまうため、「そこまでやらなくてもと言われるぐらい」データ転送の遅延時間を数十msec(ミリセック、例えば25msecは0.025秒)まで縮めるため「チューニングを重ねに重ねた」。
その成果は、作品データを事前にダウンロードすると映像を説明する音声ガイドを聞くことができるアプリ『HELLO! MOVIE』や、スマートグラスをかけるとレンズに字幕が流れる『字幕メガネ』として世の中に放たれた。
2024年2月20日現在、『HELLO! MOVIE』のダウンロード数は約50万回、ガイド利用回数は約72万回、『字幕メガネ』の貸し出し回数は約2.5万回にも達している。「技術で皆さまの期待に応えられるように」頑張ったエンジニアのもとには、「目が見えないけれど、映画鑑賞が趣味なんです」なんて嬉しい声も届いた。鈴木さんは、その時の気持ちを「魂が震えるものがあった」と表現された。まだ対応できるのは邦画のみだが、今後は「ハリウッド作品なども見てもらえるようにしたい」。
ニーズは国内に留まらない。『HELLO! MOVIE』は2023年、バリアフリーのアカデミー賞とも言われる『ゼロ・プロジェクト・アワード』を受賞した。ウィーンで開催された授賞式に参加すると、多くの国から同様のニーズを感じたそう。さらに、米国では映画館によるバリアフリー対応設備導入の重い負担が課題になっており、『HELLO! MOVIE』のようなアプリが商機になる可能性も見えた。
ニーズは障害者にも留まらない。同じ仕組みは多言語展開にも利用できるため、移民が多い国など「健常者のバリアを取りに行くこともできる」。また、最近では、「バリアフリーガイドを意図的に利用する健常者も出てきた」。例えば、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』という映画では、隠し妖怪の名前をガイドだとしっかり説明してくれるために、好評を得たそう。
「障害者が、この音響通信技術のアーリーアダプター。」と、エヴィクサー社の瀧川CEOの言葉を紹介してもらった。「音声ガイドを聞きながら観る習慣。映画に関しては、完全に視覚障害者が最初で、それに健常者がのっかっていった」。
このように公共性が高いエヴィクサー社の取組だが、課題もある。例えば、『HELLO! MOVIE』や『字幕メガネ』に表示される音声ガイドや字幕ガイドのデータ作成そのものには文化庁からの助成がある一方で、それを表示する側のアプリ制作やARグラスには助成がなく、一企業の純粋なコストになってしまっている。
ARグラスはメーカー他から現物協賛や寄付を頂いてはいるものの全国の映画館をカバーするには至っていないのが現状だ。アプリについても、アプリストアのプラットフォーマーや継続的にかかるアップデートのコストなどの影響も受けかねない。
鈴木さんは純粋に、「この会社が提供をやめたら障害のある方が鑑賞できなくなる状態こそ望ましくない」と吐露された。
『HELLO! MOVIE』や『字幕メガネ』は、障害者の課題解決から始まって健常者の便利にまで広がりつつあり、さらに今後、日本から始まって世界にまで広がっていくだろう。こうした公共性の高い目的にビジネス的にチャレンジする取り組みこそ、少なくともビジネスが確立するまでの間は、公共性の高い取り組みを支える国の補助や財団などの援助があっていいのではないか。そう思えて仕方がない。
▷ エヴィクサー株式会社
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