【みみ #13】聴覚障害を究めようとするエンジニア
西村 晴輝さん
西村さんは大学時代、無線通信の信号処理に関する研究をしていた。卒業後は日本を代表する大手電機メーカーの中央研究所で、無線技術を社会インフラに適用するための産業無線の通信プロトコルに関する研究に従事した。その後、自動運転の外界認識アルゴリズムの先行研究や製品化に向けたセンサーフュージョンの設計開発に携わるなど華々しい経歴を持つ。
その一方で、大企業であった故か、エンドユーザーが使うイメージや開発の全体像が見えないまま要素技術を開発し続けることにキャリアとしての迷いを感じていた。そんなとき、「製品開発の初期段階から顧客・ユーザーと共に課題解決できるエンジニアになりたい」という思いで転職した会社が、『ピクシーダストテクノロジーズ(PxDT)』だった。
そのPxDTで西村さんは現在、職場での会議などにおける聴覚障害者と聴者の間で聞こえの違いがから生じるコミュニケーションをスムーズにするワイヤレスマイク『VUEVO(ビューボ)』の開発責任者を務めている。
開発の初期段階から上市させるまでの道のりは長かった。プロトタイプをつくり、100人を超える当事者にユーザインタビューしながら開発を進めていった。試作品を体験してもらう中で、「私が生きている間に、こんな機器ができるとは思っていなかった」「みなさん、いい仕事されているね」と言ってもらえることが大きな支えだった。当事者と一緒にコンセプトづくりから開発できたことにより、開発側と当事者側の双方で理解を深めることができた。課題解決は、一方的に要望をぶつけるだけでも、一方的にその解決に取り組むだけでもない。双方で歩み寄って共に実現するものなのだ。
それだけ当事者とプロダクト開発を進めたにもかかわらず、振り返るともっと「より多くの当事者の方と、一緒に作り上げていくチームを構築できたらよかった。」と語る。なぜか。まず開発側にとって「聴覚障害への分解度がまだまだ十分ではなかった」。例えば、先天性難聴の方と中途失聴の方とでは、『VUEVO(ビューボ)』の利用に対する感覚に差がある。そうした感覚の差を言語化してもっともっと開発に落とし込むことができたはずだ。
『VUEVO(ビューボ)』は、誰が何を話したか、発信した“音”をリアルタイムに可視化する。裏を返せば、聞こえない又は聞こえにくい人にとっての“音”を解決することはできても、手話を主なコミュニケーション手段とする『ろう者』が発せない“音”を解決することはできない。そのため「展示会などでは、(伝えたいことを声に出してコミュニケーションができる)『口話者』のためのデバイスだよね、なんて指摘されることもあった」。
それに対して、西村さんの答えは、「みんなが手話でしゃべれればいい」。今後は、手話は言語の一つであるので、「手話・口話といった言語に関わらず、みんながコミュニケーションを楽しめる」テクノロジーを考えていきたい。
ご自身でも手話教室に通い始め、驚いた。手話者の姿に「表情や体全体をすごく使うコミュニケーションの本質」を感じた。「本物のコミュニケーションを諦めているのはむしろ自分たちではないか?日常でいかに“つまらなく”話しているのか気付かされた」。
『VUEVO(ビューボ)』のプロジェクトを始めたとき、まず「テクノロジーで課題を解決してやる!と思いましたが、自分は傲慢でした」と西村さんは話してくれた。テクノロジー以前にもっとできることがあった」ことに気付かされたそう。「たとえテクノロジーがあっても、違和感があれば普及しない」。即ち「あくまで普段の生活があって、その延長の中にテクノロジーがはまるかどうか」。
いま西村さんは次の課題解決に向かうテクノロジーを模索している。障害のある当事者の皆さんに、こんな経験や想いを持つエンジニアに会ってほしいし、一緒に新しい課題解決に取り組んでいただきたい。
▷ ピクシーダストテクノロジーズ(PxDT)
▷ VUEVO
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