【こえ #1】年一回の健康診断で…
篠 清市 さん
日系企業に勤め中国で働いてから10年以上が経った頃だっただろうか。日本から出張者が来れば飲みに行ってカラオケクラブで熱唱するいつもの光景。声がかすれ始めた。痛みもなく、現地の医者に相談できるほど言葉も流暢じゃなかった。
年一回の健康診断で日本から来た医師に「声が出なくなって考えられる病気は?」と聞いて「喉頭がん」の可能性を知った。それでも他の症状があるわけでもなく放っておいたが、中国で歯医者に行ったついでに内科に立ち寄ったことが契機で「喉頭がん」と診断された。
会社の籍やアパートもそのままに日本に帰国。1か月程度の入院で中国に戻るつもりが、入院は7か月にも及んだ。声帯は全摘出され、声を失い、首には呼吸のための穴が開いた。
これから筆談で頑張るかと思っていた退院の一週間前に「銀鈴会(ぎんれいかい)」の存在を知る。声帯を摘出し声を失った人に対して発声訓練を通じて社会復帰を支援する公益社団法人。退院した翌日に入会し、当時の会長さんを見て「こんなに喋れるんだ」と驚いた。
その後、発声法を習得し、今や会の理事を務める。声が出なくなって不安を抱える方への指導はもちろん、大学病院にも出向いて同じ患者さんに語り掛ける。みな現実を受け止めきれないからか「最初はムスッとしてる人が多いんですよね」。でも、声を取り戻し始めると、ご家族から「あれから笑顔になったのは初めて」と聞かされた。
「声を取り戻すだけではなく、笑顔を取り戻す。それがやりがいなんです」。
看護を学ぶ学生に「一番辛かったことは何か?」と聞かれれば、「辛いとは思わないようにしている、不便なことがあるだけ」と答える。
声帯摘出手術は食道にも及ぶため、術後は飲み込みに影響が出る。外食時に喉に詰まり味噌汁で流し込もうとしたら逆流して吐いてしまい、その場でトイレにも行けずお金だけ置いて出てきてしまったこともある。外食先ではまずトイレを探す。
首の穴から水が入ってしまうためプールに入れないし、お風呂では湯船に肩まで浸かれない。温泉では首に開いた穴を見られるのが嫌で自分で作った絆創膏のようなものを貼って湯に浸かる。
「でも、それは不便を超えてるのでは?」と聞きそうになるや、「でも、作ったものを同じ仲間にあげたり互いに情報を共有したり、少しでも不便なことを解消しようとしていますから」と返ってきた。「目や耳が不自由でも明るく話されている方がおられる。そういうことが大事なんです」。篠さんの姿勢から学ばせて頂くことは多い。
銀鈴会を通じて、声を失った当事者の方の課題を解決する製品の開発にも協力されている。「当事者のニーズが100%満たされなくたっていい。70点でもいいから早く製品化してもらって改良に協力したい」。仲間と一緒に不便を解消していくためにこれからも歩み続けるつもりだ。
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