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【め #42 / 横断 #15】当事者と教員の経験から心のバリアフリーへ


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杉本 梢さん


 多様な障害のある方々にお会いすればお会いするほど、「障害」という言葉で線を引くのではなく、普遍的に様々な事情や境遇の方々がお互いを認めあうことが重要だと感じる。そんな感情を杉本さんが「心のバリアフリー」という言葉で表してくれた。

 そんな考えを広めるため、杉本さんは昨年末、一般社団法人日本心のバリアフリー協会を立ち上げた。視覚障害のある当事者として、特別支援学校の教員として、障害理解の啓発者として歩んだ経験のすべてが「心のバリアフリー」という言葉に詰まっている。


 杉本さんは先天性の強度近視性乱視で、視力は矯正しても0.09の弱視だ。

 最初は地元の小学校に入学するも、学力低下も背景に、家族も一緒に引っ越す形で遠方の視覚支援学校に転校した。「転校が遅ければ(メンタル面などの)二次障害を負ったかもしれない」と振り返る杉本さんは、併せて「障害のない兄弟と分け隔てなく接し、何かあれば力になるというスタンス」だった両親への感謝も口にした。高校から再び普通校に戻ると、自分の見え方を周囲に積極的に伝えるようにした。それにより、「物理的な配慮よりも周囲の理解が大事」であることにも気付かされた。



 そうした中で杉本さんが抱いた夢は、「特別支援学校の教員」だった。一度は就職するも、苦学の末に特別支援学校の教員免許を取得し、小学生時代から10年越しの夢を叶えた。

 それから11年にわたる特別支援学校での教員生活の中で、かつての自分も思い返すように、「生徒本人では選択できない」年齢だからこそ大事なことを二つ教えてくれた。


 一つは、生徒の親御さんのスタンスである。
 例えば、「障害があるけれど、普通に過ごさせたい」ではなく、「障害のあるなし以前に、一人の人格として客観的に見れるかどうか」が大切だ。親御さんが生徒一人ひとりをどう見ているか、「それが子どもに伝わり、大きく影響する」からだ。


 もう一つは、親御さんを補完する学校教育のあり方だ。

 長い教員生活で、普通校や通常学級から転じてくる子どもたちの中に「そこまで遅れてしまうと、決まった学習時間の中では取り返しきれない」ケースも見てきた。

 現在、障害の別なく共に学ぶ『インクルーシブ教育』という考えが広がっているが、杉本さんは「普通校も特別支援学校も両方とも知っている身」として、みんなで一緒に勉強したい子も特別支援学校の環境がいいという子もいる中では、適切なタイミングで「選択できること」、そして親御さんと一緒に「自己決定できること」が大事だと感じている。

 もちろん、現在は普通校でさえ、発達障害をはじめグレーゾーンの子どもが増えている。一方で、教員の普通免許には特別支援学校の教員免許のような障害に関する試験内容もなく、日常の激務の中で新たに研修を受けることも難しい状況だ。こうした部分にもリソースが充てられることも欠かせない。


 こうして奮闘してきた杉本さんにとって「特別支援学校の教員は天職だった」

 しかし、プライベートの時間も削って心血を注ぐ中で、視力の更なる低下や、さらに体調不良を招いてしまう。結果的にドクターストップがかかり、教員を辞めざるを得なくなってしまったのだ。


 しかし、杉本さんの歩みが止まることはなかった。背景には、特別支援学校の教員時代からの、一つのもどかしい想いがあった。

 「自分は社会に出た後の苦しさや辛さをわかっているのに、卒業式を見送った先ではもう生徒の力になれない」


 実は、杉本さんは教員になる前に一度、大企業の障害者雇用枠として働いたことがある。しかし、視覚障害者として入社しても、周囲が視覚障害への理解が乏しかったこともあり、主な仕事は検品や箱詰めといった視覚を使う作業だった。それによって目が疲れ、体調を崩し、退職を余儀なくされた辛い経験があったのだ。


 そんな「過去の自分のためにもなって、教え子のためにもなれたらいい」と始めたのが、『障害理解』を広く社会に伝える啓発活動だった。

 さらに、専門的な勉強も進める中で「障害を理解すると、より多様な人も受け入れられるようになる研究」にも触れたことで、「7%の人のための」障害だけじゃなくマイノリティ全体へ、そして「心のバリアフリー」という考え方に行きついた。



 冒頭でご紹介した一般社団法人日本心のバリアフリー協会は昨年末に立ち上げたばかりだが、杉本さんのもとには既に多くの方から「自分も関わりたい」と連絡が届いている。

 しかし、そういった仲間を巻き込んで、拠点化して、より広く普及啓発活動を展開するまでには至っていない。また、現在は講演活動を中心に報酬を受け取っているが、自分しか講演できないままでは時間も限られており、講演だけでは依頼にも変動がある。引き続き教育分野への活動にも積極的にかかわっているが、そこからお金が出ることは難しく、その他の収入と活動のバランスを取ることも容易ではない。


 課題はある。でも、視覚障害のある当事者として、特別支援学校の教員として、障害理解の啓発者として歩んだ経験のすべてが詰まった「心のバリアフリー」の考え方は、これからも多くの賛同者を集めるだろう。

 杉本さんは地元の北海道はもちろん、全国にも講演の場を広げている。是非一度、「心のバリアフリー」について直接耳を傾けるところから応援してみてほしい。







ここまで読んでくださった皆さまに‥


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