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【みみ #30】距離感なく“聞こえない”を話せるように


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河中 俊樹さん


 2020年春、河中さんは、地域福祉の広報物デザインの仕事をしていた関係で、関連する情報を得ようとしていた時、ある団体の活動を取り上げたNHKの番組に目が留まる。片耳難聴の情報・コミュニティサイトを運営する『きこいろ』。それまで「片耳難聴の人は、自分くらいしか世の中にいないと思っていた」。

 『きこいろ』が開催する『片耳難聴カフェ』に参加してみると、「自分と同じ人が他にこんなにいることに驚いた」。そして、お互い話をすると「普段困らない故に“片耳難聴”を周囲に言っている人は少なかった」。つまり、「これまで会ったことがない」は、「会っていたかもしれないが、知らなかった」のだと気付いた。

 さらに、河中さんは生まれつきの片耳難聴だったが、「特に中途で失聴した方は周囲から誤解されて困り、気持ちが沈んでいく方も結構おられた」ことも知る。


 河中さんがご自身の片耳難聴に気付いたのは、はっきり記憶にないが、小学校に入学してすぐの健康診断で受けた聴力検査。左耳の番で音が聞こえてこないので「まだですか?」と聞くと、「鳴らしていますけど」と返ってきた。

 「その時は、なんで聞こえないんだろう?程度で、特別ショックでもなかった」。片耳が聞こえないことを常に意識して生活をしていたわけではなかったし当時の学校の授業はグループワークなどではなく一方的に聞くスタイルだったこともあり、「特に不便はなかった」。

 ただし、折に触れて思い出してしまうことがある片耳難聴のことは、周囲には知られたくなかった。「配慮してくれというよりは、“聞こえない人”と思われることが嫌だった」から。だから、聞こえるように意識的に頑張ったり、聞こえたふりをしたりすることもあった。


 「特に不便はなかった」し「重大な影響もなかった」河中さんでも、嫌だったことは覚えている。「子供の頃の伝言ゲーム。聞こえなくて反対の耳を向けると、なんでそっち向くの?と言われることが嫌だった」。片耳が“聞こえない”自分にとっては普通の行動が、両耳が“聞こえる”側からすると違和感。「違いに着目され、他と行動が違うことを指摘されることが、嫌だった」。

 こうしたご自身の経験や、そして『きこいろ』を通じて出会った同じ片耳難聴の方を振り返るように、河中さんが話してくれた言葉が腹に落ちた。「知っているかどうか。さらに、受容できるかどうか。そこで周囲と溝ができてしまうかどうか。その溝こそ“障害”。」


 今では『きこいろ』や、それがNHKでも取り上げられ、SNSなどで情報発信する人も増えた。今でも耳鼻科の先生の中でも片耳難聴を知らないケースはあるが、「(自分が)子供の頃からすると、ずいぶん変わってきている」。当事者も周囲に普通に話すようになった。

 ただ、「例え片耳難聴を開示しても、しばらくすると忘れられる」ことも多い。良い関係性であれば「ごめんごめん」で済むが、仕事の上司部下の関係性で仕事にミスにつながっちゃったりすれば「ごめんごめん」では済まない。引き続き「そこら辺で悩む人も結構いる」。

 「(障害のある)本人のせいじゃない、見えない溝のせい。自分のせいだと思ってしまう環境そのものを変えていきたい」。それによって、当事者が距離感を感じずに“聞こえない”ことを話せるようになってほしい。

 そんな河中さんは現在、『きこいろ』の企画広報担当として、運営メンバーと共に、リーフレットや動画、子供向けのアニメーションなどを作成し展開している。かつて自分だけではなかったと教えてくれた「『きこいろ』が掲げるビジョンに共感し、参画した」。


 さらに河中さんからは、理解促進に留まらず、片耳難聴者のQOL(Quality of Life)向上にも話が及んだ。第6話でご紹介した『asEars』や第9話でご紹介した『VUEVO』を例に挙げ、難聴者向けの製品・サービスを開発する研究者や企業とも「広く関係性をつくっていきたい」。一括りに片耳難聴と言っても色々あるが、だからこそ「何がマッチするかフィットするかは、つながってみないとわからない」。

 そして、そうした製品サービスでQOLが改善される方には、自治体などによる制度的な支援が伴ってきたらいいなとも考えている。


 別の障害に携わる方が言っていた。「まず制度ではない、実践の後にしか制度は変わらない」と。当事者が当事者団体に出会い、そこから理解が広がり、そしてQOLを上げる製品サービスが支持されて、そんなサイクルが実践された後に制度が変わっていくのだろう。『きこいろ』と河中さんは、そのサイクルを回している。





ここまで読んでくださった皆さまに‥


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