
ピンチをアドリブで乗り越える技 90/100(スピーチ7 -視線)
自問自答を繰り返しながら、
アドリブと演技の関係を
追求していってみようと思い立ちました。
100回(?!)連載にて、お送りします。
昨日に引き続き、スピーチをする時、観衆の目線をどうコントロールするかという話をします。
観衆の視線というのは、動いているところへ注がれます。
癖で、脚をやたらと組み替えたり、指でペンを回してたりすれば、聴く側の注目はそちらへ向いてしまうでしょう。
これを意図的に行なっているのならば良いのですが、そのつもりではないのに、聴く側の集中力を欠いてしまうことがあります。
また、余計な所作が発端となって、ピンチと感じていることを悟られてしまう事も多いですよね。
ほら、何か物を落とすとか。
一般的には、棒立ちになってしまっているのは良くない、と思われがちなので、なかば無理してジェスチャーをつけがちですが、話の内容と合っていないジェスチャーは、むしろ違和感を与えてしまいます。
すしざんまいポーズとか、バスガイドポーズとか、しがちじゃないですか?!
スピーチの中でのジェスチャーを、出来るだけ原稿に沿った形で、しかもナチュラルに、効果的にこなすための、魔法のツールはありません。
それは、あなたの体格や雰囲気、向き不向き、スピーチの内容、そして会場の形状によって、カスタムメイドで一つ一つ検証して、選択していかなくてはならない部分です。
そもそも、日本人は身振り手振りをすることに慣れていません。
イタリアとか、すごいですよね。日常的に大きな仕草をすることに慣れています。
それでいうと、実はイギリスもそこまで動かすタイプではないと思います。
でも、イギリスでは義務教育の中に演劇の授業が入っているので、人前で自分を見せるという感覚が、日本よりもある気がします。
ここで重要なのは、西洋の舞台構造です。
古代ギリシャの円形劇場から、今日の一般的なホールに至るまで、西洋の舞台と観客席の関係性は、すり鉢状が原型となっています。
つまり、舞台上から観客席の最後列を見ようとすると、相当上の方を見上げなくてはいけません。
その結果として、西洋的な見せる側の人間の身体表現は、胸骨を上向きに反った形が主流となりました。
「海苔巻き」オープンの状態ですね。
この開いた身体の状態では、「螺旋」状に大きく動かすようなジェスチャーが映えます。
それに対して、日本古来の能狂言では、舞台が観客の目線よりも上にあります。
舞「台」というように、いわゆる台があり、その上に演者が乗っている状態です。
これだと、演者の視線は真っ直ぐ、もしくは少し下を向くことになります。
能狂言からヒントを探るとすると、この武道的な身体の状態に映えるジェスチャーは、直線的なものなのかもしれません。
この2つの空間パターンをもとに、一般的なスピーチする場面を見てみましょう。
まず、会議室では、
座っていれば同線上、立っていれば少し下に観衆はいますね。
この空間で、西洋的な上向きのジェスチャーをしては、
天井に向かって何してるんだ?
という状態になってしまいます。
講堂、イベント会場、ホールなどは、
西洋式に上のほうに観衆がいます。
が、ちょっと考えてみてください。
確かに観衆は上にいますが、メディアはどうですか?
だいたい最前列にいて、下から講演者のことを、見上げているじゃないですか!
そうなると、メディアを意識する場合は、日本式の身体表現の方が合っているのかも?
という仮説が立てられるわけです。
いやあ、空間の話をしていたら、長くなってしまいました。
観衆の目線をコントロールする以前に、
その視線はどの方向から来ているか?
を考え直す回となってしまいました。
つづきます。