トラッドオタクのルールと日本の夏の現状が乖離する件
歌は世に連れ、世は歌に連れ…
世間の変化に伴って、歌謡曲の歌詞もメロディも変わっていきます。
『指が覚えたダイアルを…』、『7回目のベルで電話をとったキミ…』、『ポケベルが鳴らなくて…』等、こと電話に関しては特に変化が激しいですが…
服飾の世界でもそれは同様で、通勤用のスーツひとつ取っても、私が社会人デビューした36年前から考えれば、その形状も着こなしの定石も、随分と変化してきました。
例えば『肩パッド』
1990年代は肩パッドモリモリで逆三角形シルエットのジャケット(ダブルブレストなら更に良し)に、ツータックのワイドパンツ、しかも股上は深くハイウエスト。
それが段々とパッドが薄くなり、今ではあらゆる芯地も薄く軽くなりました。パンツはノープリーツのスリムタイプ、股上はミドルライズがデフォルトに。
さらにカジュアルなセットアップの場合、パンツの裾は短めのテーパード(先が細くなる)となります。ただし、オジサンのスネ毛は誰も見たくないので、ミドルシニアが安易にマネするのは痛々しいものです…
他にも、ネクタイの幅であったり、ジャケットの襟の高さや襟の幅、裾の長さやボタンの位置等、時代とともにスーツのシルエットは変化しています。
なので、今どき『3つボタンの上2つ掛けスーツ』を着ていたり、お尻を隠して余りあるほどの長いジャケットを着ていたりすると、即座に『残念なオジサン』認定されてしまいます。
それはそれで『流行の変遷』ですので受け容れやすいのですが、トラッドやアイビーファッションのオタクとして悩んでいるのが、『環境変動によるルールの変化』です。
どういうことかと言うと、1980年代の青春時代、多感な頃に『MEN’S CLUB』や『POPEYE』等のファッション雑誌を読み漁って勉強してきた服飾理論、トラディショナルやアイビーファッションに関する厳格なルールや習慣の数々が、今や『無理でしょ!』と否定されてしまうことが多くて、寂しくて仕方ありません。
そのうちの最たるものが、夏場のスーツ(ないしはジャケット)着用についてです。
このブログをお読みいただいている方にはお察しのとおり、私は通勤時のジャケット着用がデフォルトで、週3回はスーツ、後の2回は紺ブレザーで通勤。最近だとそれにアンコンの柔らかいジャケットを着ることもあり、いずれにせよ毎日上着に加えて長袖ワイシャツ、ネクタイも着用して出勤しているわけです。
その姿を見て、
『どうしたの? スーツなんか着て…。今日、何かあった?』
『今日もキメてますね、会議(ないしは面談)か何かですか?』
と尋ねられるのは茶飯事で、
『いえいえ、普段着ですから…』、
『自分をアゲる為の武装ですよ…』等と返すのにも慣れてしまいました。
これほど、夏の上着着用が奇特な存在に扱われてしまうようになったのは、やはり昨今の猛暑のせいでしょうね。
そもそも『COOL BIZ』と称して上着を脱ぎ始めたのは、冷房の使用による電力逼迫を抑えようとした1978年の『省エネ』ルックがその起源。
その当時の奇抜でダサい『省エネルック』は流行らなかったけれど、『上着なし+ノーネクタイ』での通勤や就労はもはやデフォルトになりました。
私が律儀にスーツ姿で訪問すると、『この殺人的な酷暑の中を、スーツで来られたのですか!』と引かれてしまうわけです…
トラッドファッションの教科書によると、そもそもワイシャツは『下着』の扱いです。
もともとは室内での下着であって、前後の裾は長くて股の下で前後を留めていた。その名残りで、今もワイシャツの後方は長めで丸くカットされています。
つまり昨今の『クールビズ=上着省略』とは、就労中に屋外を下着で闊歩すること!という解釈になるのです(笑)
これが、私にとって1つ目の寂しい『ルール変更』でした。
そして2つ目の寂しい『ルール変更』が…
『ワイシャツの下に下着を着るかどうか?』の問題です。
トラッドなファッション業界では、『ワイシャツは下着だから素肌に着る!』という不文律が存在しました。
ただそのお約束を守っていた人は少なくて、昭和の頃ですら幾らトラッドやアイビーを気取っていても、ワイシャツの下には GUNZE、ちょっとしたお洒落さんなら HEINZ や B.V.D.の白いシャツを着用していたものです。
そんな中でも私は、『MEN’S CLUB』に書かれていた教えに従って、ワイシャツは素肌の上に直接着ていたのです。
就職してから『素肌にワイシャツ派』の先輩諸氏は一人も見つかりませんでしたが、27歳で新潟支店に赴任した折に北海道出身のT先輩が唯一、素肌にワイシャツ派だったので、意気投合したことを記憶しています…。
ワイシャツは綿100%で吸水性に優れているから、素肌に直接着用してこそ汗を吸い取ってくれる!というのがその根拠なのですが、そもそも背中や脇の汗腺が発達しておらず滝のような、或いは玉のような汗はおろか、滲み出るような汗さえもかかない特異体質の私にとっては、汗でワイシャツが肌にへばり付くという不快感を覚えた記憶がありません。
その後、50代からは体質の変化で汗腺が開き多少は発汗するようになりましたが、高番手(細い繊維)の高級綿で織ったブロード地のシャツならともかく、ローゲージでザックリしたオックスフォード地のシャツであれば、やはり素肌の上に着ていたいなぁと思うのです。
そんな『素肌ワイシャツ』という伊達男の、もとい野暮な習慣も、さるヒット商品との出逢いによって終焉を迎えます。
あの、私が愛して已まない UNIQLOから、“HEATTECH” と “AIRism” という画期的なアンダーシャツが登場したのです。
この2つの商品は、UNIQLOのマーケティング力と東レさんの技術力の結晶(レディスに関しては東レさんと旭化成さんも参画されています…)であり、それまでグンゼさんが独占していたメンズアンダーシャツ市場をひっくり返し、またレディスに於いてはそれまでの『ババシャツ』というネガティブな俗称を『ヒートテック』と呼び改めさせたという偉業を成し得たのです。
かくして、私をはじめとする『素肌にワイシャツ族』(裸にエプロン族とか、裸にコート族等の性癖と一緒にはしないでいただきたい)の大半はUNIQLOの軍門に下り、残りはごく稀少な頑固者だけになりました。
あと付け加えたいのが…
ジャケットを着ずに通勤しているサラリーマンの過半数が着用している『半袖のワイシャツ』!
あれ、実は日本発で、世界中で半袖のワイシャツが売られているのは日本と、そして合理性の国・アメリカだけらしいです。
スーツの本場であるイギリスやイタリアでは、今もなお『素肌に長袖ワイシャツ』がデフォルトであるという事実は押さえておいてくださいませ。
そうそう、オフィスの女性に訊いた『職場の男性に色気を感じる瞬間』というアンケートでは、『長袖ワイシャツの袖口を3回ほどロールアップした姿』というのがランクインしていました(笑)
一方で、『職場の男性で、これはないわ!と感じた瞬間』ですが…
『ワイシャツの胸に透けた乳首』だそうです。
エアリズムを着てもなお主張するほどの立派な乳首は仕方ないとしても、素肌ワイシャツというポリシーを貫いたが故に乳首を浮かせているのであれば、それは撤回した方が周囲の為!ということですね。
ということで、オタクな私もこの地球環境の変化と、世の中のコンプライアンス機運の高まりに合わせて、多少はルールを曲げて対応するようになってきました。
今後も、世間の趨勢とうまく折り合いをつけながら、トラッド&アイビー道を突き進んで参りたいと存じます!
ご理解いただければ幸いです。
※トップ画像は、日刊ゲンダイ 2016/6/30記事より拝借しました。